ここは、見渡す限り青々とした牧草地が広がる
のどかな片田舎。
地平線まで延びる長い一本道を車で走っていると、
後部座席から娘の弾んだ声が響いた。
「ママ!UFOだよ!UFOが牛を連れ去った!」
バックミラー越しに見えるのは、窓を開けて外を
眺める娘。興奮した様子でぴょんぴょんと飛び跳ねており、振動が座席越しに伝わってくる。
パシャリ。
フラッシュの光が一瞬、車内を照らした。
「はい、はい。あんまり暴れないの。あと窓から
身を乗り出しすぎると危ないからね」
娘はいわゆる不思議ちゃんで、UMAやUFOを心から信じており、突拍子もないことを突然語り出す。
そんな娘の話をいつも話半分で聞き流していた。
最近、近隣の牧場で放牧されていた牛や羊が次々と
行方不明になる事件が相次いでいる。
娘のようにUFOの仕業だと囁く者もいたが、
そんな荒唐無稽な話は一切信じていなかった。
きっと野犬か別の野生動物の仕業に違いないと。
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ある日、家に見知らぬ男二人組が訪ねてきた。
背が高く、黒いスーツにサングラス姿の
まるでSPのような出で立ちだ。
「あなたやご親族の方で、UFOを目撃された方は
いらっしゃいませんか?」
機械的で無機質な声。
ひどく不気味な連中だった。
「誰か来たの?」
男たちが去った後、私は娘の手を取った。
「いい?知らない人についていっちゃダメ。
それと、あんな話を誰かにするのもダメよ」
その言葉に娘はどこか悲しそうな顔をした。
それから数日後、娘が行方不明になった。
近所の人々も警察も総出で捜索したが、
どこを探しても見つからず。そう、消えたのだ。
まるで煙のように、跡形もなく。
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月日は流れ――
田舎町の家に、二人の老夫婦が暮らしていた。
白髪混じりの髪に、シワが刻まれた顔。
お互い歳を取ったが、娘を失った悲しみから
ようやく立ち直り、細々と仲睦まじく過ごしていた。
夫が町に出かけたある午後のこと。
「ただいま、ママ!」
懐かしい声に、思わず手からカップが滑り落ちる。
娘が帰ってきた。いなくなった時と
何一つ変わらない、あの頃の姿のままで。
「それでね、宇宙船に乗って旅してたの!宇宙から
見た地球って、とっても青くて綺麗だった」
リビングで無邪気に旅の思い出を語る娘。
どれも到底信じられない話ばかりだ。
「ねえ、本当は今までどこに行っていたの?
お願い、正直に話してちょうだい!」
娘の両肩を掴み、強く揺さぶる。
「ママ、痛いよ」
娘が痛そうに顔をしかめるのを見て我に返った。
立ち上がり、震える手で額を押さえる。
まずは夫に連絡を、それから――。
「もう戻らないと」
戻る?どこに?
振り返ると、娘の姿はもうそこになかった。
残されていたのは、テーブルに置かれた
飲みかけのまだ温かいカップだけ。
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あることを確かめたくて、久しぶりに娘の部屋へ
入った。いつか帰ってくるかもしれないと、
掃除はしていたが、配置は昔のまま。
壁にはUMAのポスター、
本棚にはUFOやオカルトの本が並んでいる。
机の引き出しから、あの日娘が持っていた
カメラを取り出した。
手付かずのまま残していたフィルム。
現像してみると、そこには確かに写っていた。
空に浮かぶ、謎の円盤が。
お題「君が見た景色」
イオンで映画鑑賞を終えた栗井牟は、
彼女と並んで31のショーケースを覗き込んでいた。
「何が好き?」
「んー、チョコミント?よりもあ・な・た♡」
甘い声で答える彼女に、栗井牟の頬が自然と緩む。
周りの目なんて気にならない。
恋人同士の特権だと、二人は思う存分イチャついた。
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「へぇ、よかったじゃん」
翌日、親友の九津木にその話をすると、
彼はいつものように栗井牟の話に耳を傾けてくれた。九津木は昔から、どんなにくだらない事でも
真剣に聞いてくれる栗井牟の良き理解者だ。
「お前も彼女作れよ。人生が輝きだすぞ。
男前なんだからすぐできるって」
調子に乗って九津木の肩をポンポンと叩く栗井牟。
九津木は一瞬、意味深な表情をしたが、
浮かれポンチの栗井牟が
それに気づくことはなかった。
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「ごめんなさい。別れてほしいの」
……え?
