秋月

Open App
5/13/2023, 12:01:41 AM

『子供のままでいられたらいいのに……。なんて、思ったことはありませんか? そんな皆様の声にお答えする我が社の新商品! "ユメカナーウ!"これを1錠飲めばたちまち幼い頃の自分に!』

こんな胡散臭いの、誰が買うんだ? なんて思っていた時期が俺にもありました。

「ねぇ、みてみてー! これっすごそうだよね!」
「子供のお前がこんなの買ってどうするんだ」
「ちがうよー。よくみて? ほら、ここ!」
「ん……? 『過去に戻りたい大人の方も、成長したい子供の方も、ユメカナーウはすべての夢を叶えます!』? どんな技術だよ……」
「ねぇかって? おねがいおねがい! これがさいごのいっこだったんだよ!」
「お前、そんな叶えたい夢があるのか?」
「んーん。でも、これのんだらおっきくなれるんでしょ? そしたらもっといろんなことできるようになるよね! おてつだいだってたくさん! ね、だめ?」
「……まぁ、志は立派だけどな。こんな見たことない成分しか入ってない薬かどうかも怪しいやつはお前には飲ませられん。なので買わない」
「えーー!? なんでなんで! かってよぉ!」
「そもそもお前、これ以上俺の何を手伝うつもりなんだ。飯だって洗濯だって掃除だってほとんどお前がやっているだろう」
「うー……」
「ほら、帰るぞ。今日は鮭が安かったんだろう? お前の飯が食べたい」
「……しょうがないなぁ」

5/9/2023, 11:08:39 PM

いつまでも記憶に残っている景色がある。

何も特別な景色ではない。いわゆる絶景だとか、なにかをやりとげたからこそ見える景色、なんてものでもない。
ただ、君がいて、私がいて、二人笑っている。そんな、何でもない光景をいつまでも忘れられずにいる。



君が私の前からいなくなってどれ程の月日が経っただろうか。いるはずもない君を探していろんな場所を巡った。天を突く山を、蜃気楼の街を、海を走る列車だって、鏡のような国にだって探しにいった。
……あるいは、これは君を探す旅ではなく、いつか君と語らうための旅だったのかもしれない。
目覚める度に私の灯火が細く、微かなものになって行くのを感じては、あと少し、あと一里だけでも、と足を進めてきたが流石に限界を迎えたらしい。

君と出会ったこの地で眠りにつけることは喜ばしい。
願わくばまた、君に出会えますように。

5/5/2023, 11:12:55 AM

君と出会ってから私は、たくさんの感情を知りました。咲き誇る花を美しいと思う気持ち、輝かしいものへの羨望、美味しいものを食べる喜び、心弾ませる恋情、別れの悲しみ、失う事への恐怖、身を焦がすほどの嫉妬。
なのでこれはお礼です。私から君へ、ありったけの思いを込めた。

そう言って彼女が僕にくれたのは、箱のような形をしたパズルだった。君なら楽しんでくれると思って、なんてことも言っていたかなと自室のソファーで解く準備を整えた僕はそれを手に取って動かし始める。
回したり、押し込んだり、スライドさせたり。そうしていると段々、別の形になってきたような。
「なんか……熊みたいだな」
変形していくパズルなんて珍しいもの、どうやって手に入れたんだろう? そんなことが頭をよぎったが、まだ先の段階がありそうだと先に進めた。
「鳥……鷹かな?」
こういう形で変化していくパズルの話をどこかで聞いたことがあったような気がする。進めてはいけないと言われていたのではなかったか。あぁ、でも。
「あと少し……」
あと少しで完成するのに、それを途中でやめるなんて。それからも夢中で解き進めた。そうして、あと一手で完成する時に、このパズルがなんだったかを思い出した。
そうだ、これはリンフォンだ。地獄のアナグラムになっていて、完成させるとその地獄が出てきてしまうのだったか。……彼女は、これを知っていたのだろうか? きっと、知っていたのだろう。
何を聞いても答えてくれた、彼女がそう望むのならば。地獄の蓋を開けて、死んだって構わない。

カチリ、出来上がった魚を見て目を閉じた。

5/3/2023, 8:31:25 AM

「なぁルシアン。もう俺に、優しくするなよ」
「な、なんで……?」
「この間の、お前が『兄ちゃんも来なよ! 絶対楽しいよ!』って連れてったパーティーで、他のやつらに俺がなんて言われてたか知ってるか?」
『また来たよ』『毎度毎度律儀に来ちゃってさ、学ばないの?』『早く帰れっての』
「……なぁ、わかるか? 惨めなんだよ。何でも持ってる、誰にでも愛されるお前に優しくされるのは。お前はいいやつで、善人だ。お前より劣ってる俺なんかを慕い、好いているのが嫌でもわかる。だから、お前が俺を思ってくれるなら。どうか俺と関わらないでくれ」
「わ、わかんないよ……。どうして? 俺、兄ちゃんといたいよ」
「ま、そうだよな。お前がそう言うのはわかってたさ。だから、明日一日だけでいい。起きても、俺の部屋を覗くな。学校でも俺の事を探すな。帰って俺がいなくても探そうとするな。一日だけでいいんだ。頼むよ」
「……わ、かった」
「ありがとな」



「……そう言って部屋に消えた兄ちゃんを、引き留めればよかったって、今でも思ってる。関わらないって約束した日の次の日。一日だけって言ってたから、またいつもみたいにおはようって、言えると思ってたのに。……兄ちゃんの部屋の、ドアが重かったの。頑張って押せば入れそうだったけど、そんなに入ってほしくなかったんだ、って思ったら無理に開けない方がいい気がして窓から様子を見に行ったの。そしたら、さぁ。ドアノブで、首、吊ってた。……ごめんね、兄ちゃん。望んでないし、それで許してくれるとも思わないけど……。兄ちゃんに酷い事言ったりしたやつは、苦しめておくから。ゆっくり眠ってね」

5/1/2023, 11:24:13 PM

今日は、雲ひとつない『青』空らしい。森では紅葉やいちょうが『紅』葉して見頃だとか。外で囀ずる鳥は角度によって『色』を変えるものもいるそうだ。全てがモノクロにしか見えないこの街の住人にはどうでもいいことだが。
この街は鳥籠のような巨大な鉄格子に囲まれ、街の外との往来は一切出来なくなっている。この街で産まれたものは、この街で育ち、そして死ぬのだ。

遠い昔、この街に外部と連絡がとれるお偉いさんがいた頃。どうしてこの街には色がわかる者がいないのかと尋ねたことがある。
そのお偉いさん曰く、ここは大規模な実験施設で、色を失った人間は色という概念をどの様にとらえるのか。という実験を行っていたらしい。
行っていた、と過去形なのはこの街の外に住む人間は皆、何だかが原因で滅んだからだそう。『モルモット扱いの俺等ァが生き残って、正しい人間様達が滅ぶってな皮肉な話だァな』そう言ってケケケと笑っていた。

この街を管理運営しているアンドロイドたちにもいずれ稼働限界が来る。出来るならば死ぬ前に、色鮮やかな花と言うものを見てみたいものだ。

Next