ひら

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9/29/2023, 3:06:37 PM

どれくらい経っただろうか。
傷は癒えることなく、かと言って悪くなることもなく。
カサブタにもならず、ぽっかりと穴が空いている。


縁の中に収まるきみは、もう何年も同じ顔で。
大好物を置いてみたり、思い出の品を置いてみたり。
はたまた、嫌いなものをわざと置いてみたりもした。固まった笑顔に、僕は微笑み、落胆した。


今日は、きみとの時が止まった何度目かの節目。
年に一度、情報の詰まったUSBメモリを刺したかのように蘇るあれこれ。

震える手と霞む眼は、歳のせい。
そう、きっと。


モノクロの部屋から覗く4色が、入れ替わりで告げる時の流れ。
あと、どれくらいだろうか。


軋む椅子に腰かけ、灰色を吐き出す。

9/8/2023, 3:30:02 PM

きっと私の人生の終わりは、自らの手によるものだと思う。


『他者によって生み出されて、強制的に始まった人生を自分で終わらせるなんて、すごく綺麗じゃない?』
そう言ったあなた。


出逢ったのは、肌寒さを感じるようになった夏の夜のこと。
わけもなく涙を流しながら帰路に着く私に、目を奪われたらしい。
同じ人間の気がしたって。
その勘は当たりで、本当に同じ考えを持っていた。


どうやら同じ方向に帰るようだ。
家は知らないが、人生観を語るのが帰り道のルーティーンになった。
T字路で左右に分かれる、ただそれだけの関係。






今日、あなたはいつもの場所に現れなかった。
周りを見渡すが、見つからない。
ちょっと待ってみる。






手に汗が滲み始める。
歯の奥が揺れる。
形だけの呼吸。


ふと風が吹く。
すっかり冷気を帯びていた。
ぐっと見上げると、建物の柵の外に立つあなた。
目が合った。
初めてちゃんと目を見た気がするよ。
いつもは横並びだから。

目に光がないのは、夜だからなんて理由じゃない。
この世界に持つ、希望にモヤがかかったようなそんな目をしていた。




一呼吸おいて、目を閉じて、前へと傾く体。





あっという間で、一瞬で。

あなたの息が止まった。
今までで一番、生きていると感じた。

9/7/2023, 4:05:22 PM


君とは高校の卒業式以来だろうか。
久しぶりの連絡に胸が踊った。






次々とポーズをとっていく君に、シャッターを切る。
ドレスを靡かせながら、回りながら。
たかれるフラッシュよりも輝く君は、直視できない。
カメラ越しに見るので精一杯だ。

「綺麗だ。」
僕の隣から聞こえる声。
タキシードを纏った男性はとても嬉しそうだ。



「今度は2人並んでポーズとってみましょう。」
そう促して、身を寄せて微笑む2人に、またシャッターを切る。

お似合いだし、よく撮れてると自分でも思う出来だ。


撮影が終わり、写真選びにアルバムのレイアウトも決まった。
今日の写真のメモリーカードを君に渡す。

「アルバムが完成したら、また連絡するね。」

「ありがとう。結婚式の前撮り、頼んで良かった。」

自分に向けられた笑顔。
そっと瞼を閉じ、記憶に保存した。






目に見えて、心踊る君。
おめでとう。お幸せに。

そう言いたかったよ。





9/5/2023, 5:30:00 PM

『貝って昔はお金として使われていたことを知ってる?』

物知りなあなたは、私にそう教えてくれた。
ちょうどこのくらいの季節に。




「へー、初めて知った。」
一つの貝殻を拾って、眺める。

「だから、“貨幣”とか、“購入”みたいにお金に関する漢字に貝が使われてる。」

あなたは、私が食いついてくれたことが嬉しかったのか、鼻高々に付け足す。

「なるほどねー、言われてみればそうだ。そこらじゅうに落ちてるのに、価値がある物だったんだね。」

「僕は、この世に価値の無いものなんて無いと思うね。」
貝を一つ拾いながら、柔らかく、でも力強い声で返事が返ってくる。


久しぶりにこの海に来て、思い出した。
何気ない、夏の終わりの出来事。
あなたとのこの“何気ない”日常が、有限で、この上なく価値のあるものだったと気づく。

手に持った貝殻。
奥に見える夕陽。
ぬるい空気に包まれる。


二度と来ない、再会。





9/2/2023, 2:15:25 PM


今は、百貨店の清掃の仕事をしている。
どんなに綺麗にしても、人が行き来すればどうしても汚れるわけで。
ありがたいことに無くならない仕事だ。

閉店後、今日はずっと見て見ぬ振りをしていた汚れにやっと手をつけた。
長年積み重なった汚れは頑固で、いつもより時間がかかってしまった。
急がないと皆帰ってしまい、店に取り残される。
道具を戻し、速攻で着替える。
立ち作業で疲れた脚に無理をさせ、出口まで駆け足で向かった。
そこまでの最後の曲がり角で誰かとぶつかる。

「すみませんっ。」
顔を上げると戸締り巡回中の警備員のおじさんだった。
「おー、こちらこそすまない。いつもお疲れさん。君のおかげでここは綺麗に保たれてるよ。」

その、柔らかい笑顔に暖かさを感じる。

「お疲れ様です。ありがとうございます。そんなこと言ってもらえたの初めてです。」

俯きがちにそう答えると、おじさんは続ける。

「そうかいそうかい、明日もよろしく頼むよ。気をつけて。」

「はい、お疲れ様でした。」
出口へと向かう足取りはなんだか軽かった。


明日も頑張ろう。

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