人生が変わった、という存在はリアルでは一人。
いわゆる〝推し〟となったその人を、追いかけることが生活の基盤になった。
そうして約二十年。生きる理由があったのは、良かった事だと思う。
もう昔ほどの情熱は無いけれど、それでも推しとなったその人の表現は何でも一通りチェックはしたくなる。
そんな「特別な存在」は、実は三次元でも二次元でも関係無い気がする。
実在しない、フィクションの世界のキャラクターでも私の人生に影響を与えて〝推し〟となった人はいる。
彼が発した言葉、彼の行動、その全てが知りたい。
そんな存在がいることは、幸せな事なのだろう。
END
「特別な存在」
この国の平均寿命の半分近くの人生を消費してきて、それを一言で表すとしたらコレになると思う。
〝バカみたい〟
いわゆる真面目な方だったと思う。
先生にタメ口をきく事もなく、制服のスカートの丈をいじることも、髪を染めることもなく、嫌いな学校行事も我慢して参加した。
卒業時の記憶はほとんどない。
中学の友人は顔も思い出せないし、ただ一人の親友以外、高校の同級生がどうなったかも知らない。
高校での就職活動はことごとく失敗した。
面接では趣味は絵を描くことと話したら「でくのぼうみたいなのか」とバカにされた。
そうして就職は諦めて専門学校に行ったがそこでもうまくいかず、結局非正規でなんとか生きている。
「万引きして親に怒られた」と言っていた二つ年下の近所の男は高校卒業後、無事に正社員になったらしい。「なんだそれ」と思った。
上手く立ち回れる人間、というのはどこにもいる。
そういう話を見聞きするたびに自分の人生を振り返り、「バカみたい」と思う。
それでも自分の性格を、考え方を、生活習慣を変えられないのだから、やっぱり「バカみたい」なんだろう。
END
「バカみたい」
こんなに沢山の人がいるのに、私の事を知っているのは君ただ一人。
こんなに人で溢れているのに、私の目に映るのはお前だけ。
都会の雑踏。すれ違う人の群れはみんなモノクロで、耳に入る音も意味を成さないノイズでしかない。
砂漠に一人でいるのと大して変わらないようなこの街で、ただ一人色彩を、意味のある音を、私にもたらしてくれる人。
灰色の海を一人で漂うようにして街をさまよっていた私に、眩い色彩と意味を成す声をもたらした男。
「会いたかった」
同時に呟いた言葉の奥に、隠された意図はきっと正反対なのだろう。
でも、それでも。
君が。
お前が。
きっと私の生きる意味になる。
END
「二人ぼっち」
夢は願望の表れだとか、夢は深層心理を見せるとか、まぁ色々言われているね。
じゃあ、夢で自在に動ける私は、どんな願望を抱いているのだろう? 私は深層心理で何を考えているのかな? 夢を介して君にこうして会いに来ている私は、何を考えているのだろう?
むせかえる花の香り。
昼でも夜でもない時間。
君を招いて、こうして会って、また現実に送り返す。
私はいったい、何がしたいんだろうね?
おかしいだろう?
他人のことはよぉく分かるのに、自分のことはてんで分からないんだ。ただ、ね。
君の感情の一欠片·····それを垣間見るたびに、ココがちょっと、軋んだみたいな音がするんだ。
ねえ。夢が醒める前に、君と確かにここでこうして会ったんだと、私だけがわかる印を刻みつけてもいいかい?
END
「夢が醒める前に」
夢にまで見た瞬間。
ついに願いが叶うと、確信めいた気持ちが膨らむ。
いつもより鼓動が早い。頭の奥が熱くなる。
恋にも似たこの感覚。
この瞬間、私の中途半端に長い人生は正にこの瞬間の為にあった。
耐えて、泣いて、呻いて、耐えて耐えて耐えて耐えて、いつか来るこの日の為に学んで、唇を噛んで練習して、何度も何度も繰り返した。
ようやく、ようやく願いが叶う。
絶対に離さないように何重にもテープを巻いて。
絶対に邪魔されないようにあらゆる場所に鍵をかけて。
さぁ、いよいよ。
あとは寝ている彼にめがけて、思いっきり両手を振り上げるだけ。
END
「胸が高鳴る」