空気全体が震えている。
低く唸るような音が遠くで響いている。
生温かい風を受けて、私の体が大きくしなる。
今年もこの季節がやってきた。
低く垂れこめた雲の合間。
時折金色の閃光が走る。昏い雲を切り裂く金色の輝きは、姿が見えたと思ったらすぐに見えなくなって、まったく違うところに現れる。
私の気紛れな恋人は、耳飾りを吟味しているようだ。
あの音が近付くたび、私の胸は高鳴って、もっともっととその音を乞う。
もっと激しく鳴いてくれ。
もっと大きく震わせてくれ。
そうすれば、それに応えて私も手足を大きく伸ばすことが出来るから。
あぁ、ようやく会える私の恋人。
END
「遠雷」
昏い色をしている。
二年ぶりの再会は胸踊るようなものでも、切なさが込み上げるようなものでもなかった。
真夜中の闇を思わせる昏い青。
記憶の中にある彼は、そんな色の服を纏ってはいなかった。
彼が一歩、近付いてくる。
「久しぶり」と言うべきか。「会いたかったよ」と両腕を広げるべきか。「元気そうじゃねえか」と笑ってやるべきか。
結局そのどれも出来なくて、触れられそうなほど近くにある彼の目を、じっと見つめる。
夜だというのにサングラスをかけている彼の、表情は読めない。
「服の趣味、変わったんだねぇ」
ようやく出てきた言葉は余りに間が抜けていて、プッと小さく彼が噴き出す。
「アンタは相変わらずキマってんね」
二年の月日は、色々なものを変えたけれど。
「そうだろぉ?」
互いの唇に浮いた笑みが、変わらないものも確かにあるのだと伝えていた。
END
「Midnight Blue」
「本当にいいのか?」
「しつこいねー、いいって言ってるじゃん。それとも怖くなったん? だったらやめていいよ。私一人で行くから」
「んなワケあるか」
「じゃあホラ、行こうよ」
「·····」
「もー、行くんじゃないの?」
「·····ぅ」
「もしもーし、早くしてくれませんかぁ? 後がつかえてるんですけど」
「ほら行くよ。お願いします!」
『ワン、ツー、バンジー!!』
谷底へと消える絶叫。
この時男は、彼女との恋が終わったのだと悟った。
END
「君と飛び立つ」
あなたに教えて貰ったこと
あなたが見せてくれたもの
あなたが好きだったもの
みんなみんな、忘れないから。
そう言うと、病床の彼は呆れたように笑って鼻を鳴らした。
「やっぱり分かってない」
「なにが?」
「僕の気持ち」
「なんでよ。あなたの気持ちを一番理解してるつもりだよ?」
「·····忘れていいんだよ」
「え?」
「僕のことなんか忘れていいんだ。君を残して先に消える僕の為に、脳の容量を使う必要なんてない。これからは君の見たいものを見て、君の好きなものをたくさん詰め込んで、君という存在を確定するんだ。
なんて言ってた彼のことを、私はいまだに忘れられずにいる。
END
「きっと忘れない」
この世に生まれてきたことが辛いから。
もしそう答えてやったら、君はどんな顔をするのだろうね?
END
「なぜ泣くの? と聞かれたから」