変わらないものはない
時間が止まらないんだから変わらないものはない。
変わる事を恐れるな!なんていうけど変わりたくないものだってあっていいと思うんだよ。
変わっていく事と変わらないでいたいと願う事って両立出来ると思わない?
時が過ぎて、季節が過ぎて、街並みが変わって、
見るもの全てが懐かしく思う日が来ても、
それでも大切に変わらない、色褪せないものを思う気持ちって大事にしたいの。
そう言って笑った彼女は今でも元気にしてるだろうか。
時間が経って、関係が変わって、周りの人たちが通り過ぎてしまっても、それでも変わらずそこにいる。
そういう気持ちにはきっと努力が必要で
そういう努力を頑張らないで気楽に出来るような自分になりたい。
変わらないものはないけれど
変わらなかったねと笑えるように。
寂しさ
改札口の前で一人立つ。
ぼんやりと待つ古錆びた駅舎の中にビュウっと吹いた冷たい風に自然と首を窄めた。吐いた息が白い。
首元のマフラーに埋もれた顔を、券売機から戻ってきた友達はまるで亀みたいだと楽しそうに笑った。
人もまばらな過疎地の駅では利用客などほとんどいない。ましてや帰宅者もいない平日の夕刻では貸切にも等しかった。
時代に取り残されたかのような小さな駅にたった二人。
暖房もない無人駅で列車を待つ。
何を話すべきか迷っているのはお互い様だった。
別に永遠の別れでもなんでもない。
会いに行こうと思えば行けないわけでもない。
同じ国で生きていることに代わりはない。
ただ、産まれてからずっと一緒だった。
二人小さな村で一緒に産まれて常に共に育った。
自然とずっと一緒のままだと思っていた。
それが自分だけだったと知った。
すぐそばにあった筈の距離の遠さを知らなかったのは自分だけで、接し方がわからなくなった。
村の冬は寒い。
山々に囲まれた小さな駅は遮るものもなくより凍えるように寒く、吐いた息の白さでは冷たくなった手は暖まらない。顔にかけたメガネで目の前が白く曇る。何も見えなくなる様が自分の気持ちのようで隣に座る友に気づかれないように目を伏せた。
あと少しで列車が来る。
最後のチャンスなのだ。何か言わなくてはいけない。
このまま何もしなければきっと終わってしまう。
そんな確信じみた危機感がある。
タイムリミットが近いはずなのに薄ぼんやりと白く曇った思考では何を伝えるべきなのかわからない。
口を開いて仕舞えば置いていかれる寂しさで
相手を罵ってしまいそうだった。何故、言ってくれなかったのかと。一緒に行こうと言ってくれないのか、なんてそんなワガママは口が裂けても言えなかった。
さよなら、を言うつもりで来たのだ。
意地でも笑って見送るつもりだ。子供じみたものだと思う。それでも寂しい気持ちは自分だけだったという寂しさは悲しみになった。ずっと一緒だったのに、本当はひとりぼっちだったなんて。
『3番線に電車が参ります』
冷えた空気の中だとアナウンスが響く。
心臓がドキンと鳴った。時が来た。なんて声をかけるべきかもきめきれないままでベンチから立ち上がると黙って隣の席の友のキャリーを持った。
ありがとう、なんて微笑まれる。
引き攣った愛想笑いを浮かべて、顔が冷たすぎてなんて言い訳をした。そんなことを言われる資格がない。
電車に乗り込む友達が振り返る。
なんて言えば良いの。無難なはずの『またね』すら出てこない。何か言ってよ、と顔を見ればニコニコと笑っていてこんなに寂しいのは私だけなのかとまた寂しくなった。
出発のチャイムが鳴る。いよいよ別れの時だと言うのにかける言葉が見つからない。
さよならを言いたかった。もう寂しくなりたくなかったから。それなのにさよならを言ってしまったらもっと寂しくなりそうで。
喉元まで込み上げた惜別の言葉は最後まで出てこなく、代わりに出たの両目からの大粒の涙だった。
『ありがとう!』満面の笑顔でかけられた言葉と共にスライドドアが閉まる。
ゆっくりと動き出す電車の中で友達が手を振った。
その口元が動く。
たった四文字分のその動きに列車を追いかけた足が止まった。
両目からとめどなく涙が溢れる。
口元の動きはたった四文字。
あれは多分『だいすき』だった。
古びた駅舎の中にたった一人残された少女は泣き崩れるように膝を抱えて小さな声で『うそつき』と呟いた。
手を繋いで
小さい頃は神様がいて不思議な夢を叶えてくれた。
大人になってそれが周りの大きな愛情だったと気がついたんだけどね。
大きなモミの木にキラキラと輝くイルミネーションが目に止まる。この時期毎年のように煌びやかに輝くネオンライトが当たり前になってしまった時代、些細な事が尊く思い出される。
贅沢になることは悪いことですか。
