焚き火や蝋燭の炎の揺らぎは心を落ち着かせる効果があるらしい。
ガスコンロの炎では駄目な理由はなんだろう?
立ち上る炎の高さ? 炎の数?
どちらも現象としては同じなのに、シチュエーションが違うだけで全然意味が違ってくる。
いずれにしろ、火事には気をつけましょうね。
END
「揺れるキャンドル」
気が付くと、とっくに夜は明けていた。
暗い部屋から廊下へと出ると、朝日が差し込み景色全体が白く輝いている。
その眩しさに目を細めながら、男はゆっくりと回廊を歩いていた。
眼下の広場ではそこかしこで朝のざわめきが起こっている。帰還した兵を出迎える者、勤務交代の申し送り、気の早い物売り達。今日からまた始まるいつもの日々。男には帰ってくる友を待つ余裕など無く、追われるように階下へ向かう。
角を一つ曲がったその先に、長身の影があった。
白い廊下に浮かぶ黒いシルエット。
いつもとは正反対の印象に、男は一瞬怯む。
「――ただいま」
黒い影は男のよく知る声で一言そう言った。
「·····」
何も言えずにいる男に、影はゆったりとした歩調で近付いてくる。いつもと同じ、跳ねるような歩き方だった。
背中に腕が回る。肩に顎を乗せてきた影に男は何か言おうとしたが、影はそれを許さなかった。
「何も言うなよ」
「――」
「しばらく、このまま」
陽が高くなるにつれ、光の範囲は広がっていく。
白く輝く回廊にこのまま二人、飲み込まれていくような錯覚に陥る。
それでもいいと、男は思った。
END
「光の回廊」
雪のように、落ち葉のように。
その想いは降り積もる。
一日二日じゃこうはならない。
何年も前から少しずつ、少しずつ。
やがてそれは一滴の雫が岩を削るように、事態を一変させる。
募る想いはマグマのように、いつか爆発する日を待っている。
何をそんなに驚いてるの?
今日がその日だったという、ただそれだけの事。
あなたはいつもヘラヘラと、私の想いに気付きもしないで。
今日がその日だっただけ。
さようなら。
そうして私は――。
END
「降り積もる想い」
中学時代のセーラー服のリボンが好きだった。
制服を着た時にしか触れないあの独特の、ツルツルとした感触。
私服では絶対に選ばない素材で、あのリボンを綺麗に結べた日はなんだかいい事が起こる気がした。
スカートを好んで履かなくなって久しいけれど、この歳になってようやく制服があることの意味や、あの素材の質感の意味が分かってきた。
そして今、好きな服を自分で選ぶことの出来る喜びと、時代、場所、人、目的によって服を選ぶことの大切さが自分の身に置き換えて分かるようになってきている。
いつかインバネスコートを颯爽と着こなせる人間になりたい。その下にはサテンのリボンを結んだブラウスを着よう。そして楽しげに、私は街を歩くのだ。
END
「時を結ぶリボン」
手のひらに乗った小さな紙切れ。
拙い字で書かれた「たんじょうび おめでとう」の文字。もうだいぶしわくちゃで、端の方は少し破れてしまっている。
「·····」
あれは何年前だったか。
無邪気で、屈託が無くて、その笑顔を見るだけでまるで自分が浄化されていくようだった。
今はもう、その全てが遠い夢のようだ――。
これだけは無くしてはいけない。
そんな思いを抱えて、男は戦場へと旅立った。
END
「手のひらの贈り物」