せつか

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7/1/2025, 4:53:20 PM

食べ物なら皿に盛られたカレー、奮発して買った鰻の蒲焼、屋台で買った焼きそば。
食べ物以外なら手持ち花火の火薬、プールの消毒剤、帰って脱ぎ捨てたTシャツの汗。

子供の頃は夏といわず色々な匂いに囲まれていた。
大人になってだんだんそれらと縁遠くなって、今ではすっかり季節の風物詩を気にしないままで生きている。

年老いた母にどろりとしたペースト状の食べ物を食べさせる。
「こぼさないでよ」
母はもう自分が今何を食べたかなんて分からないだろう。テレビに視線を固定したまま、口元に運ばれたスプーンに反応して薄く口を開ける。その視線は決してこちらを見ようとはしない。
テレビに映し出されているのはどこかの花火大会だ。
大きな音を怖がる母の要望で、音は消してしまっている。自分の口元にスプーンを運ぶ見知らぬ女に、視線が注がれることはない。

饐えた匂いが鼻をつく。
食事が終わったら洗濯をしなければ。

「おかあさん」
どろりとしたペーストを唇に押し付ける。
「これ分かる? カレーだよ」
ほとんど匂いのしない薄茶色のペースト。
「おいしい?」
反応は無い。
じわりと額に汗が浮かぶ。エアコンは効いている筈なのに。

母が倒れ、この生活が始まって十年が過ぎた。
子供の頃ワクワクした夏の匂いは私の記憶から徐々に消えていき、汗と排泄物の匂いに上書きされている。
疲れはするし、悲しくなるが、不思議と嫌だとは思わなかった。


END


「夏の匂い」

6/30/2025, 3:59:27 PM

差し込む光が痛かった。
この部屋の窓の向こうには、遮るものが何も無い。
だから昇る朝日はまっすぐに、この家の壁を照らし、窓から部屋の中へと入り込む。
ゆうべ、カーテンをきちんと閉めていなかったらしい。まだ開けるのに苦労する瞼をゆるゆると持ち上げて、男は差し込む光を睨み付ける。
ベッドの真ん中を貫く光は、まるで男の体を両断しているかのようだった。

「おーい、起きてるかい?」
ノックと共にドアが開いて、同居人が入ってきた。
彼はベッドで半身を起こした男の顔を窺うように中腰になると、「おはよう」と微かに笑った。
「·····」
くぁ、と一つ欠伸をして、男は同居人を見上げる。
顔の半分が朝日に照らされて、もう半分はぼんやり影になっている。
「カーテン」
「ん?」
「カーテン閉めて。眩しくて目が痛ぇんだよ」
彼は無言で立ち上がり、中途半端に開いていたカーテンを両手で閉める。再び男の元へ戻ると癖のある黒髪に手を差し入れた。
「大丈夫かい?」
彼の顔は全部が影になってしまって、男はその表情を見る事が出来ない。でも多分、嫌な顔はしていない筈だ。同居人は男が朝、起きるのに時間が掛かることをよく知っている。
「もう少し寝てな」
声と共にぐ、と肩を押されて男は再びベッドに沈む。
去ろうとする同居人の手首を掴んで「待って」と言うと、彼は少し不機嫌そうに「何?」と答えた。

「アンタの顔が見えない」
「·····バーカ。カーテン閉めろっつったのお前だろ」
「そうだけどちゃんと見れないのはムカつく」
「意味わかんねえよ。見飽きただろこんな顔」
「飽きないよ」
「あっそ。まぁゆっくり寝てな。今日はなんも予定無いし」
「そうする」
「おやすみ」

おはようからおやすみまで。
世話焼きな同居人の顔を淡い光の中で見つめるのが、男の唯一無二の楽しみだった。


END


「カーテン」

6/29/2025, 3:56:41 PM

深度が深まるにつれて濃くなっていく青。
もっと深く、もっと深く沈むたび、光は届かなくなって、青はその色をますます深くする。
やがて最深部へと到達すると、ほんの数メートル先ですら見えなくなって、青は青という名でなくなる。
光が届かないそこは真の闇。黒の世界。

「·····」
だけどそこにも命はあって。
ヒトの目には異形として映る奇怪な姿をしたもの達が息づいている。
大きな目。
透ける皮膚。
巨大な口。
極端に細い体。
青を通り越した黒のなかに、確かに息づく命達。

深い深い海の底。
ヒトは生身では決して生きられない世界。そんな世界でひそやかに、本能だけで生きるもの達は、命の奥深さを教えてくれる。


END


「青く深く」

6/28/2025, 4:41:06 PM

連日の雨が少しおさまって、気温が徐々に上がっていく。晴れの日が増えてきて、空の色が変わっていく。
十五年くらい前までは、夏はそうやって少しずつ近付いてくるものだった。

今は雨はほんの数日で、気温は一気に上がっていく。空は太陽が殺人級に強い光を放って、準備をしていない体や心にズカズカと容赦なく入り込んでくる。

「押し込み強盗かよ」
ソファに長身の体を預けてぐったりしながら呟いた。
「表現」
書類に目を通しながら男はソファに体を投げ出す同僚を窘める。
「よくそんなカッチリしたスーツ着て仕事出来るね」
「エアコンついてるでしょ」
「そうだけど外の景色見てたら動く気無くすよ」
同僚の言葉に男は書類に落としていた視線をゆるりと持ち上げる。
「·····」
大きな一枚ガラスの向こうにはギラつく太陽のせいでほぼ白に近い空と、光を乱反射させる高層ビルの無数の窓ガラス。
緑は無く、鳥の姿も無い街はまるで茹だっているようで。
「確かに出たくないねえ」
頬杖をついてそう呟くと、ソファに長まっていた長身がガバリと跳ね起きた。
「だろ? だから今日はもう業務終了」
薄いシャツを羽織って立ち上がると、執務机に向かったままの男に上着を投げ付ける。
「わっ·····、っぷ」
「呑みに行こうぜ!!」
「まだ三時だよ」
「どうせ依頼人なんか来ないよ」
失礼な事を言う同僚に一瞬眉を顰めるが、男はすぐに困ったような笑みを見せて歩き出す。

「飲み屋だけは変わらずにいてくれるよねえ」
「だよなぁ」

――ギラギラした夏のいいところは、ビールが美味しく感じるところ!!


END


「夏の気配」

6/27/2025, 10:56:57 PM

こんな筈じゃなかった。
むしろ敬遠していた世界だった。
私には関係ない、陽キャが好きな世界だと思っていた。
だけど知ってしまった。
まさかこんな事になるなんて。

あー!!

怖い、怖い!!

でも見たくなってしまったんだから仕方ない!!

何の話かって? 某アニメのことです。


END


「まだ見ぬ世界へ!」

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