どうすればいいの?
時々ふいに泣きたくなる。
随分前に泣き方を忘れてしまった。
真っ暗なオフィスに一人で残りカタカタとパソコンを叩く。程のいい『頼られている』という都合のいい相手として他人の数倍仕事が増えた。
こんな筈じゃなかったな、もっと早くに辞めたらよかった。
断るという選択肢を選ぼうにも『君の』仕事であると言われて仕舞えば拒めない。それって私の仕事じゃないですよね、なんて言えなかった。言える人が羨ましかった。
こんな筈じゃなかったな、こんな所に応募しなければよかった。
無視されていびられて我慢して我慢して、我慢した先は『私が悪いというストーリー』の中に悪役として生きる私。
報われない。怒鳴られて、怒鳴られて依存されて『頼ってるんだ』と縋られて。それでも周りは私を悪者にすれば楽だから。私に擦りつける大義名分を捏造されながらそれを知りつつ黙って仕事に従事する。
報われない報われない報われない。
カタカタカタカタと静かなオフィスにキーボード音が響く。
時計の針はもう夜の9時。
不意に、ああ無理だなぁと思う。
どうすればズルい人たちに勝てる。
誠実に生きたい。生きるだけでは報われない。
真面目に生きる事をバカにする奴ばかりが報われる。
報われない報われない。
カタカタカタカタ必死に仕事して仕事してやらなくていいはずの仕事すら一人で仕事をしている。
『君以外じゃみんな辞めちゃうよ。可哀想でしょ』
どうしたらいい。
どうしたら報われる?
どうしたらこの憎悪に近い憎しみをぶつけられる?
誰に?どうやって?それをして何になるの。
ふーと深い深いため息をついた。
携帯の転職サイトアプリに入れた40代という条件。
もっと早くに動くべきだった?
いつか報われると信じてた?
ほんっと馬鹿みたい。
随分前に泣き方を忘れてしまったのに
ずっと嘆きが止まらない。
報われる為には、どうしたらいいの。
どうか助けて欲しい。
仕事を終えた成果を片手に力一杯床に叩きつけた。
宝物
こんな風に星が煌く夜は、世界の何処かにいる
小さな魔女に出会える様な気がする。
ふと隣の部屋から聞こえる歌声が懐かしい
歌だと気がついた。
本当はそっとしておくべきなんだろうな、と思いつつこっそりと聞き耳を立てた。
この上なく優しさのこもった歌声に堪らずに後ろからこっそりと近づく。
『いい声ですね』
耳元でこっそりと話しかける悪戯にぴたりと歌声が止まる。せっかくだから止めないで欲しいのに。
こちらの思惑に反してギギギとこちらを振り返った顔はバツが悪そうだった。
『いつから』
そこにいたか、なのか聞いていたか、なのか。
どちらにも答えることがなく横に座って腕の中を覗き見た。
小さな天使はどうやら魔法にかかっておねむの様。
『懐かしいね。私も見てた』
あまりに懐かしくて声をかけてしまった事を軽く謝りながら続きを歌って欲しいとおねだりしてみた。
『知ってるなら自分で歌ってよ』
照れくさそうにそっぽを向くものだから可愛くなってしまう。
『でも、パパの魔法が聞きたいのよ』
ねー?なんて腕の中の小さな娘に同意を求めれば先程までは眠たそうにしていたのにぱっちりとした目をこちらに向けている。
ね?と促せば娘の方を確認してこちらを見ておずおずと歌い出す。
昔、私たちが子供のころにいた魔女の話。
小さくて可愛くてドジっ子で、いつも笑顔をくれた。
『二つの心が溶け合ったら、奇跡さえ呼び起こせるの』
温かな歌声に小さく自分の声を重ねてみる。
腕の中の小さな手に指を重ねて幸せに感謝した。
『遥かなみち歩いてゆけるね』
子供だった頃は過ぎてしまったけれど
これから先に生きる子供達に笑顔の魔法を伝えたい。
そんな魔法をパパとママは君に贈る。
歌声に魔女から教えてもらった魔法を込めて。
『貴方はたからもの』
※おジャ魔女世代
たくさんの思い出
『御朱印集めしてる人って変な人多いですよね。』
初対面の人間に、しかも婚活の場で笑顔で吐かれた毒に眉間に皺を寄せて黙り込む。
売られたケンカは買う主義だが、買うケンカは選ぶべきである。買う価値すらない相手のくだらないトスをいちいち打ち返すだけの無駄な動作すら惜しい。
レスバを即座に返さなかった自分の賢明さを全力で称賛した。そもそも他人の趣味にとやかく言える程の高尚な趣味をお持ちな顔には見えませんが?
