今は、百貨店の清掃の仕事をしている。
どんなに綺麗にしても、人が行き来すればどうしても汚れるわけで。
ありがたいことに無くならない仕事だ。
閉店後、今日はずっと見て見ぬ振りをしていた汚れにやっと手をつけた。
長年積み重なった汚れは頑固で、いつもより時間がかかってしまった。
急がないと皆帰ってしまい、店に取り残される。
道具を戻し、速攻で着替える。
立ち作業で疲れた脚に無理をさせ、出口まで駆け足で向かった。
そこまでの最後の曲がり角で誰かとぶつかる。
「すみませんっ。」
顔を上げると戸締り巡回中の警備員のおじさんだった。
「おー、こちらこそすまない。いつもお疲れさん。君のおかげでここは綺麗に保たれてるよ。」
その、柔らかい笑顔に暖かさを感じる。
「お疲れ様です。ありがとうございます。そんなこと言ってもらえたの初めてです。」
俯きがちにそう答えると、おじさんは続ける。
「そうかいそうかい、明日もよろしく頼むよ。気をつけて。」
「はい、お疲れ様でした。」
出口へと向かう足取りはなんだか軽かった。
明日も頑張ろう。
画面の上から通知が降ってくる。
誰からかと思えば、この頃心配していた彼からの連絡だった。
『じゃあね』
その一言になんとも言えない喉の苦しさと、ぬるい汗、じわりと起こる鳥肌。
いつからかよく一緒にいるようになって、沈黙も気まずくなかった。
居なくなったのか。
自分と同じ人間のような気がして居たから分かる。
最後に会った彼は気丈に振る舞いながらも、目に生気を感じられなかったことがとてもひっかかっていた。
一粒の乾いた涙に自らの感情は溶けていった。
追うか、止まるか、今は決めきれない。
壊れたガラスを拾い集めて、僕の心を修復した。
だけど、ツギハギだらけ。
完全には戻らなくて、どこか虚しさが残った。
後悔をしている。
でも、ヒビに気づいていながら、見て見ぬ振りをしたのも僕だったじゃ無いか。
サッとふりかけ、少し背伸びをした。
伏目がちに髪を片方耳にかける。
ふとした時に手首から香る甘いけど、爽やかな香り。
鏡に映る私は頬が緩んでいる。
まだまだ、子供かもな。