せつか

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1/22/2024, 11:30:06 AM

過去に遡って運命を変えることが出来たとして、今出会っている人達との関係はどうなるんだろう?

例えば過去に遡って子供の頃にあった危機を逃れたとして、そこで大きく運命が変わってしまったら、自分はこの仕事をしていないかもしれない。そしたら今隣にいるコイツとの関係も、変わってしまうのだろうか? いや、そもそもコイツと出会ったことすら無かったことにされてしまうのかもしれない。

「·····なに考えてんすか?」
「なんでもないよ」
「エクレア、もっと食べます?」
「·····食べる」
「よく食べますよね、師匠」
「うるさいよ。考えは纏まったのか?」
「俺なりに考えてみたんすけど」
「言ってみな」
「その前に、クリームついてます」
「·····ぅ」
――どんな運命になってもいいけど、コイツとは離れたくないなぁ。

◆◆◆

エクレアが好物。
古びたトレンチコートが手放せない。
〇〇という仕事。

結局この三つは何度過去に遡ってやり直しても変わらなかった。どうやら運命と言うやつには、何らかの法則性があるらしい。そしてもう一つ変わらなかったもの。

「師匠、エクレア買ってきましたよ」
「·····おぅ」
何度過去に遡って人生をやり直しても、コイツは俺の隣にいて、俺の好きなエクレアを律儀に買ってくる。
「駅に新しい店が出来てたんで、そこで買ってきました」
「ごくろーさん」

最初にタイムマシーンを使った時の心配は、どうや杞憂だったみたいだ。


END


「タイムマシーン」

1/21/2024, 12:13:24 PM

ホールケーキを一人で食べた。

ホテルのラウンジで一人で飲んだ。

舞台を見て一人で泣いた。

泊まるホテルが見つからなくてあちこち歩いた。

布団を被って叫びを全部枕に押し付けた。

カーステレオを滅茶苦茶大音量にして車を飛ばした。

ゲリラ豪雨にあって震えながらシャワーを浴びた。

記憶に残っているのはそんな夜。

思い返すと一人でいることが多い。

でもね、貴女とたった一度だけ、一緒に旅行した夜の、ファミレスで食べたディナーが一番美味しかったと思ってる。

全国どこにでもあるファミレスで、椅子のシートが破れてた。味もフツー、値段もフツー。
でも推しの話をして笑いながら食べたパフェだったかアイスだったか、あの味はいつもより美味しく感じた。

いくつかある特別な夜。

一人でいることが多いけれど、たった一人、私の喜びも楽しみも、愚痴も恨みも毒も、全部受け止めて聞いてくれる貴女と過ごしたあのファミレスでの一夜が、一番特別だと思う。

一人が心地いいと思う私だけど、こういう夜が私にもあったこと。それが嬉しい。

ありがとう、これからもお世話になります。


END

「特別な夜」

1/20/2024, 12:27:07 PM

都があったかどうかはあまり覚えていない。
私はずっと城で暮らして、地上を見に行く時もいつも城から直接水面まで上がっていたから、城の周りがどうなっていたのか分からないんだ。

湖と海では違うのかもしれないね。
私は物心ついた時からずっと彼女達と城にいて、生きる為の全てをそこで覚えたから。
最初から湖の底で暮らした私と、地上にいた者が水底に降りるのとでは違うのかもしれない。

でも、そうだな·····。
水底というのは静かで、居心地は良かったよ。
光はあまり差さないけれど、だからこそ時折見える陽の光は綺麗だった。
白い砂が降り積もったみたいに広がって、上を泳ぐ生き物の影が黒く差すのが見えてね。その影を追い掛けるのが楽しかった。

その人がどんな人なのか、私は知る術も無いけれど、海の底の都に辿り着けたなら、きっと幸せに、穏やかに暮らしていると思うよ。

◆◆◆

「還りたいのですか」
「·····私が?」
「私には貴方が湖に帰りたがっているように聞こえました」
「まさか」
「だったら何故·····」
そんな遠い目をするのです?
続く言葉は、それこそ昏い水底に音もなく飲み込まれてしまう。
――あぁ、こんな話、するんじゃなかった。


