手を繋いで
小さい頃は神様がいて不思議な夢を叶えてくれた。
大人になってそれが周りの大きな愛情だったと気がついたんだけどね。
大きなモミの木にキラキラと輝くイルミネーションが目に止まる。この時期毎年のように煌びやかに輝くネオンライトが当たり前になってしまった時代、些細な事が尊く思い出される。
贅沢になることは悪いことですか。
人の欲は際限がなくて、時々ちょっと怖くなる。
当たり前のハードルがどんどん高くなっていく。
振り落とされてしまいそう。
振り返ると幸せそうな家族。
笑い合う恋人たち。
友達同士ではしゃぎながらすれ違う人たちを
羨ましいような微笑ましいようなそんな気持ちを通り過ぎた。
本当は大事な人と手を繋いでいられるだけで
幸せなんじゃないのかな。
生きてるだけで丸儲け、そんなきよしこの夜。
夢と現実
ふと気がついたら懐かしい場所に座っていた。
子供の頃はその場所がとても苦手で、昔ながらの大きな建屋の薄暗い部屋に立つと目に見えない何かが立っているような錯覚を覚えた。
少し温度が下がる大きな部屋には大きな大きな仏壇が二つ。
そこに眠る『仏様』は私にとって叔父と、そして生まれてすぐに亡くなった小さな従兄弟だった。
その片隅の暗い部屋が祖父の部屋で、まるで物置のように雑多な場所にあるひんやりとしたベットにはあまり近寄りたくなかったのを覚えていた。
何故そんな所に立っているのかも朧げで
何故そこに居るのかもわからなくてただ戸惑って居た。
それなのに〝そこに居る〝のがわかる。
そんな不思議な感覚。
そこで目が覚めた。
目が覚めた時は真夜中だった。
不思議と込み上げる郷愁と、護られているという確信じみたものを抱えて布団の中で泣いた。
思ったのは一つ
『会いにきてくれてありがとう』
もう泣き方がわからない現実の中で、苦しみもがく以外忘れた姿にあるかもわからないあの世から、不甲斐ない孫を心配をしてくれたのだろうか。
子供の頃は憂鬱だった祖父母の家があまりに懐かしくて、あまりに優しくて、思い出に支えられて生きている。
光と闇の狭間で
『魔にも神にもなれない中途半端さが良いと思いませんか?』
あ、ニンゲンの話です。
目の前の神官はニコニコといつもと同じ胡散臭い笑顔を貼り付けたまま唐突に語り出した。
またか。はー、とわざとらしく盛大にため息をついてやってから首の動きだけで先を促す。
おやおや、と仰々しく肩をすくめてきやがった顔を軽く睨んでやるとあーハイハイと話の続きを始めた。
『人間という中途半端な生き物をほめているんですよ。
美しくある事を何よりも尊びながら決して美しく生きられない。かと言って醜く生きるだけのものも持ち合わせない。他者を憂い、足を引き摺ってでもの仕上がらながら手を取り合う喜びを謳う。矛盾という言葉がありますがまさに。己を盾で守りながら矛で穿ちながら突き進む。』
クックックとそれはそれは楽しそうに笑う姿を横目にこちらもわざとらしい迄に顔を歪めた。目の前の面倒臭いを通り越してかったるい男の性癖に余程刺さったらしい。ダル。
『で、アンタは何が言いたいのよ』
目の前のビールをぐいっと飲み干して先を促した。
さっさと終わらせたほうが良いと判断したのだ、アタシは。
『えぇ、だからね。』
こちらに向き合い顔を寄せてくる男はこっそりと耳打ちする仕草をする。
『貴方方〝ニンゲン〝といると楽しいんです。
中庸の美と言いますか。
神を崇め他者の幸福を願いながら、敵と見做した者たちを平気で踏み躙り魔に染まる。美しいものを愛し、美しいものを欲しがって結果違うものを手にしては嘆き、己の持つ物よりも他者の持つ美しい物を奪う快楽に捉われる。』
立ち上がりくるりと回ってみせた男のマントが翻る。
