ひら

Open App
12/2/2023, 7:02:01 PM

「なーにやってんのっ。」
何かがぼくの頭にコツンと置かれる。
振り向けば、たまに現れては仲良くしてくれるあのおねーちゃんだ。
名前はさえって言ってたかな。
でも、おねーちゃん呼びをしなさい。となぜか誇らしげに頬を緩ませた顔で、ぼくに命令したんだ。

「飴あげるからー、ほーら、暗い顔しない。」
硬さの正体は棒付キャンディだった。

「…ありがとう。」
おずおずと差し出す手に倍以上の力で押し付けてくる。
てこずりながらも包みを開け、口に入れる。おねーちゃんと会える時にしか味わえないお菓子。
心がゆるりと解ける甘さ。
隣にいるおねーちゃんは夕方のオレンジ色を眺めている。


「もうすぐ暗くなるからうちに帰りなね。」
自分もギラギラしたネイルの手でキャンディの棒を持ちながら言う。
「うん。でもまだあめぜんぶたべてない。」
「そうだけどそうじゃないでしょ。…あの家に帰れなんて、アタシも軽率だった。ごめんね。」

ふるふると首を振るぼくの頭に、今度は暖かさが触れる。
「またここに来なよ。アタシもたまに来るからさ。」
だるっとしたジャージにはそぐわない様な眩しい笑顔を向けるおねーちゃん。
噛み締める様に頷く。


飴を噛みたくなる気持ちを抑えて、あとちょっと、あとちょっとだけここに居させて。

9/29/2023, 3:06:37 PM

どれくらい経っただろうか。
傷は癒えることなく、かと言って悪くなることもなく。
カサブタにもならず、ぽっかりと穴が空いている。


縁の中に収まるきみは、もう何年も同じ顔で。
大好物を置いてみたり、思い出の品を置いてみたり。
はたまた、嫌いなものをわざと置いてみたりもした。固まった笑顔に、僕は微笑み、落胆した。


今日は、きみとの時が止まった何度目かの節目。
年に一度、情報の詰まったUSBメモリを刺したかのように蘇るあれこれ。

震える手と霞む眼は、歳のせい。
そう、きっと。


モノクロの部屋から覗く4色が、入れ替わりで告げる時の流れ。
あと、どれくらいだろうか。


軋む椅子に腰かけ、灰色を吐き出す。

9/8/2023, 3:30:02 PM

きっと私の人生の終わりは、自らの手によるものだと思う。


『他者によって生み出されて、強制的に始まった人生を自分で終わらせるなんて、すごく綺麗じゃない?』
そう言ったあなた。


出逢ったのは、肌寒さを感じるようになった夏の夜のこと。
わけもなく涙を流しながら帰路に着く私に、目を奪われたらしい。
同じ人間の気がしたって。
その勘は当たりで、本当に同じ考えを持っていた。


どうやら同じ方向に帰るようだ。
家は知らないが、人生観を語るのが帰り道のルーティーンになった。
T字路で左右に分かれる、ただそれだけの関係。






今日、あなたはいつもの場所に現れなかった。
周りを見渡すが、見つからない。
ちょっと待ってみる。






手に汗が滲み始める。
歯の奥が揺れる。
形だけの呼吸。


ふと風が吹く。
すっかり冷気を帯びていた。
ぐっと見上げると、建物の柵の外に立つあなた。
目が合った。
初めてちゃんと目を見た気がするよ。
いつもは横並びだから。

目に光がないのは、夜だからなんて理由じゃない。
この世界に持つ、希望にモヤがかかったようなそんな目をしていた。




一呼吸おいて、目を閉じて、前へと傾く体。





あっという間で、一瞬で。

あなたの息が止まった。
今までで一番、生きていると感じた。

9/7/2023, 4:05:22 PM


君とは高校の卒業式以来だろうか。
久しぶりの連絡に胸が踊った。






次々とポーズをとっていく君に、シャッターを切る。
ドレスを靡かせながら、回りながら。
たかれるフラッシュよりも輝く君は、直視できない。
カメラ越しに見るので精一杯だ。

「綺麗だ。」
僕の隣から聞こえる声。
タキシードを纏った男性はとても嬉しそうだ。



「今度は2人並んでポーズとってみましょう。」
そう促して、身を寄せて微笑む2人に、またシャッターを切る。

お似合いだし、よく撮れてると自分でも思う出来だ。


撮影が終わり、写真選びにアルバムのレイアウトも決まった。
今日の写真のメモリーカードを君に渡す。

「アルバムが完成したら、また連絡するね。」

「ありがとう。結婚式の前撮り、頼んで良かった。」

自分に向けられた笑顔。
そっと瞼を閉じ、記憶に保存した。






目に見えて、心踊る君。
おめでとう。お幸せに。

そう言いたかったよ。





9/5/2023, 5:30:00 PM

『貝って昔はお金として使われていたことを知ってる?』

物知りなあなたは、私にそう教えてくれた。
ちょうどこのくらいの季節に。




「へー、初めて知った。」
一つの貝殻を拾って、眺める。

「だから、“貨幣”とか、“購入”みたいにお金に関する漢字に貝が使われてる。」

あなたは、私が食いついてくれたことが嬉しかったのか、鼻高々に付け足す。

「なるほどねー、言われてみればそうだ。そこらじゅうに落ちてるのに、価値がある物だったんだね。」

「僕は、この世に価値の無いものなんて無いと思うね。」
貝を一つ拾いながら、柔らかく、でも力強い声で返事が返ってくる。


久しぶりにこの海に来て、思い出した。
何気ない、夏の終わりの出来事。
あなたとのこの“何気ない”日常が、有限で、この上なく価値のあるものだったと気づく。

手に持った貝殻。
奥に見える夕陽。
ぬるい空気に包まれる。


二度と来ない、再会。





Next