どーしてもあの匂いが好きになれなかった。
甘ったるい、わざとらしい、そんな印象。
花は控えめで可愛らしいのに、やたら強烈な匂い。
そういえば、〝香り〟と〝匂い〟で印象が違う気がするのはどうしてだろう??
END
「キンモクセイ」
願うだけではどうにもならない。
本当に望むなら言葉にしなければ伝わらない。
空気を読む、なんてもう流行らない。
聞き分けのいい優等生でいる必要なんて、もう無い。
まだ長い煙草を灰皿に押し付けて、残っていた水割りを飲み干す。
カランと音を立てて氷が溶けた。
「君もこんなトコで管巻いてるヒマがあるなら行きな」
シッシッと追いやるように手を振ると、ソイツは突然ガタンとテーブルに手をついて立ち上がった。
「僕がいたい場所はここです!」
虚をつかれた。
呆然としていると、飲みかけのハイボールを掴んで一気にあおる。
「だから、その、·····好きです!!」
叫んだその顔が、真剣そのもので。
「順番が逆だろ、ガキ」
デコピン一発かましてやった。
END
「行かないで、と願ったのに」
あーあ、見つかっちゃった。
カンがいいのも考えものだねぇ。
綺麗でしょ? これ。
これは眼球。
これは指。
これは髪。
これは爪。
これは耳。
これは舌。
見た事あるのもあるんじゃない?
アレ? なんでそんな離れるの。お店に並んでるのと大差ないでしょう。ただ、それが〇〇かどうかってだけで。これに驚いてちゃ駄目だよ。
ほら、こっち見て。
これは嫉妬。町外れの教会のシスターが同室の子に恋人を取られた時の目。
これは怒り。子供好きで知られたお菓子屋のオジサンが子供を殴った日に食い縛った歯。
これは悲しみ。名の知れた剣道の師範が妻を強盗に殺された時の涙。
これは暴食。慎みをモットーとした教誨師が居酒屋で金踏み倒すほど食べた時の歯。
もう分かったね。あとの三つは怠惰、傲慢、色欲。私はこれらを綺麗なボトルに入れてコレクションしてる。清廉潔白な人の大罪ほど綺麗なものは無い。
見てしまったからには手伝って貰おうかな。
そろそろ引っ越すつもりだったから。
誤魔化したって駄目だよ。
君もワタシの〝同類〟だよねぇ?
END
「秘密の標本」
「さみぃ·····」
そう言って布団に忍び込んできた恋人に、小さく笑った。
「私は体温高いから嫌だって言ってなかった?」
丸くなる背中にケットを掛けてやりながら尋ねると、「今はさみぃもん」とまるで子供のような答え。
これで三つも歳上なのだから笑ってしまう。
「夏になったらまた離れていく癖に」
「冬になったらちゃんと帰ってくるからいいでしょ?」
布団の奥深くに潜り込んでそんな事を言う。
「――どっかの神話にあったね。冬の間だけ地下の王様の妻になる話」
「逆だろ。妻になりに行くから地上が冬になっちゃうんだ」
「どっちでもいいよぉ」
「本当は一年中そばにいて欲しいんだけどな」
「束縛はしない約束でしょお」
「だから我慢してる」
地下の王は寛大だったと思う。
布団から這い出してカーテンを開けると、朝の眩しい光が入りこんできた。
「朝飯出来たら起こしてやるよ」
「ふぁい·····」
もう寝落ちしかけている。
滅多に無い二人同時の休日。
今はこの歳上の恋人を目一杯甘やかして、いつか自分のそばから片時も離れないようになればいい。
地下の王になった気分で、男は笑った。
END
「凍える朝」
光と影。
光と闇。
正反対のものとしてよく表現される二つ。
影は光が無ければ出来ないが、闇は光が無くても存在する。影と闇。微妙に違う二つの黒。
影は光の従属物なのかもしれない。
闇は光を飲み込む侵略者なのかもしれない。
光は万物を照らす生命の源だけれど·····意外と弱いものなのかもしれない。
END
「光と影」