酒場でやる動きではない。
ほら、周りの客たちからの視線が集まる。
それが気にならないのか、むしろスポットライトの中をオペラを謳うかのように朗々と男は続ける。
『光にも闇にもなりきれない』
ピタリと止まる。
『で、アンタのご高説は終わったわけ?』
目の前のビアシンケンにプスリとフォークを突き立てて勢いよく口の中に頬張る。口の中に広がる肉汁が甘い。
『違うわよ』
別に否定をしなくても良かった。まぁまぁそう思って居ても居なくても良いどうでも良い事だと思った。でもまぁ一応否定したかったのは目の前の胡散臭い男が気に食わなかったそれだけで。
『なりきれないんじゃなくて』
もう一つ。ビアシンケンにプスリとフォークを突き立てたままそのまま奴の目の前に突きつける。
『〝どっちにもなれる〝のよ』
人間の中途半端さの良いところね。
吐き捨てるように終わらせた会話にふむ…
と考え込む仕草をする男はなるほど、と小さく呟く。
『奥が深いですね。』
フォークに刺さったビアシンケンを手に取って口に運びながらやはり貴女は面白い。そう言って笑うものだから。
ちょっとだけのイタズラ心でアタシは問いかける。
『ねぇ、アンタはどっちなの?』
〝魔族〝の〝神官〝さん?
挑みかかるような視線を向けたアタシの目を受けて
男はニコリと微笑んだ。
『それは秘密です』
距離
結婚してください、は何か違う気がする。
ずっとそばにいたい、それはそう。
でも縛りたいわけじゃない。
縛られたいと思ってないけど、縛られるのも悪くないと思ったのは目の前のコイツだけで。
縛られる事の窮屈さも、縛ってしまうことで奪うものも知っているからこそ、首に輪をくくりつけるみたいに指に嵌め込むもので未来を奪う事に躊躇う。
幸せになって欲しい、それはそう。
でも離れる事が出来るかわからない。
お前がいれば俺は幸せだけど、俺がいた時お前が幸せになるかといえば…。だからそばに居させて欲しいけど幸せになるのを邪魔したいわけじゃなくて、ただお前が幸せになるのを見ていたいっていうかだからそれは…
『あのねぇ…』
振り向いた顔がうんざりしたような呆れたような、それでいて何もかも見透かして許している甘やかさをしていた。だから、ほら俺はお前に甘えちゃうんだよ。
『何考えてんのか知らないけどねぇ。』
大袈裟な程に大きなため息をついて体をこちらに向けて向き合う仕草にいつものように何もない顔で向き合う。感情を顔に出さないのは得意だ。それがコイツ相手に通用しない事も知っている。
『僕が、アンタを』
せっせっせのヨイヨイヨイの勢いで両手を取られた。
手から伝わる温かな温度が心地よく響く。
笑いたくなるような泣きたくなるような、そんな気持ちをお前はいつだってくれるんだ。
だからこそ…
『手放すわけがないでしょう!』
力強く言い切る目の前の誇らしげな顔を見て
ついに俺は噴き出した。
👓心の距離
終わらせないで
『自分の事が好きですか?』って言われたら私はきっと好きとか嫌いとかはわからないけど『頑張って生きてきたなと思ってる』と答えると思う。
生きづらい人生の中で、何度も終わろうとして踏みとどまった私はすごい頑張ってる。
誰かのせいにして、傷ついて、居場所を探して見つからなくて。無理して合わせてみたり、合わせられなくてもがいてみたり、痛めつけられて、痛めつけて。
恵まれてるだけだったら知らなかった世界を知るからこその幸せを知っている。
『後悔ってさ、一生懸命生きた先にあるから振り返ったらあの時ああすれば良かったって思えるんだよ。それって最高に今の自分カッコよくない?』
終わりたくて泣いてた未来の先に、そう笑う私が居ると知ったら泣いていた私は笑うかしら。
終わらせないで、良かった。