黙ってしまったこちらの態度に何を勘違いしたのか己の趣味をひたすらに語り始める声をBGMに精一杯頭を回すことに集中する。
『ね?僕友達多いからさ』
にこやかに笑いかけてくる相手の目を見ながら
一言。
『ごめんなさい。私、御朱印集めしてた時の楽しかった思い出ばっかり考えてたから。』
ニコリと笑って席を立つ。
伝票を確認して自分の分だけ置いて立ち上がった。
『え?』
戸惑う相手を見下しながら笑いかける。
『ごめんなさい、厄除けに神社に行かなきゃ。
お疲れ様でした。いいご縁があるといいですね?』
『変な奴!』悔しそうに吐き捨て男を置き去りに
じゃあ、と言って立ち去った。
旅の思い出はたくさんある。
御朱印はその思い出のかたちだった。
閉塞感を脱却したくて始めたスタンプラリーはいつしか各地を巡るたくさんの思い出と共に形を残してくれる。
思い出は宝だ。
限りある時間の中で、思い出の輝きは消えない。
『他人の趣味にケチつけるなんてほんと品がない!』
案外と神様が裏から手を回して縁を繋がないでくれたのかもね。
まぁいいか、と切り替えて週末にでも御朱印帳を片手に日帰り旅行に行こうと考えた。
※某ツイート見た
はなればなれ
前に進もうとして袖をくいっと引かれた。
ふと振り向くと小さな弟のつむじが見える。
兄弟は全て愛しいが、末の弟は特に目に入れても痛くない。何をしたとしても愛しいし、なんだってしてやれる。己の命すら惜しくない、それを弟が何より嫌がると分かっているとしても。
『ねぇ、どこ行くの?』
握られた袖に皺が寄っている。
そんなに力一杯握らなくても大丈夫。
決して離さないと言外に訴えるように握られた拳に手を添える。
怯えなくても大丈夫。
何処にだって行かない。いつもお前のそばに居る。
添えた手で力の籠る拳を、愛おしむ様に名残惜しい様にそっと撫でる。
目が合わない、下ばかり見つめる弟が愛おしい。
出来れば顔が見たいけれど彼はきっと顔を上げないだろう。出来れば自分も顔を見られたくない。いま、とてもみっともない顔をしているだろう。
兄としての矜持は、最愛の弟に情けない顔を見せる事を許さない。笑っていたかった。頼り甲斐がある、支えていられる。かっこいい、そんな兄で居たい。
ちっぽけすぎる些細で大切なプライドだった。
忘れないで。
ずっと一緒だ。
伝わるだろうか。
それだけが望みだった。
目が覚めたらまだ早朝だった。
久しぶりに懐かしい人の夢を見た。
懐かしすぎて言葉が見つからなかった。
夢だと何処かでわかっていたのに、溢れた気持ちに戸惑って結局は袖を掴む以外出来なかった自分に苦笑する。
せっかく会えたのに。
会いにきてくれたのに。
覚えているのは手の温かさ。
夢だと言うのに記憶と少しも変わらない。
持ち主を現すような温かで慈しみばかり向けられた優しさに目頭が熱くなる。
忘れない。
ずっと一緒だ。
伝わるだろうか。
たとえもう会う事が出来なくても。
秋風
秋風にたなびく雲の絶え間より
漏れいづる月の影のさやけさ
百人一首を丸暗記するたびにかつての日の本の国に
触れる気がする。
空を見上げて夜空を眺める。
かつての日本の空はギラギラとネオンライトが無く
雲一つ見えぬ漆黒の夜を導くように美しく輝く月に護られて居たのだろう。
夜闇に一際輝く月の力の眩しさに照らされて陰のようにたなびく雲はまるでヴェールだ。
こっそりと顔を出しては隠れる様に、人は清らかさを見出したのかと思うとその感性に感服する。
とは言え我々現代人にはセーラームーンの方が身近なのかも知れないけれど。
月の光に導かれ何度も巡り合う
懐かしいフレーズを月を観ながら口ずさむ。
秋風が立たないように。
秋風に負けないそんな人間関係でいたい。
せっかく同じ星の同じ国に生まれたのだから。