人間の存在そのもの。
なんてね。
END
なかなか難しいテーマ。
「不条理」
あの子はきっと。
彼はそう言って笑いました。
私とあの子は血の繋がりがあるわけでは無いし、あの子は特殊な出生と環境で生きてきたから無意識に父親を求めていただけなんだよ。
あの子は強くなった。
きっともう、私に父親を求めなくても生きていける。
私もあの子と笑って別れることが出来るだろう。あぁ、でも、「清々した」なんて言われたら、少し傷付いてしまうかな。
「あの子は泣かない、か。そういう貴方が泣いているように見えたのは、私の見間違いだったのだろうか?」
END
「泣かないよ」
犬に吠えられること。
怒鳴り声。
理不尽な暴力。
先が見えない暗闇。
出口が分からない地下街。
目に見えないウイルス。
通じない言葉。
理解出来ない言動。
怖がり、と言うより嫌がり、なのかもしれない。
END
「怖がり」
細長いグラスに透明な液体が注がれる。
そのままでも充分美味いそれを、彼はそっと持ち上げて、ライトに翳してしばし眺める。
しばらくそうして思案していた彼は何かを思いついたように戸棚に向かうと小さなガラスの小瓶を取り出した。
水色、紫、黄色、白。
小瓶の中には色とりどりの小さな星粒。
彼はそれを数粒摘むと、グラスの中に落としていく。
キン、コン、と可愛らしい音を立てながら、小さな星はグラスの中を漂っている。
ゆっくり溶けていく小さな小さな星の粒を、彼はうっとりと見つめている。
「あなた、それ好きですよね」
「うん。酒もコンペイトウも、どちらもそのままで充分美味しいけれどね。こうすると綺麗だし、どっちも美味しくなる。君も飲むかい?」
「私にはちょっと甘すぎますね」
「美味しいのにな」
「私はこれで」
ワインをあおりながら、グラス越しに彼を見る。
コンペイトウも、それを堪能する彼も。
私には甘すぎてかえって毒に見えてくる。
溶けきらずに残った可憐な星が、グラスから溢れて彼の唇から喉へと消えるのを、飽きることなく見つめていた。
END
「星が溢れる」
長い入院生活で、一度だけ目を開けたことがあったらしい。
「先生がずっとこのままかもしれない、って言った日の夕方だったかな」
いつものようにウサギ林檎を食べながら指先を触っていたら、不意に目を開けたそうだ。
「いつもと変わらない大好きな目だった」
でも、いつもよりちょっとボーッとして、天井を見上げたまま、ほんの少し笑ったらしい。そしてまた眠りに落ちた。
「なんか、安心しちゃって」
そう言ってアイツは笑った。
「何にも変わってない。大好きな目で、大好きな笑い方で、大好きな君だった」
それから八ヶ月と十三日で、俺は退院した。
医師の話では、あのままずっと目を覚まさないか、目を覚まして退院するかは半々だったらしい。家族は奇跡だと言っていたが、俺は違うと思う。
シャク、と音を立てながらウサギ林檎に齧り付く。
俺の目の前で食べられる為に新しいウサギが生まれる。ウサギは俺の記憶より形がいい。
丸っこい、柔らかそうな指の持ち主がナイフで器用に林檎の皮を剥いていく。
俺が目を覚ましたのを奇跡じゃないと思ったのは·····、あの指のあたたかさを、ずっと感じていたからだ。
「なんか言った?」
「なんにも」
アイツが笑う。やわらかな眼差し。俺の大好きな目。
きっと、アイツの目に映る俺もこんな感じなのだろう。
なんだかとても――しあわせだ。
END
「安らかな瞳」