ある日突然、彼女に別れを切り出された。
頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。
自分に何か非があったのだろうか。
愛情が足りなかったのだろうか。
答えの見つからない問いが、
栗井牟の頭の中をぐるぐると駆け巡った。
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「元気出せよ」
傷心の栗井牟を支えてくれたのは、
やはり九津木だった。
彼の言葉に、ほんの少しだけ心が軽くなる。
「アイスでも食べよう」
冷蔵庫から取り出されたのはチョコミントアイス。
彼女が好きだと話していた味。
それまであまり食べたことがなかったが、
彼女の影響でよく買うようになっていた。
二人はソファに座り、無言でアイスを食べる。
ひんやりとした甘さが口の中に広がるたび、
彼女との思い出がよみがえった。
「……お前、チョコミント好きだったっけ?」
「ううん、大嫌い。歯磨き粉みたいな味するし」
「いま全国のチョコミン党に喧嘩売ったぞ」
久しぶりに笑えた瞬間だった。
九津木がふいに、栗井牟へ顔を近づける。
「は?」
困惑する暇もなく、
九津木の唇が栗井牟の唇に重なった。
頭が混乱し、何が起きているのか理解できない。
慌てて身を引こうとしたが、九津木は栗井牟を
ソファに押し倒し、口づけをさらに深くした。
もがく栗井牟の手がテーブルのカップに当たり、
チョコミントの残りが宙を舞い、床にこぼれる。
「やっぱり、歯磨き粉の味がするな」
-----
数日後、栗井牟のもとに元恋人から連絡があった。
カフェで久しぶりに再会した彼女は、
以前よりも少し痩せて見えた。
「……よりを戻せないかな」
新しい恋人に裏切られ、
あっけなく別れを告げられたという。
彼女の話を聞きながら、栗井牟の胸は複雑に
揺れ動いた。彼女の愛嬌あふれる笑顔も、
可愛い声も、今でも好きだったから。
だけど、もう――。
「こいつ俺のだから」
突然現れた九津木が栗井牟の肩を抱き、
彼女の顔がみるみるうちに青ざめていく。
九津木は彼女に冷たい視線を送った後、
栗井牟とその場を立ち去った。
一人取り残され呆然とする彼女。
栗井牟を連れ去った男――それは、
二人が別れる原因を作った張本人である、
あの新しい恋人だったのだから。
覆水盆に返らず。
こぼれたアイスクリーム、元に戻らず。
お題「こぼれたアイスクリーム」
雨降る夜、私は裏路地で震える子猫を見つけた。
親猫の姿はどこにもない。
迷わず抱き上げると、目ヤニで汚れた小さな体から、
小刻みな鼓動が伝わってくる。
アパートに連れて帰り、丁寧にタオルで体を拭いて、
コンビニで買った猫缶を皿に出すと、
がつがつと夢中で食べ始めた。
よほどお腹が空いていたのだろう。
私は茶白模様の子猫にゲイリーと名付けた。
それが私たちの出会いだった。
――
ヘトヘトに疲れて、仕事から帰る。
今日の夕飯どうしよう。ああ、何もしたくない。
だけどゲイリーには早くごはんをあげないと。
ひとりにさせて、きっと寂しかっただろうな。
重い体を引きずるように玄関の扉を開けると、
美味しそうな匂いが漂ってきた。
テーブルの上には、ほかほかと湯気を立てる
色とりどりの料理。
夢を見ているのかと、何度も目をこする。
隣には小さなメモが。
『ゲイリーがあなたに夕食を持ってきました。
疲れているあなたに、おなかいっぱいになって
ほしいから。ゲイリーにありがとうと言って』
足元では、無邪気に喉を鳴らすゲイリーが、
つぶらな瞳で私を見上げている。
戸惑いながらも一口頬張れば、やさしい味がじんわりと広がり、お味噌汁を啜ると、かつお節の香りが鼻を通り抜け、体の芯まで温もりが染み渡る。
気がつけば、涙が頬を伝っていた。
「ありがとう、ゲイリー」
そう言うと、ゲイリーは嬉しそうに
私の足に体を擦り付けた。
それから毎日、テーブルには食事が並んだ。
朝は淹れたてのコーヒーやサンドイッチ、
寝付けない夜にはカモミールティー、
高級お寿司や肉料理まで。
一体どうやって用意しているのか。
不思議な子猫ゲイリー。
――
今日は最悪の一日だった。仕事で大きなミスを
してしまい、その上、苦手な上司から容赦のない
叱責を浴びせられる始末。
思い出すだけで、また涙が溢れてきた。
私の生活は、決して楽なものではなかった。
安い給料は家賃や光熱費、食費といった生活費に
消えてしまい、貯金なんて夢のまた夢。
転職も考えたが、自分のスキルではそれも叶わず、
ただ苦難に耐え忍ぶ日々。
「生きているだけでお金ってかかるね。ゲイリー」
膝に乗ってきたゲイリーを、そっと撫でる。
「あーあ、働かなくていいくらいお金があればなあ」
腕の中のゲイリーをぎゅっと抱きしめると、
温かくて、ふわふわで、お日様の香りがした。
ゲイリーがいてくれたら、それでいい。
明くる日の夜、テーブルの上に
札束の山が積み上げられていた。
『ゲイリーがお金を持ってきたよ。あなたに喜んで
ほしいから。ゲイリーにありがとうと言って』
「ゲイリー、こんな大金、一体どうやって?