END

「海の底」

1/19/2024, 4:01:40 PM

ある時は在来線と新幹線を乗り継いで。
別の日には夜行バスでひたすら走って。
そうやって年に数回、会いに行った。
会いに行って、歌や演技や話を聞いて、心地よい中低音がじかに鼓膜を震わせてくれるあの瞬間が好きだった。
仕事で大変な事があっても、家族との関係がギスギスしても、そうして足を伸ばすことで気持ちの切り替えが出来たし、何とか頑張ろうと踏ん張れた。

少し考えが変わったのは、例の感染症が世界を蝕み、年に数回どころか一回も会いに行くことが出来なくなってから。SNSでグッズを競うように見せあうことや、体調の悪さやギリギリのお財布事情を押してまで足を伸ばすことに違和感を覚え、疲れを感じ始めた。

「推しは推せる時に推せ」
けだし名言である、とは思う。
でもそれは自分の体調や経済状態に無理をさせる事では無いし、会いに行った回数や買ったグッズの数を誰かと競うことでは無いのだ。
自宅で好きな推しの曲(リリース年は古い)をヘビロテすることだって立派な推し活なんだと思った。

日常と呼ばれるものが帰ってきて、制限なく移動が出来るようになっても、以前ほど会いに行くことは無くなった。
多分、推しにとって私はあまり嬉しくないファンなのだろうと思う。でも、だからこそ会いに行くチャンスが巡ってきたらしっかり準備して、全力で楽しみたいとも思っている。

私を支えてくれた、私を形作ってくれた推しだけど、私の全部はそれじゃない。今はこんな感じで、一歩下がったくらいの距離感が私にとってはベストなのだろう。

「君に会いたくて」
距離も時間も飛び越えて、なんて夢みたいな言葉はもう、言えなくなってしまったのだ。


END

「君に会いたくて」

1/18/2024, 4:18:47 PM

×××が死んだ。
自殺だった。
自宅近くの公園で首を吊った状態で発見されたそうだ。スカーフが首に食い込んでいた以外に遺体に不審な点は無く、自殺以外には考え辛いという事だった。
·····私もそう思った。

×××の母は目を真っ赤に腫らして泣いていた。
「分からなかったの」
ぽつんと小さく、消え入りそうな声でそう言った。

◆◆◆

今、私の手には彼女の形見だから貰って欲しいと言われた手帳がある。×××の母から託された物だった。
「あの子の事、忘れないでやってね」
そう言った声は、やっぱり消え入りそうだった。

文庫サイズの青い手帳には、彼女らしい丁寧な字でスケジュールが書き込まれていた。
仕事の予定、カラオケ、映画、ショッピング、旅行、自分と家族と友人、それに推しの誕生日。そう言った予定と共に「楽しかった!」「ミーティング疲れた~(><)」など、一言日記のような感情の発露が見られた。
「·····ええかっこしい」
思わずそんな言葉が零れた。
私は青い手帳を閉じて、タブレットの画面にあるSNSのアイコンをタップする。
何人かいるフォロワーの一人、真っ黒なアイコンで名前以外プロフィールも何も無いその鍵垢が、×××のもう一つの日記。
そこに書かれているのは、愚痴と毒と僻みと妬み。そして自罰と自嘲と自己否定。失望絶望悲観厭世。とにかくこの世のあらゆるものを否定し、自分自身と世界の終わりを望んでいる。
「こっちがアンタの本当の姿だったんだよね。·····というか、どっちも本当、か」
画面をスワイプしながら呟く。

前向きで、頑張り屋で、誰ともうまく付き合える×××。
後ろ向きで、悲観的で、何もかもを否定する×××。

うまく保たれていた彼女のバランスが、何かのきっかけで崩れてしまったのだろう。
彼女の母も、私も知らない何かで。
彼女の母も私も、それを知ることはない。

「アンタはきっと、それでいいんだよね」
一番最初の投稿まで戻ってみる。
〝最初で最後〟その言葉と共にすっぴんの×××が写っている。白い歯を見せて、大好きなドーナツを手に持って。
彼女にとってたった一人のフォロワーに向けたその笑顔は、「それでいいんだよ」と言っているようだった。


END


「閉ざされた日記」

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