せつか

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1/7/2025, 2:56:18 PM

中学生の時、マラソンをしていて背後から少し強く吹く風に押されたことがある。
ぐん、と押されて二、三歩つんのめるようになって、風が吹いてるからだと気付いて慌てて姿勢を直して走り続けた。
その大会はなんとか完走出来たけれど、それ以来思いがけない突風が少し怖くなった。

追い風という言葉は、割といい意味で使われている。
人生において何かを決断する時に背中を押してくれたり、何かがきっかけで有利な状況になったりした時に追い風という言葉を使うのだろう。
生憎私はマラソン以外で追い風になった何かを感じたことは無いのだけれど。

人生もマラソンも、自分のペースで進むことが何より大事だと思う。
背中を押してくれる追い風も、強すぎれば転倒の原因になってしまうのだから。


END


「追い風」

1/6/2025, 2:51:50 PM

〝どんな事でも君と一緒に乗り越えていきたいんだ〟
それは確かに、彼女の背中を押してくれる言葉だったのだろう。
前を向き、共に歩いていけると思わせてくれる力強い言葉だと、あの時確かに彼女は思った。
結婚という最初の一歩を、彼女は男のその言葉で踏み出すことに決めた。

今、彼女は深く後悔している。
〝どんな事でも君と一緒に〟
借金、浮気、酒、そして病。
そんなものに巻き込まれるとは思ってもみなかった。
〝どんな事でも〟という言葉の中にそんなものが含まれるとは、あの時の彼女は予想だにしていなかった。
あの時男は、本当はこう言いたかったのだろう。
〝どんな事でもお前がいれば何とかなるだろ〟
男にとって彼女は、母であり、妻であり、ハウスキーパーであり、ATMだった。

一緒に暮らし始めて数十年。
ようやく彼女はそれに気付き、そして決断した。
不慣れなネットや金融の勉強をし、図書館に通い詰めた。少しずつ貯金をし、準備を整えた。

「ただいま」
「おかえりなさい」
そして――さよなら。


END


「君と一緒に」

1/5/2025, 3:04:10 PM

信号で車を停めると、途端に暑さが気になってきた。
コートを脱ぎたくなったがハンドルから手を離す訳にもいかず、こめかみにじっとりと浮かんだ汗を手で拭う。助手席からニヤニヤと笑う視線を感じた。

「こんな晴れるとは思わなかった」
コートを脱ぎながら恨めしげに空を見上げる。
薄い水色が広がる空は雲一つ無く、辺りはやけに静かだ。年明け直後の数日は、何故か妙に静かな場所とやたら賑わっている場所があるように感じる。ここも人の姿はそれなりにあるのに妙に静かで、サクサクと芝生を踏む音さえ聞こえてきそうだった。

十分ほど歩いて、土手を上がりきる。
町を区切る大きな川を、真昼の太陽が照らしていた。
川べりでは子供が犬を連れて走っている。その姿からも歓声らしきものは無く、どこか作り物めいて見える。
「あったかいね」
キラキラと煌めく川面を見つめながら、隣でそう呟く声が聞こえた。
唯一聞こえる音はそれだけで、背後で行き交っているであろう車の音も耳に入ってはこなかった。

あたたかくて、静かで。
こんな日がずっと続けばいいのにと、私は思った。


END


「冬晴れ」

1/4/2025, 2:31:30 PM

現実的なことを言えば、衣食住が足りていて、健康で文化的な最低限度の生活が送れること。
そして何かに困ったり壁に直面した時に寄り添ってくれる誰かがいること。


END


「幸せとは」

1/4/2025, 6:40:57 AM

水平線を金色に染めて、太陽が顔を出す。
輪郭すら分からなかった人や車が、明るくなるにつれ服の色まで分かるほどになってきた。
意外と近くに他人がいた事に僅かにたじろぎ、後ずさる。肩がぶつかった方を振り返ると、同居人が晴れやかな表情で昇る朝日を見つめていた。
「――」
何の感慨も湧かない。
歓声をあげる恋人達。
手を合わせる老人に、シャッターを切る男。
彼等は広がっていく金色の光に心を動かされている。
この国ではあの光に神を見出す者もいるだろう。
そこまで大きな動きでなくても、何らかの波を起こす力があの光にはあるのだ。――少なくとも、彼等には。
「綺麗だね」
同居人がコーヒーを飲みながら小さく呟いた。
「そうだな」
彼が言うならそうなのだろう。それ以上何の感慨も湧かない。ここにいる何人があの太陽を本当に美しいと思っているのか。
「綺麗だけど·····」
彼が振り向く。
太陽を背にしたせいか、顔が見えない。
「それだけだ」
車に戻る彼の足取りは、どこか軽やかで。
何かに別れを告げたのだと、私は思った。


END





「日の出」

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