せつか

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2/24/2025, 3:38:03 PM

花を貰ったことがない。
卒業式とか、退職とか、何度か花を贈られるタイミングはあったと思う。けれどいまだに人生で花を贈られた経験が無い。
ただの一輪も。
薔薇、向日葵、カーネーション、スイートピー、チューリップ、百合·····花を見るのは好きだ。
けれど自分で買ったことはあるけれど誰かから贈られたことはない。
だから花を貰った時のリアクションというのも、自分の感覚ではなく他人のものを見て知ったものだ。
そういう人もいる。
これはただ、それだけの話。

END


「一輪の花」

2/23/2025, 3:59:11 PM

「十分に発達した科学技術は魔法と区別がつかない」
とある本に書いてあった言葉だ。

もし私が生きているこの世界の常識がすべて嘘で、真実が何もかも隠されたままの世界で生きていたのだと知ってしまったら、私は何を信じて生きればいいのだろう?
電話が通じるのは電波が飛んでるからではなく、私の声を小袋に詰めた妖精が猛スピードで相手の元に飛んでいってるから、だとしたら?
病気が苦しいのは小さな悪魔が体の中で暴れているから、だとしたら?

「·····あれ?」
そこまで考えて、立ち止まった。
私の世界、結局あまり変わってない。
電話が通じる理由も、病気が苦しい理由も今の常識とあまり変わっていないじゃないか。
理屈はどうあれ、その科学か魔法か判然としない私には未知の力で、私の世界は回っている。どちらにしても電話は相手に声が届けばいいし、病気は苦痛が無くなればいい。

魔法も科学も、結局は〝使う者次第〟ってことなんだ。


END


「魔法」

2/23/2025, 5:23:15 AM

ある日の雨上がり。
まだ灰色が残った薄水色の空に虹がかかっていた。
先にそれを見つけたのは君。
その指先を追って僕もようやく虹を見つけた。
「虹は吉兆とか凶兆とか色々言われてるよね」
君が言う。
「根元に宝物があるとか、虹が出たら災いが起こるとか」
「ただの自然現象だよ」
僕がそう言うと「私もそう思う」と、君は答えた。
「虹が出来る理由は科学的に説明がつくからね。根元には行けないし、行けたとしてもそこに宝物なんて無いし、いいことも悪いことも虹には関係ない」
それでも虹から目を離さずにいる君を、僕は横目で見つめる。
「そこに何かを見出すのは、見てる私達の心がそれを望むからだよ」
吉兆も、凶兆も。
「じゃあ何も感じない僕達は何も望んでないってことかな」
「今は、そういうことなんじゃない?」
君の言葉の意味が、その時の僕には分からなかった。

◆◆◆

虹の橋が一本、空に渡されている。
僕はそれを見上げながら、いつか君と虹を見た日を思い出した。
「あの虹の橋を渡った先に、いなくなってしまった大切な人がいるんだよ」
祖母が言っていた言葉だ。
ただの自然現象だと分かっているのに、なぜ不意にそんな言葉を思い出したのか。虹には触ることも出来ない。ましてや渡ることなんて。
分かっているのに、そんな言葉を思い出してしまうのは·····。
「見てる私達の心がそれを望むからだよ」
ああ、そうだ。
あの時の君のちょっと得意気な顔。
伸ばした指の細さ。
今もはっきりと思い出す。

いなくなってしまった大切な君が、あの虹の橋を渡った先に、いる気がして。

僕は傘を畳んで辿り着けるはずもない虹のふもとに向けて歩き出した。


END



「君と見た虹」

2/21/2025, 4:00:17 PM

林立するビルの屋上。
巨大な墓標のような真っ黒な塊に、小さな影がある。
――人だ。
ぞわりと鳥肌が立つ。嫌な予感がして思わず周囲を見回すが、〝ソレ〟に気付いたのはどうやら僕だけのようだった。
どくん、どくんと心臓を波打たせながら〝ソレ〟を見上げる。嫌な予感が当たらないよう内心で祈っていると、遂に影が動いた。

「·····え?」
僕は最初、夢か何かじゃないかと思った。
夜行性の猛禽類のように影は夜空に向けて飛び上がり、ビルとビルの間を渡ったのだ。
羽根のように大きく広がったのはマントだった。
その影はファンタジー映画で見た騎士のように、西洋風の甲冑を纏い、マントを着けていた。右手には身の丈ほどもある剣を持っている。
そんな現実離れした姿をした人が、遥か頭上の高層ビル群を鳥のように舞っていた。

走り出す。
その影を追って、人波をかき分ける。
時折火花のようなものが散っているのは、影が持つ大剣が何かを斬っているのだろうか。オレンジ色の火花が弾け、真っ黒なビルの海に新たな星を生む。
僕はもうその影から目が離せなくなって、すれ違う人にぶつかるのも構わず夢中で追い続けた。
影絵の騎士は、僕には見えない何かを斬りながらビルの間を駆け巡る。高低差のあるビルとビルの間を跳躍し、飛び降り、走り抜けながら、軽々と大剣を振るっている。影が剣を振るたび青白い燐光とオレンジの火花が散って、それが黒いビルの窓ガラスに反射する。
――なんて綺麗なんだろう。
息が切れてしんどいのに、僕は影を追うのをやめられない。夜空に輝く無数の星よりもっと僕に近い場所で、次々に新たな星が生まれては消えていく。
「はぁ、はぁ·····」
やがて影は街の中心部にある塔のてっぺんに辿り着いた。大剣を軽々と振り回し、マントをはためかせながら夜空を駆ける影絵の騎士。
何百メートルも走り続けていた筈なのに、僕が最初に見た時と変わらない静かさで、影は立っている。
呆然と見上げていた僕の視界から、不意に影が消えた。
「え? あれ?」
戸惑う僕の耳元に、突然の気配。

「君。見えてるね」

低くて艶のある、ビロードのような声だった。
すぐ隣に立っているのに、見上げるほどに背が高い。
そしてそれまで影になって見えなかった顔は·····まるで作り物みたいに綺麗だった。
「·····」
「ちょうど良かった。少し手伝ってくれるかな?」

こうして、僕と影絵の騎士の奇妙な道行が始まったのだった·····。


END


「夜空を駆ける」

2/20/2025, 4:07:25 PM

もし、お前が·····。
たとえ嘘でも悪いのはあの女だと言ったなら。
あの女が誘惑してきたのだと言ったなら。
私はあの女を放逐してお前を許していただろう。
それがたとえ嘘だとしても。
あの女の命を救う為の方便なのだと分かっていても。

私の歪で卑屈な劣等感を、ほんの僅かな間だけでも忘れてしまうことが出来ただろう。
そうしていれば、お前にあれ以上の憎悪を抱くことはなかった。
あの女を視界から追いやってしまっていれば·····。

ああそうだ。
誰よりも私こそが。
本当はお前という存在を·····



失いたくなかった。


END


「ひそかな思い」

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