かばやきうなぎ

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寂しさ




改札口の前で一人立つ。
ぼんやりと待つ古錆びた駅舎の中にビュウっと吹いた冷たい風に自然と首を窄めた。吐いた息が白い。
首元のマフラーに埋もれた顔を、券売機から戻ってきた友達はまるで亀みたいだと楽しそうに笑った。

人もまばらな過疎地の駅では利用客などほとんどいない。ましてや帰宅者もいない平日の夕刻では貸切にも等しかった。
時代に取り残されたかのような小さな駅にたった二人。
暖房もない無人駅で列車を待つ。

何を話すべきか迷っているのはお互い様だった。
別に永遠の別れでもなんでもない。
会いに行こうと思えば行けないわけでもない。
同じ国で生きていることに代わりはない。

ただ、産まれてからずっと一緒だった。
二人小さな村で一緒に産まれて常に共に育った。
自然とずっと一緒のままだと思っていた。
それが自分だけだったと知った。
すぐそばにあった筈の距離の遠さを知らなかったのは自分だけで、接し方がわからなくなった。

村の冬は寒い。
山々に囲まれた小さな駅は遮るものもなくより凍えるように寒く、吐いた息の白さでは冷たくなった手は暖まらない。顔にかけたメガネで目の前が白く曇る。何も見えなくなる様が自分の気持ちのようで隣に座る友に気づかれないように目を伏せた。

あと少しで列車が来る。
最後のチャンスなのだ。何か言わなくてはいけない。
このまま何もしなければきっと終わってしまう。
そんな確信じみた危機感がある。
タイムリミットが近いはずなのに薄ぼんやりと白く曇った思考では何を伝えるべきなのかわからない。

口を開いて仕舞えば置いていかれる寂しさで
相手を罵ってしまいそうだった。何故、言ってくれなかったのかと。一緒に行こうと言ってくれないのか、なんてそんなワガママは口が裂けても言えなかった。

さよなら、を言うつもりで来たのだ。
意地でも笑って見送るつもりだ。子供じみたものだと思う。それでも寂しい気持ちは自分だけだったという寂しさは悲しみになった。ずっと一緒だったのに、本当はひとりぼっちだったなんて。

『3番線に電車が参ります』
冷えた空気の中だとアナウンスが響く。
心臓がドキンと鳴った。時が来た。なんて声をかけるべきかもきめきれないままでベンチから立ち上がると黙って隣の席の友のキャリーを持った。

ありがとう、なんて微笑まれる。
引き攣った愛想笑いを浮かべて、顔が冷たすぎてなんて言い訳をした。そんなことを言われる資格がない。

電車に乗り込む友達が振り返る。
なんて言えば良いの。無難なはずの『またね』すら出てこない。何か言ってよ、と顔を見ればニコニコと笑っていてこんなに寂しいのは私だけなのかとまた寂しくなった。
出発のチャイムが鳴る。いよいよ別れの時だと言うのにかける言葉が見つからない。

さよならを言いたかった。もう寂しくなりたくなかったから。それなのにさよならを言ってしまったらもっと寂しくなりそうで。
喉元まで込み上げた惜別の言葉は最後まで出てこなく、代わりに出たの両目からの大粒の涙だった。

『ありがとう!』満面の笑顔でかけられた言葉と共にスライドドアが閉まる。
ゆっくりと動き出す電車の中で友達が手を振った。
その口元が動く。
たった四文字分のその動きに列車を追いかけた足が止まった。

両目からとめどなく涙が溢れる。
口元の動きはたった四文字。
あれは多分『だいすき』だった。

古びた駅舎の中にたった一人残された少女は泣き崩れるように膝を抱えて小さな声で『うそつき』と呟いた。

12/19/2024, 12:11:04 PM