ひら

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3/25/2024, 2:30:12 PM

一つ手に取り、火をつける。
欲しくもないのに欲しがってしまう。
絶えず起こる溜息に意味を持たせたい、なんてよく分からないまま始めた。
好きでもないのに。


“依存“だ。
愛しさと依存の違いをまさか人以外に教わるなんて。


灰たちを集めてできた針山はモノクロの世界によく溶け込んでいる。
意思も形も持たず天へ登る煙。



まるで私と、また溜息をつく。

2/18/2024, 2:07:35 PM

だるっとした灰色のスウェット。
白のサンダルをパタパタと鳴らしながら道をゆく。
絶えず灯るコンビニへと踏み入る。
缶とつまみと18番を買い流れのまま店を出る。
「あざしたー。」
遠のく声が耳に残る。


不用心なドアノブをひねる。
この狭さに落ち着き、息詰まる。
窓を開け、肘をつきながらカチッと火を点ける。
肺へ送られた煙は明日さえも見えなくする。
黒と白と煙元の灰まみれの赤くらいしか持ち合わせない視界。


日めくりカレンダーにふと目をやる。
日曜の赤がやけに鬱陶しくて、一枚破って丸めて部屋の片隅に放った。
カシュッと開けたソレは、吐き出した虚しさを取り込むように喉へと伝った。

2/17/2024, 5:27:53 PM

芋っぽくて長いままのスカートを履いた制服姿の私と薄汚さを知っているあなた。まるで違う世界に住んでいた。
なのに、出会ったんだ。


駅のホームで肩をぶつけた。
テストのためにと抱えていた参考書が転がる。
「ごめん。」
昼間だというのに千鳥足のあなたは何も知らない私よりずっと弱く見えた。
穴だらけの耳にブリーチで痛んだ白い髪。
今にも確立した『自分』を投げ捨ててしまいそうな姿は、私の手をあなたの手へと導いた。


ビクッと肩を振るわせる。
目には威嚇と嘆きが共存していて、色の縁で誤魔化せないモヤがあった。
「…なに。」
掠れた声。

「わからないです。なんか、引き止めなきゃって。」
「なにそれ。でもね、もういいや。」

嘲笑は私ではなく、彼女のこれまでに向けられたものなんだろうな。

「逃げるのって、悪いことだと思う?君は。」
唐突に飛び出たそれは、意図がつかめてはダメな気がした。
「一つの選択にしか過ぎないと思います。」

「そっかぁ。」
ホームの壁に縋りズルズルと腰を落とすあなた。
潤む瞳は肩の荷が軽くなったからなのか。
私もスカートをなぞりしゃがむ。

「お姉さんの選ぶこと、私は止めません。責任なんて取れないし。ただ、単純にお姉さんに引き込まれました。いなくなるのは惜しいって思っちゃったんです。」
「初対面なのに。」
「まあ、そうですけど。」
思えば変なことしたと少し反省した。


「困らせてごめん。それ聞けただけ今日に意味ができた。」そう言って左耳に手をかける。
さっきまで揺れていたピアスが前に差し出された。
「なんのお礼でも無いけど、これあげる。」
あげると言いながら惜しそうな顔に見えるのは気のせいか。
「いや、でも…」
「いいから、いつかつけてよ。きっと似合う。」
地をつたい掴んだ参考書。
汚れを払い私に押し付けた。


よろよろと立ち上がり階段を上がっていってしまった。
なぜか追いかけることはしなかった。







出かける支度はできた。
カバンを肩に掛け、靴を履く。
玄関の小さな鏡に顔を向ける。
「あ、忘れてた。」
再び靴下で廊下を戻り左耳を彩る。



あなたに憧れてやっと開けたよ。
あなたに今日は訪れていますか。

1/1/2024, 1:19:55 PM

「もう目の前に来年が立ってますよ。」
死んだ目で街を見下ろしながら隣に投げかける。
「大晦日まで仕事で、やっと終わったと思えば職場のビルの屋上で後輩と過ごすなんてね。」
「いいじゃないですか」
イヤイヤな感じを出してるけど、後輩思いなのが透けて見えるから憎めない。
「職場で年越しは僕も不服ですよ。でも、飲もうって誘ったのは先輩です。」
コンビニまで買いに行かされた不満を少しぶつけるように、ツマミの袋を肩に押し付ける。
「サンキュ」
そう言ってノールックで受け取る先輩は夜が似合う。


寒空の下、ビールを飲むのは案外初めてで、頬を緩ませながらプルタブに手をかける。
「ちょっと待って。まだ。」
「え?」
サビ前で曲を止められたかのように、腑抜けた声を白い息が運ぶ。
「今いいところだった。なんで止めるんですか。」
「いいから、あと少しだけ。」
僕を見ずに先輩は左手に目をやる。
「…先輩?」


疲れて働かない頭で考えても、先輩の行動は読めなくてただ先輩の横顔を見つめるばかり。
視界のネオンがボヤけてきた頃、先輩が動き出す。
白くてすらっとした指先で缶ビールを掴む。
頬を片側だけ上げて、こちらを向く。
「0になったら、一緒に開けて。いい?」
新鮮味を覚えるそのイタズラな瞳にますます意味がわからない。


一瞬だけ左腕を見る先輩。
「ちょっとどういう…」
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、いくよ?ゼロ!」


カシュッ、カシュッと決して同時ではない音が耳に届く。遅れてしまったのは僕の音だ。

「あけおめっ。」
手早く缶をコツンと当て、新年の挨拶も早々に缶を口へ運ぶ先輩。
「あー、年越しと共に飲みたかったんですね。」
遅れをとりながら僕も口に含む。




「今年もよろしくね。後輩。」

12/2/2023, 7:02:01 PM

「なーにやってんのっ。」
何かがぼくの頭にコツンと置かれる。
振り向けば、たまに現れては仲良くしてくれるあのおねーちゃんだ。
名前はさえって言ってたかな。
でも、おねーちゃん呼びをしなさい。となぜか誇らしげに頬を緩ませた顔で、ぼくに命令したんだ。

「飴あげるからー、ほーら、暗い顔しない。」
硬さの正体は棒付キャンディだった。

「…ありがとう。」
おずおずと差し出す手に倍以上の力で押し付けてくる。
てこずりながらも包みを開け、口に入れる。おねーちゃんと会える時にしか味わえないお菓子。
心がゆるりと解ける甘さ。
隣にいるおねーちゃんは夕方のオレンジ色を眺めている。


「もうすぐ暗くなるからうちに帰りなね。」
自分もギラギラしたネイルの手でキャンディの棒を持ちながら言う。
「うん。でもまだあめぜんぶたべてない。」
「そうだけどそうじゃないでしょ。…あの家に帰れなんて、アタシも軽率だった。ごめんね。」

ふるふると首を振るぼくの頭に、今度は暖かさが触れる。
「またここに来なよ。アタシもたまに来るからさ。」
だるっとしたジャージにはそぐわない様な眩しい笑顔を向けるおねーちゃん。
噛み締める様に頷く。


飴を噛みたくなる気持ちを抑えて、あとちょっと、あとちょっとだけここに居させて。

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