ある時は在来線と新幹線を乗り継いで。
別の日には夜行バスでひたすら走って。
そうやって年に数回、会いに行った。
会いに行って、歌や演技や話を聞いて、心地よい中低音がじかに鼓膜を震わせてくれるあの瞬間が好きだった。
仕事で大変な事があっても、家族との関係がギスギスしても、そうして足を伸ばすことで気持ちの切り替えが出来たし、何とか頑張ろうと踏ん張れた。
少し考えが変わったのは、例の感染症が世界を蝕み、年に数回どころか一回も会いに行くことが出来なくなってから。SNSでグッズを競うように見せあうことや、体調の悪さやギリギリのお財布事情を押してまで足を伸ばすことに違和感を覚え、疲れを感じ始めた。
「推しは推せる時に推せ」
けだし名言である、とは思う。
でもそれは自分の体調や経済状態に無理をさせる事では無いし、会いに行った回数や買ったグッズの数を誰かと競うことでは無いのだ。
自宅で好きな推しの曲(リリース年は古い)をヘビロテすることだって立派な推し活なんだと思った。
日常と呼ばれるものが帰ってきて、制限なく移動が出来るようになっても、以前ほど会いに行くことは無くなった。
多分、推しにとって私はあまり嬉しくないファンなのだろうと思う。でも、だからこそ会いに行くチャンスが巡ってきたらしっかり準備して、全力で楽しみたいとも思っている。
私を支えてくれた、私を形作ってくれた推しだけど、私の全部はそれじゃない。今はこんな感じで、一歩下がったくらいの距離感が私にとってはベストなのだろう。
「君に会いたくて」
距離も時間も飛び越えて、なんて夢みたいな言葉はもう、言えなくなってしまったのだ。
END
「君に会いたくて」
1/19/2024, 4:01:40 PM