こちらの世界では誰もが憧れる理想の男。
あちらの世界では恋に狂って何もかもを壊した男。
さらに別の世界では記憶を無くして友人に助けてもらってる。
こんなにいろんな顔を持つあなたはいったい誰なんだろう?
何百年という時の重なりで、いろんな顔を持つに至ったあなた。
人の理想や、夢や、憧れや·····時には偏見を塗り込められて、いくつもに枝分かれしていったあなた。
新しい文献に出会うたび、私の知らないあなたがいる。
あなたという存在を知って五年以上の時が過ぎた。
それでもまだ、私の知らないあなたがいる。
読書というあなたを知る旅は、まだまだ終わりそうにない。
END
「あなたは誰」
「あの方は、何か仰っていましたか·····?」
「いえ。何も言付かってはおりません」
「あの方から、手紙か何かは·····」
「いえ。何も預かっておりません」
「あの方は、今·····」
「さて。私の元を去ってもうだいぶ経ちましたから」
全部全部、嘘だった。
彼はいつも彼女の身を案ずる言葉を私に向けて零していた。そして私が城に赴く度に彼女にその言葉を伝えて欲しいと言っていた。
私は「必ずお伝えします」と嘘をついた。
言付けでは我慢出来なくなった彼は彼女への手紙を私に託した。彼から預かった手紙を私は開封し、そこに書かれた愛の言葉に身を滾らせた。
私は彼のその手紙を破り捨て、「手紙は彼女に確かに渡した」と嘘をついた。
何年経っても彼女に会えない事に彼は遂に痺れを切らし、会いに行くと言って旅支度を始めた。
私は彼に「彼女はもう貴方のことなど忘れている」と嘘をついた。
彼は·····信じないと言って私に背を向け、私はその背に思わず縋って·····、そして·····。
◆◆◆
「彼から手紙を預かって参りました」
「まぁ。ありがとう」
嘘だらけの手紙を彼女は嬉々として読んでいる。
私はその光景に昏い喜びを見出しながら、あの日この手が感じた感触を思い出す。
彼の確かな脈動を感じた両手。
彼の体温に触れた両手。
彼女が遂に触れることのなかった、彼の皮膚の感触。
――私のものだ。
END
「手紙の行方」
雨上がりの駐車場。
顔を出した太陽に雨に濡れた砂利がキラキラ反射している。黒い石、白い石、ガラスの欠片。
なんでもない砂利だらけの駐車場が、きれいだと思った。
END
「輝き」
止まった時間の中、一人だけ自在に動ける少年は、永遠にも思える時間の中で気も狂わんばかりの孤独と戦っていました。
止まった時間の中では、愛を囁きあった彼女の声も聞こえず、共に日々を過ごした仲間達の気配も感じられません。
飛行機も、鳥も、水も、全てが凍りついたかのように動かない世界は、少年にとって美しい地獄以外のなにものでもありませんでした。
再び動き出した時間。
愛しい彼女を抱き上げながら、少年は歓喜の声を上げて泣きます。
「時間よ止まれ」なんて。
これを見てもまだ言えますか?
END
「時間よ止まれ」
電話とか、録音装置とか、音を残しておく方法や技術を考えた人は凄いね。
遠く離れているはずなのに、この小さな機械から君の声がする。
それだけで、こんなに胸があたたかくなるし、安心出来るんだ。いい大人なんだから、一人でいる事なんか平気だと思うけど·····こんな寒くて静かな夜は、どうしても寂しさを感じてしまう。
君の声はなんていうか·····春の匂いがするんだ。
変な表現かな?
陽だまりの中で聞く葉擦れの音、みたいな。
え? お世辞じゃないよ。本当にそう思ってるんだ。
だから早く、会いたいよ。
紅茶とアップルパイを用意してるから。
うん。じゃあ·····おやすみ。
END
「君の声がする」