せつか

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12/28/2025, 4:00:48 PM

〝あなたの人生を曲線グラフにしてみて下さい〟

それに何の意味があるのか。
上手くいっていた時期と下降していた時期を視覚化して客観的に見るため、と誰かが言っていた。
けれど、そんな簡単なもので表せるほど私の人生は単純じゃない。
私の〇〇年は一本の線を上下させるだけで説明出来るようなものじゃない。

私の人生は私しか知らない長い旅で、その結末はまだ私自身ですら分からない。

その旅が私の心に何をもたらすのかも。
旅はまだ途中なのだから。


END



「心の旅路」

12/27/2025, 4:23:01 PM

一匹の大きな龍が横たわっている。

彼はたった一匹の、運命の番を求めて世界中を旅していた。その大きな体を、悠久の時を生きる精神を、人智を超えた力を受け止め、共に生きてくれるたった一匹を探していた。
ある国では神と崇められ、ある土地では厄災と恐れられた。人々が彼にまつわる物語を一つ完成させると、彼はまた別の場所へと旅立っていった。

まだ番は見つからない。
どれだけの年月が過ぎたか、数えるのも馬鹿らしくなってきた頃、彼は一人の人間に出会った。
長く生きることに疲れ果てた彼を、その人間は恐れもしなければことさら崇めたりもせず、ただその疲れを癒すように優しく触れた。
龍に与えるには少なすぎる食事。何年かかるか分からない鱗の掃除。人間はそうすれば彼は心地よいだろうと考え得る全てのことを自分から率先してやった。
山にたった一人で暮らしていた人間は、同じ人間に村を追われていた。不思議な力があったからだ。だがその人間は村人に恨み言を言うこともなく、一人は気楽でいいと龍に向かって笑った。

龍は、自分の番になる者は同じ龍の姿をしていると思っていた。だがそうではないのかも知れないと思う時が徐々に増えてきた。
鱗が波打つ大きな体に背を預けて眠る人間は、彼の心に大きな変化をもたらしていた。

悲劇は突然起こる。
龍と暮らす人間に恐れをなした村人が、龍の目を盗んで人間に毒を飲ませたのだ。
龍は怒り狂い、村を襲った。口から冷気を吐き出して一つの村をまるごと氷に閉じ込めた。
だが長く生きた龍はそこで力尽きてしまう。
彼は人間の元へ戻ると既に息をしていないその体を自分の体に巻き込んで、ゆっくりと横たわる。
毒を飲まされ、苦しんだ筈のその人間の顔は、不思議と穏やかだった。

「疲れたな·····」
龍は一言そう言って、ゆっくりと目を閉じる。
「そうだね」と、人間も言ったような気がした。
龍は最後の力を振り絞り、自分の体を氷へと変えていく。抱き込んだ人間の体ごと。
やがて大きな大きな氷の塊になった一人と一匹は山の中腹で美しく輝く氷湖となった。

「まるで大きな鏡みたいだね」
何百年も経ったある日、空から氷湖を見下ろしてそう言った者がいた。
永遠に溶けないその氷の中に一人の人間がいることを、知る者はもういない。


END



「凍てつく鏡」

12/26/2025, 4:51:24 PM

窓についた水滴を指で拭うと、白に塗り潰された世界があった。
深夜だというのにほのかに明るいのは、雪明かりのせいだろう。雪が月光を反射して光を拡散させているのだ。いつもと全く違う景色に息をのみ、しばし見蕩れる。
街の屋根も、街灯も、街路樹も、全てが白に包まれている。街灯にこんもりと積もった雪は、まるでマシュマロだ。三角屋根も雲を載せたように丸く可愛らしいフォルムになって、思わず手を伸ばして触ってみたくなる。

――本当に、触ってみたいな。

ふとそんな事を思ってコートを羽織ると家を出た。
街は静寂に包まれている。ほとんどが眠りについているのだろう。

高いビルの屋上に辿り着く。
吐く息も白く、また降り出した雪がチラチラと暗い空から舞い降りる。
白以外の色を忘れてしまったかのようだ。
眼下に広がる白い雪は、やっぱりマシュマロみたいに見える。
「·····」

冷たいはずのその景色に、無性に飛びこみたくなった。


END


「雪明かりの夜」

12/25/2025, 9:37:30 PM

小説でも、詩でも、歌でも。
絵でも、彫刻でも、織物でも。
食事でも、建築でも、造園でも。
何かを造るという行為は、祈りに似ている。


END


「祈りを捧げて」

12/24/2025, 4:35:10 PM

一度だけ、ママに抱き締められた。
その頃はまだそんなにアル中の症状が深刻でなく、その日は酒が抜けてだいぶ気分がいいと言っていた。
客が優しかった、というのもあるだろう。
ママは私を抱き締めて、「ごめんね」と言った。
あの時のママの手のひらのあたたかさを、私は今でも覚えている。

それから程なく、ママはアル中が進行し酒が切れると私に暴力を振るうようになり、生活も荒んできた。
それでも私がママのそばを離れなかったのは、あの日の記憶が忘れられなかったからだ。
ママの優しい声。煙草の匂い。あたたかい手のひら。
たった一度のぬくもり。
あの日感じたあたたかさは、本物だった。


END


「遠い日のぬくもり」

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