かばやきうなぎ

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はじめまして



ひらりひらりと薄紅色の花びらが舞う、風の強い日だった。


平凡な家に生まれて平凡に生きていた。
父がいて母がいて、『普通』に愛されるという事が幼い頃からどれだけ恵まれて幸福なものかをわかっていたように思う。
望みすぎる事は罪だ。多くを望みすぎて失うものを知っている。子供の頃から子供らしくないと苦笑される程達観した人間だったと我ながら思う。

それでも何か満たされなかった。
何かをずっと探していた。それを探し出す為に生まれてきたとすら言える何かを。 
だから母は俺によく言い聞かせた。
『せっかく産まれてきたんだから、幸せになりなさい』と。

それは風の強い日だった。
小春日和の穏やかな日に唐突に突風が吹く。
せっかく咲いた美しい桜の花がひらひらと舞い散る。
残念だと思うと同時にその儚さに見惚れて立ち尽くす。

ふと少し先に同じように立ち尽くした後ろ姿が見えた。
その後ろ姿に見覚えがある。沸き立つような気持ちに覚えがある。忙しなく鳴り始めた鼓動に抑えられない衝動が混じる。

忘れかけていた何かを見つけた気がした。
それが何かはわからない。
長い三つ編み、立ち姿、振り返る瞳が驚きに満ちていた。思い出せない。思い出せないけれど強烈な懐かしさが込み上げた。
『あ、あの…』

声をかけてみたけれど話の続きが出て来なかった。
元々人付き合いは得意ではない。初対面の知らない男に声を急にかけられてどう思うだろう。勢いに任せて声をかけたことを後悔する。完全に不審者ではないか。

二の句が告げられずにしどろもどろになる俺を見てこちらを見ながら困ったようにしていた彼女はニコリと笑う。満開の桜が咲くような朗らかな笑顔はいつか何処かで見ていたような記憶を思い起こさせる可愛らしさで。

『あ!よかったら、これ一緒に食べますか?』
手に持った三色団子を差し出してくる。

唖然とするこちらを見てしまった、という顔をする。え、え、違いますか?ごめんなさい。と真っ赤になって慌て出す姿に吹き出した。
『ごめんなさい、はじめて会った方なのに。何処かでお会いした事があるような気がして。』

真っ赤になって下を向いてしまった彼女が自分と同じものを感じてくれていた事が嬉しくて涙が出そうになる程に嬉しい。

『良ければ御相伴に預かってもいいでしょうか』

もしも前世があるとしたならばきっとその時もこんな始まり方だったのだろう。あまりの見覚えがありすぎるやりとりを舞い散る桜が祝福してくれているようだった。

『はじめまして、俺の名前は』

4/1/2025, 10:44:24 PM