かばやきうなぎ

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1/31/2025, 10:53:50 PM

旅の途中


『そうだ、京都に行こう』
あれはキャッチーなフレーズだなと感心した。
CMとして完璧だと思ったのは今も昔も変わらない。
あのCMが流れなくなっても幾久しく。
変わらず頭から消えることがない事からも完成度の高さを証明している。

いそいそと旅支度をしながら山下達郎を口ずさむ。今やクリスマスの定番ソングになったクリスマスイブもCMソングが広まった起源ではないだろうか。
クリスマスもひと月前に終わってしまって次のクリスマスまでまだまだあるけれど、旅支度をする時にこの歌を歌いながらするのもまた、自分なりのルーティンだ。

いろんなことがあっても、失うものも得るものも沢山あった中でいつも人生の軌道修正は旅と共にある。

人生という旅に普段と違う旅行というスパイスを一振り。思いついた時には必ず頭をよぎる。
『そうだ、京都に行こう』

煮詰まっても絶望しても人生は続く。
続く限り終わらない。
終わらないから何度だって線路に無数にある転てつ機を見つけられるのだ。

『絶望したら、美味いもの食べて寝るかな!』
いつか見たドラマのセリフ。あれも人生で見つけた分岐点だ。世界はたくさんの分岐点に満ちている。

バン!と勢いよくキャリーを締めて立ち上がる。
拳を振り上げて反対の手でキャリーを持った。
『そうだ!京都にいくぞ!!』

おー!なんて元気よく空元気をあげる自分の姿がなんだか妙におかしくて一人でケタケタと笑った。

私の旅はまだまだ始まったばかりです。


1/27/2025, 11:11:04 PM

小さな勇気


凍てつくような寒い日が少し緩んできたような気がする。
目が覚めてカーテンを開けるたびに窓ガラスについていた水滴がない事に気がついた時、そろそろ訪れる春の兆しに心が弾んだ。

テレビでは花粉飛散のニュースが天気予報に混じる。
チョコレートチップの入った甘いパンとカフェオレはお気に入りの朝の定番メニューだけど、今日はホットではなくアイスにした。

いってきます、いってらっしゃい。
いつもの朝のやりとりがちょっとだけ特別に見える。

ほんの少し薄暗かった朝の登下校もすっかり陽が昇っている。ひと月も前ならこの時間では薄暗かったのに早いものだ。

この時間、まだ登校には少し早い。
道すがら駅に向かう人もまばらだ。
この登校もあと少し。
3月までの数える程の時間になってあっという間だった高校生活が、あれだけ憂鬱だったのにほんのちょっぴり愛おしく思えた。現金だなぁと手に持った鞄をガチャガチャ鳴らして駅まで急いだ。


『よぅ!早いな!』
声をかけられて振り向く。
相手が誰かは知っていて誰かわからないフリをして振り向く。
『わぁ!驚いた。誰かと思った!』
自分の中で最高の笑顔を意識して声をかける。
白々しく誰かわからなかったよ、なんて。

貴方に会いたくて何本か電車を早く乗っているのなんて知られたくない。あくまで自然に振る舞って挨拶をする。あとちょっと、3月までのこの時間を大切にしたい。

取り止めもない会話が楽しいのは春が近いせいかもしれない。ほんの少し、ほんの少しだけ勇気があればなぁ。

いつか渡したくて、渡せると思って。
鞄の中に忍ばせた手紙はいまなお鞄の中で息を潜めて春が来るのを待っている。

1/18/2025, 1:29:15 PM

風のいたずら

『キャア…あ?!』
思わず首を45℃に傾けた耳元を猛スピードで飛び去っていくものが視界の片隅に映る。
ヤベェ、ヤベェよ、俺の反射神経神ってる!
ドキドキと胸打つ鼓動に手を当てて冷や汗を拭った。

『ごめんなさーい!』
振り返った先にバタバタと足音を立てながら駆け寄ってくる姿が見えた。
『大丈夫ですか!すみません!』
平謝りする目の前の子供は年頃は小学生だろうか。

『いや、大丈夫だけど…』
子供の手前取り乱すようなカッコ悪い真似は出来ない。
大人として、男として、さっきの絹を裂くような悲鳴をあげたことも忘れて貰いたい。

フッと髪をかきあげて平気なふりをした姿がツボったようだ。目の前の子供がかっけーと言ったのを俺は聞き逃さない。そうだろう、俺はかっこいい。

『フリスビーか?』
『そう!なかなか上手くいかなくてさ』
手首をクイックする真似をしながら唇を尖らせて投げる真似をする子供にふーん、と思う。
これはカッコいい大人としての姿を見せてやるべきか。
『それ、貸してよ。教えてやるよ、投げ方』
斜め45度の右上の空を眺めながらぶっきらぼうに言ってみる。空が青い。良い風だ。
『マジ?!にいちゃん出来んの?!』

