「あの方は、何か仰っていましたか·····?」
「いえ。何も言付かってはおりません」
「あの方から、手紙か何かは·····」
「いえ。何も預かっておりません」
「あの方は、今·····」
「さて。私の元を去ってもうだいぶ経ちましたから」
全部全部、嘘だった。
彼はいつも彼女の身を案ずる言葉を私に向けて零していた。そして私が城に赴く度に彼女にその言葉を伝えて欲しいと言っていた。
私は「必ずお伝えします」と嘘をついた。
言付けでは我慢出来なくなった彼は彼女への手紙を私に託した。彼から預かった手紙を私は開封し、そこに書かれた愛の言葉に身を滾らせた。
私は彼のその手紙を破り捨て、「手紙は彼女に確かに渡した」と嘘をついた。
何年経っても彼女に会えない事に彼は遂に痺れを切らし、会いに行くと言って旅支度を始めた。
私は彼に「彼女はもう貴方のことなど忘れている」と嘘をついた。
彼は·····信じないと言って私に背を向け、私はその背に思わず縋って·····、そして·····。
◆◆◆
「彼から手紙を預かって参りました」
「まぁ。ありがとう」
嘘だらけの手紙を彼女は嬉々として読んでいる。
私はその光景に昏い喜びを見出しながら、あの日この手が感じた感触を思い出す。
彼の確かな脈動を感じた両手。
彼の体温に触れた両手。
彼女が遂に触れることのなかった、彼の皮膚の感触。
――私のものだ。
END
「手紙の行方」
2/18/2025, 4:05:36 PM