マル

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4/17/2023, 6:35:28 PM

 今日も神社にある桜の大樹は美しく咲き誇っている。
 自分にとってこの桜はとても思い入れのあるもので、自分の一生の一部といっても過言ではない。
 小、中学校とこの桜を見やりながら登校し、高校の時も何かあるに付けてはこの桜の元に行っていた。
 この桜の下にいると不思議と気分が落ち着いて、どれだけ悲しんでいようが怒っていようが、この桜に見られていると考えると気恥ずかしく感じるのだ。
 そして今頃の時期、桜の花が散りだすこの時が、この桜の一番好きな季節だった。
 絶えず薄桃色の花びらが視界を覆い、足元を染めあげる。その幻想的な景色が、忙しなくも平凡な日常を非現実的な世界へと変えてくれる。

 そして今も桜の根本に腰を下ろし、この手記を書き記しているが、絶えず落ちる桜の花びらが度々ページに落ちてきて、さも栞であるかのようにどこか誇らしげに挟まっていく。
 取り払ってしまったほうがいいのだろうが、いつかこのページをまた開いたときに桜の花が溢れるのを考えれば、このままにしておきたいと思うのだ。

 桜を見上げる。
 もう若芽が目立つようになり、緑の葉がその多くを占めている。
 僅かに残った花さえも、花びらとして解けて落ちていくのだ。
 また今年も、桜が散っていく。


きょうのおだい『桜散る』

4/11/2023, 1:34:25 PM

 何気ない散歩道、ふと右手に見える海に目をやると、そこには太陽の光を受け煌めく水面が見えた。
 遠い地平線に浮かぶ船。空との境界さえ曖昧で、青く染め上げられた海に白い波が寄せ、はっきりとした美しいコントラストを魅せている。
 その景色を今こうして書き留めているが、私自身あの光景をどう表現すべきか、言葉が見つからない。
 ただあの美しい海だけが、私の網膜に張り付いているだけだ。



きょうのおだい『言葉にできない』

4/8/2023, 9:47:02 AM

 夕方は、一番一日の終わりを感じさせる時間な気がする。
 帰り道、夕日を背に帰路につく。あぁ疲れたなぁとか、家についたら何しようかと考えながら、たまにちょっと寄り道なんかしたりして。
 お出掛けしたときも、帰りはいつも夕方だ。沈む夕日を眺めながら、楽しく遊んだ事を思い返し、後ろ髪を引かれる。
 茜色の雲を眺め、藍色に染まりゆく空を見ると、どこか郷愁のようなものも感じる。

 今日もみなさん、お疲れ様でした。


きょうのおだい『沈む夕日』

4/6/2023, 4:11:18 PM

 君のその夢と希望に溢れたその目を見つめると、僕はいつもどうしようもなく顔が熱くなって、つい俯いてしまう。
 君はいつも僕に夢を語った。些細なことから、大きなものまで、なんでも。僕にしか話せないから、といっていたけれど、僕はどうして僕に話すのか、分からない。
「遠い異国に、旅してみたいわ。そこで、色んな人と話してみたいし、そこのお料理を食べてみたい」
「オーロラ、見てみたいわ。たまにテレビでやってるけど…。それじゃ見たことにはならないわ。この目で見て、初めて見たって言えると思うの」
 そんな話をされるたび、僕はなんて言ってあげたらいいか分からなくて、だた曖昧にそうだね、と返していた。
「今は…まりとっつぉ、ってのが流行ってるんですってね。食べてみたいわ」
「たぴおか、飲んでみたいわね」
 じゃあ買ってきてあげるよ。一緒に食べよう。…なんて言えたらいいのに。そしたら、どんなによかったか。

「…お外、出たいわ」
僕は、病室で窓の外を見つめる君に…やっぱり何も言えなかった。

 彼女は、難病を患っていた。患者数が少なくて、まだ治せない…不治の病。
 体の機能が上手く機能できなくて、食事制限が厳しかった。特に、甘いものは駄目だった。詳しい原理は、当時の僕には分からなかったけれど。
 筋肉も、ちっともつかなくて。歩けない彼女は、いつもベットで横になり、学校にも行けていなかった。