頬を赤らめて嬉しそうにうおおおおと叫び、ピョコンと飛び上がったと思ったらフリスビーに駆け寄る後ろ姿にこちらも俄然やる気になった。
いっちょ漢を見せてやる。
『よし!こっちに投げてみろ!!』
ばっちこい、と背負っていた鞄を草むらに投げ捨てて受け取る体制をとる。
パチンと膝を屈めて叩いた。風上からの風は強い。
『いっくよー!』
目の前の子供は嬉しそうにフリスビーを大きく振りかぶって…
『いけぇぇぇ!!』
力一杯こちらに向かって振りかぶる。
フリスビーは縦に向き、追い風に煽られて勢いよくこちらに向かって飛んで…いや、勢いが良すぎな…

スコーン
見事に俺の額にぶち当たった。
『いってええええ!!』
『にいちゃーーん!』
うずくまって頭を抱える俺と慌ててこちらに駆け寄る子供。
声高な2人の叫び声は風に乗って空高く何処までも遠くに響いていった。

12/27/2024, 2:02:52 AM

変わらないものはない


時間が止まらないんだから変わらないものはない。
変わる事を恐れるな!なんていうけど変わりたくないものだってあっていいと思うんだよ。

変わっていく事と変わらないでいたいと願う事って両立出来ると思わない?

時が過ぎて、季節が過ぎて、街並みが変わって、
見るもの全てが懐かしく思う日が来ても、
それでも大切に変わらない、色褪せないものを思う気持ちって大事にしたいの。

そう言って笑った彼女は今でも元気にしてるだろうか。

時間が経って、関係が変わって、周りの人たちが通り過ぎてしまっても、それでも変わらずそこにいる。
そういう気持ちにはきっと努力が必要で
そういう努力を頑張らないで気楽に出来るような自分になりたい。

変わらないものはないけれど
変わらなかったねと笑えるように。

12/19/2024, 12:11:04 PM

寂しさ




改札口の前で一人立つ。
ぼんやりと待つ古錆びた駅舎の中にビュウっと吹いた冷たい風に自然と首を窄めた。吐いた息が白い。
首元のマフラーに埋もれた顔を、券売機から戻ってきた友達はまるで亀みたいだと楽しそうに笑った。

人もまばらな過疎地の駅では利用客などほとんどいない。ましてや帰宅者もいない平日の夕刻では貸切にも等しかった。
時代に取り残されたかのような小さな駅にたった二人。
暖房もない無人駅で列車を待つ。

何を話すべきか迷っているのはお互い様だった。
別に永遠の別れでもなんでもない。
会いに行こうと思えば行けないわけでもない。
同じ国で生きていることに代わりはない。

ただ、産まれてからずっと一緒だった。
二人小さな村で一緒に産まれて常に共に育った。
自然とずっと一緒のままだと思っていた。
それが自分だけだったと知った。
すぐそばにあった筈の距離の遠さを知らなかったのは自分だけで、接し方がわからなくなった。

村の冬は寒い。
山々に囲まれた小さな駅は遮るものもなくより凍えるように寒く、吐いた息の白さでは冷たくなった手は暖まらない。顔にかけたメガネで目の前が白く曇る。何も見えなくなる様が自分の気持ちのようで隣に座る友に気づかれないように目を伏せた。

あと少しで列車が来る。
最後のチャンスなのだ。何か言わなくてはいけない。
このまま何もしなければきっと終わってしまう。
そんな確信じみた危機感がある。
タイムリミットが近いはずなのに薄ぼんやりと白く曇った思考では何を伝えるべきなのかわからない。

口を開いて仕舞えば置いていかれる寂しさで
相手を罵ってしまいそうだった。何故、言ってくれなかったのかと。一緒に行こうと言ってくれないのか、なんてそんなワガママは口が裂けても言えなかった。

さよなら、を言うつもりで来たのだ。
意地でも笑って見送るつもりだ。子供じみたものだと思う。それでも寂しい気持ちは自分だけだったという寂しさは悲しみになった。ずっと一緒だったのに、本当はひとりぼっちだったなんて。

『3番線に電車が参ります』
冷えた空気の中だとアナウンスが響く。
心臓がドキンと鳴った。時が来た。なんて声をかけるべきかもきめきれないままでベンチから立ち上がると黙って隣の席の友のキャリーを持った。

ありがとう、なんて微笑まれる。
引き攣った愛想笑いを浮かべて、顔が冷たすぎてなんて言い訳をした。そんなことを言われる資格がない。

電車に乗り込む友達が振り返る。
なんて言えば良いの。無難なはずの『またね』すら出てこない。何か言ってよ、と顔を見ればニコニコと笑っていてこんなに寂しいのは私だけなのかとまた寂しくなった。
出発のチャイムが鳴る。いよいよ別れの時だと言うのにかける言葉が見つからない。

さよならを言いたかった。もう寂しくなりたくなかったから。それなのにさよならを言ってしまったらもっと寂しくなりそうで。
喉元まで込み上げた惜別の言葉は最後まで出てこなく、代わりに出たの両目からの大粒の涙だった。

『ありがとう!』満面の笑顔でかけられた言葉と共にスライドドアが閉まる。
ゆっくりと動き出す電車の中で友達が手を振った。
その口元が動く。
たった四文字分のその動きに列車を追いかけた足が止まった。

両目からとめどなく涙が溢れる。
口元の動きはたった四文字。
あれは多分『だいすき』だった。

古びた駅舎の中にたった一人残された少女は泣き崩れるように膝を抱えて小さな声で『うそつき』と呟いた。

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