かばやきうなぎ

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小さな勇気


凍てつくような寒い日が少し緩んできたような気がする。
目が覚めてカーテンを開けるたびに窓ガラスについていた水滴がない事に気がついた時、そろそろ訪れる春の兆しに心が弾んだ。

テレビでは花粉飛散のニュースが天気予報に混じる。
チョコレートチップの入った甘いパンとカフェオレはお気に入りの朝の定番メニューだけど、今日はホットではなくアイスにした。

いってきます、いってらっしゃい。
いつもの朝のやりとりがちょっとだけ特別に見える。

ほんの少し薄暗かった朝の登下校もすっかり陽が昇っている。ひと月も前ならこの時間では薄暗かったのに早いものだ。

この時間、まだ登校には少し早い。
道すがら駅に向かう人もまばらだ。
この登校もあと少し。
3月までの数える程の時間になってあっという間だった高校生活が、あれだけ憂鬱だったのにほんのちょっぴり愛おしく思えた。現金だなぁと手に持った鞄をガチャガチャ鳴らして駅まで急いだ。


『よぅ!早いな!』
声をかけられて振り向く。
相手が誰かは知っていて誰かわからないフリをして振り向く。
『わぁ!驚いた。誰かと思った!』
自分の中で最高の笑顔を意識して声をかける。
白々しく誰かわからなかったよ、なんて。

貴方に会いたくて何本か電車を早く乗っているのなんて知られたくない。あくまで自然に振る舞って挨拶をする。あとちょっと、3月までのこの時間を大切にしたい。

取り止めもない会話が楽しいのは春が近いせいかもしれない。ほんの少し、ほんの少しだけ勇気があればなぁ。

いつか渡したくて、渡せると思って。
鞄の中に忍ばせた手紙はいまなお鞄の中で息を潜めて春が来るのを待っている。

1/27/2025, 11:11:04 PM