 初めは、そうじゃなかった。幼稚園位の時はなんの問題もなくて、よく家の近くの公園でかけっこして遊んでいて…それが急に、病気だってなって、全部出来なくなってしまって。

 幼馴染のよしみとか、普通に彼女と話すのが好きだとか、色んな理由を考えたりもしたけれど、結局自分自身よく理由もわからないまま、ほぼ毎日彼女の病室に通っていた。
 そんな風にしているうち、彼女は自分のしたいこと…夢を、僕に語りだしたのだ。
 そんな彼女の姿が、僕にはあまりに痛々しく見えてしまって一緒にいるのも辛いのに、でも行かないって考えはわかなくて…。
 こんな僕と一緒にいて、楽しいのかと聞いてしまったことがある。
 そしたら彼女はきょとんして後、フッと吹き出したかと思ったら、大笑いした。
「あら、なぁに急に!フフ…笑わさないでよ!」
 そんなに笑わなくても、と僕が顔を赤くして俯くと彼女はごめんなさいね、と少し誤魔化すと続けて言った。
「楽しいに、決まってるじゃない。私ね、アナタと話すのを毎日の楽しみにしてるのよ?アナタは、私の知ることのできない外の話をいっぱいしてくれるし…その度に、絶対にこんな病気治してやるって、思えるのよ?」
 そうじゃなきゃとっくの昔に私は死んでるわ、と洒落にならない事を付け加えて、彼女は笑った。
「私、アナタのお陰で明日も生きていようって思えるの。だから、自信を持って?ね?」
 そんな彼女の姿は、やっぱり眩しくて。僕はただコクリと頷いた。


 …でも、ある朝君はその眩しくて美しい目を、永遠に閉じてしまった。


 君の目を見つめると、僕はどうしようもなく胸を締め付けられるのだ。そして、勇気が湧いてくる。
 僕は今、君を苦しめた病気の研究をしている。君のような人が一人でも多く救われるように…救えるように、努力している。
 まだまだ分からないことだらけで…心が折れそうになることをあるけれど…。君の目を見れば、その夢と希望を最期まで失わなかった目を見れば、絶対に叶えてみせると頑張れる。
 写真の中で美しく笑う君の夢を、叶えることが出来るようにと。


きょうのおだい『君を見つめると』

4/5/2023, 10:58:00 AM

 ある日私は道端に落ちていたある小瓶を拾った。
 その中には、キラキラと光る星空が詰まっていて、ひと目見て私はこの小瓶に魅力されていた。

 その日以来、私は暇があればその小瓶を覗いていた。小瓶の中の小さな空は、いつでも同じ景色ではなくて、月の満ち欠けや時には雨も降っていた。
 ただ変わらないのは、その星々がいつでも眩しく輝いているということだけだった。

 落ち込んだときも、逆に嬉しくてたまらない時も、その星空がそばにあると感じるだけで満たされていた。

 ある夜私は、その小瓶を持って外に出た。深い理由はない。ただの気分転換だった。
 そこで私は空を見上げた。街の明かりで眩んだ夜空。星も朧で月も霞んでいる。なにも綺麗じゃない。
 次に私は小瓶の夜空を覗いた。真っ暗で、その中にキラキラと星々が煌めいている。素敵な素敵な私の夜空。
 …でもなんだか、寂しく見えた。
 どこか、帰りたがっているような。どこかに、酷く憧れているような。そんな感じだ。
 ただの空にそんなこと感じるなんて、妙なことだとは思うけど、私は今とてつもなく酷なことをしているんじゃないかと思った。
 だから私は…その小瓶の蓋を開けた。

 あの日以来、あの小瓶の中の夜空はどこにもなくなってしまった。
 あの時小瓶を開けると、まるでそこには初めから何も入っていなかったのように、小瓶の中は空っぽになってしまった。
 拾い集めることも叶わず、でも不思議と後悔はなくて、ただ私は空っぽになった小瓶を持って家に帰った。

 今日も夜空は、街明かりに霞んでいる。星のあかりは、街頭に打ち消され続けている。月明かりより、車のヘッドライトの方が明るい夜。
 それでも、私の夜空はそこにいる。
 人の目が叶わなくなった場所で、遥か先の空の上で煌き続けている。
 今日も私は、見えなくなったあの夜空の下で、空を見上げて生きている。


おだい『星空の下で』

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