人の欲は際限がなくて、時々ちょっと怖くなる。
当たり前のハードルがどんどん高くなっていく。
振り落とされてしまいそう。
振り返ると幸せそうな家族。
笑い合う恋人たち。
友達同士ではしゃぎながらすれ違う人たちを
羨ましいような微笑ましいようなそんな気持ちを通り過ぎた。
本当は大事な人と手を繋いでいられるだけで
幸せなんじゃないのかな。
生きてるだけで丸儲け、そんなきよしこの夜。
夢と現実
ふと気がついたら懐かしい場所に座っていた。
子供の頃はその場所がとても苦手で、昔ながらの大きな建屋の薄暗い部屋に立つと目に見えない何かが立っているような錯覚を覚えた。
少し温度が下がる大きな部屋には大きな大きな仏壇が二つ。
そこに眠る『仏様』は私にとって叔父と、そして生まれてすぐに亡くなった小さな従兄弟だった。
その片隅の暗い部屋が祖父の部屋で、まるで物置のように雑多な場所にあるひんやりとしたベットにはあまり近寄りたくなかったのを覚えていた。
何故そんな所に立っているのかも朧げで
何故そこに居るのかもわからなくてただ戸惑って居た。
それなのに〝そこに居る〝のがわかる。
そんな不思議な感覚。
そこで目が覚めた。
目が覚めた時は真夜中だった。
不思議と込み上げる郷愁と、護られているという確信じみたものを抱えて布団の中で泣いた。
思ったのは一つ
『会いにきてくれてありがとう』
もう泣き方がわからない現実の中で、苦しみもがく以外忘れた姿にあるかもわからないあの世から、不甲斐ない孫を心配をしてくれたのだろうか。
子供の頃は憂鬱だった祖父母の家があまりに懐かしくて、あまりに優しくて、思い出に支えられて生きている。
光と闇の狭間で
『魔にも神にもなれない中途半端さが良いと思いませんか?』
あ、ニンゲンの話です。
目の前の神官はニコニコといつもと同じ胡散臭い笑顔を貼り付けたまま唐突に語り出した。
またか。はー、とわざとらしく盛大にため息をついてやってから首の動きだけで先を促す。
おやおや、と仰々しく肩をすくめてきやがった顔を軽く睨んでやるとあーハイハイと話の続きを始めた。
『人間という中途半端な生き物をほめているんですよ。
美しくある事を何よりも尊びながら決して美しく生きられない。かと言って醜く生きるだけのものも持ち合わせない。他者を憂い、足を引き摺ってでもの仕上がらながら手を取り合う喜びを謳う。矛盾という言葉がありますがまさに。己を盾で守りながら矛で穿ちながら突き進む。』
クックックとそれはそれは楽しそうに笑う姿を横目にこちらもわざとらしい迄に顔を歪めた。目の前の面倒臭いを通り越してかったるい男の性癖に余程刺さったらしい。ダル。
『で、アンタは何が言いたいのよ』
目の前のビールをぐいっと飲み干して先を促した。
さっさと終わらせたほうが良いと判断したのだ、アタシは。
『えぇ、だからね。』
こちらに向き合い顔を寄せてくる男はこっそりと耳打ちする仕草をする。
『貴方方〝ニンゲン〝といると楽しいんです。
中庸の美と言いますか。
神を崇め他者の幸福を願いながら、敵と見做した者たちを平気で踏み躙り魔に染まる。美しいものを愛し、美しいものを欲しがって結果違うものを手にしては嘆き、己の持つ物よりも他者の持つ美しい物を奪う快楽に捉われる。』
立ち上がりくるりと回ってみせた男のマントが翻る。
酒場でやる動きではない。
ほら、周りの客たちからの視線が集まる。
それが気にならないのか、むしろスポットライトの中をオペラを謳うかのように朗々と男は続ける。
『光にも闇にもなりきれない』
ピタリと止まる。
『で、アンタのご高説は終わったわけ?』
目の前のビアシンケンにプスリとフォークを突き立てて勢いよく口の中に頬張る。口の中に広がる肉汁が甘い。
『違うわよ』
別に否定をしなくても良かった。まぁまぁそう思って居ても居なくても良いどうでも良い事だと思った。でもまぁ一応否定したかったのは目の前の胡散臭い男が気に食わなかったそれだけで。
『なりきれないんじゃなくて』
もう一つ。ビアシンケンにプスリとフォークを突き立てたままそのまま奴の目の前に突きつける。
『〝どっちにもなれる〝のよ』
人間の中途半端さの良いところね。
吐き捨てるように終わらせた会話にふむ…
と考え込む仕草をする男はなるほど、と小さく呟く。
『奥が深いですね。』
フォークに刺さったビアシンケンを手に取って口に運びながらやはり貴女は面白い。そう言って笑うものだから。
ちょっとだけのイタズラ心でアタシは問いかける。
『ねぇ、アンタはどっちなの?』
〝魔族〝の〝神官〝さん?
挑みかかるような視線を向けたアタシの目を受けて
男はニコリと微笑んだ。
『それは秘密です』