せつか

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都があったかどうかはあまり覚えていない。
私はずっと城で暮らして、地上を見に行く時もいつも城から直接水面まで上がっていたから、城の周りがどうなっていたのか分からないんだ。

湖と海では違うのかもしれないね。
私は物心ついた時からずっと彼女達と城にいて、生きる為の全てをそこで覚えたから。
最初から湖の底で暮らした私と、地上にいた者が水底に降りるのとでは違うのかもしれない。

でも、そうだな·····。
水底というのは静かで、居心地は良かったよ。
光はあまり差さないけれど、だからこそ時折見える陽の光は綺麗だった。
白い砂が降り積もったみたいに広がって、上を泳ぐ生き物の影が黒く差すのが見えてね。その影を追い掛けるのが楽しかった。

その人がどんな人なのか、私は知る術も無いけれど、海の底の都に辿り着けたなら、きっと幸せに、穏やかに暮らしていると思うよ。

◆◆◆

「還りたいのですか」
「·····私が?」
「私には貴方が湖に帰りたがっているように聞こえました」
「まさか」
「だったら何故·····」
そんな遠い目をするのです?
続く言葉は、それこそ昏い水底に音もなく飲み込まれてしまう。
――あぁ、こんな話、するんじゃなかった。


END

「海の底」

1/20/2024, 12:27:07 PM