まさか、どこかから……」
ゲイリーは小首を傾げて、
まん丸な黒い瞳で私を見上げてくるだけ。
――
ある日、テーブルに血の付いた紙袋が置かれていた。恐る恐る中を覗き込むと、見覚えのあるものが。
それは、職場でいつも私を罵っていた上司の、
冷たくなった生首。夢じゃない、本物の生首だ。
傍らに添えられたメモには、血が滲んでいた。
『ゲイリーが敵の首を取ってきたよ。あなたをいじめる輩は許せないから。ゲイリーにありがとうと言って』
ゲイリーの目には、純粋な愛情しかなかった。
悪意も、ためらいもない。
ただ――私を幸せにしたいという気持ちだけが。
『ゲイリーにありがとうと言って』
お題「夢じゃない」
潮風に揺れる黒い帆。陽光を背に受け、
海賊船ジョリー・ロジャー号が静かに波を切る。
「さて、最後の質問だ。仲間になるか、死か。
今ここで選べ」
ニヤついた笑みを浮かべる船員たちが見守る中、
板歩きの刑に処される子どもは震えながらも、
毅然としていた。
「なぜそんなにもあいつを庇いたがる」
フック船長の声には、どこか怒りとも焦りとも
つかぬ色が滲んでいた。
「考えたことはあるか? なぜネバーランドに
大人がいないのかを」
大人は、あの島に歓迎されない。成長した者は追い出されるか――あいつの手によって”消される”。そしてまた、外の世界から新しい子どもを連れてくる。
その繰り返しだ。
そうさ、成長したフックが帰ってきた時、
あいつはそう言ったのだ。「大人はいらない」と。
その言葉を思い出すたびに、フックの胸の奥に、
鈍く、鋭い痛みが走る。
そのときだった。
空からひらりと舞い降りる影——
緑のチュニック、いたずら好きな笑み。
そして、何ひとつ変わっていない子どものままの姿。
ピーターパンだ。
「僕に会いたかった?」
「……ああ、心の底から、な!」
船上では、船員とロストボーイズによる戦闘が
繰り広げられていた。甲板では、ピーターパンと
フックの剣が交わり、金属音が激しくぶつかり合う。
フック船長の攻撃をピーターパンは軽やかにかわし、
まるで遊びの延長のように、
おもちゃめいた短剣で受け流してくる。
「お前は本当に変わらないな。
生意気で無礼な小僧め!」
「フック、おまえは随分変わったな!
哀れで邪悪な男。昔はもっと可愛げがあったのに」
——チックタック、チックタック。
「ん? おやおや、お前のことが大好きなお友達が
やってきたみたいだ」
ピーターパンが指差す先、そこには金色の目だけを
覗かせた巨大なワニが、獲物をじりじりと狙い定め、水面を漂っていた。
フック船長の顔が引きつり、
体がぶるぶると震え出す。
「う、うわあああ! スミーッ!!
ミスタースミィーーッ!!!」
「はいな! ただいま参ります船長ぉ!」
小舟に乗ったスミーが現れるや否や、慌てて飛び乗るフック船長。甲板に残されたピーターパンは
腹を抱えて笑っている。
その無邪気な悪意が、フックの心を深く抉った。
「覚えていろ! 次こそお前を——!」
そう捨て台詞を吐いて逃げ去るフック船長の
背中に向かって、ピーターは蚊の鳴くような声で
ぽつりと呟いた。
「……お前が先に、去ったんだよ」
* * *
執念深いワニから逃げ切り、ようやく船に戻った
フック船長は、ぜいぜいと息を荒げて
肩を上下させていた。
「憎きピーターパンめ。今度会った時は必ずや、
この鉤爪でお前の喉元を抉り出してやる!」
鈍く光る左手の鉤爪を天に掲げ、宣言するように
吼えるフック船長に、スミーが問いかけた。
「しかし船長。ピーターパンをやった後は、
どうなさるんで?」
フック船長の手が止まった。
あいつがいなければ、俺を突き動かす炎も消えて
しまうだろう。そうなった時、俺は一体どこへ行く?
フックは懐から小さな羅針盤を取り出す。長く
使われ、錆びた針は、とうの昔に壊れてもう方向を
指さない。針は、くるくると虚しく回り続けていた。
針路を見失った羅針盤。
それはまるで——
優しい母のいる家にも辿り着けず、ネバーランドにも帰れない。行き場をなくして、果てしない大海原を
彷徨う自分自身のようだった。
お題「心の羅針盤」
(※悪役令嬢という垢の同タイトルと話が繋がってます)
「土呂井。お前いいもん持ってんなあ」
放課後の教室。
土呂井は、クラスのボス猿・オー坊と
彼の子分・康勝に囲まれ怯えていた。
二人が指差すのは、土呂井が腕につけた時計。
先日お小遣いを貯めてやっと手に入れたものだ。
「ちょっと貸してくれよ。なあ、いいだろ?」
「でも……」
「あ?文句あんのか、トロイのくせに」
いつものことだ。断ればもっと酷い目にあう。
土呂井が唇を噛み締め、目を瞑っていると、教室のドアが開き、クラスメイトの清星が入ってきた。土呂井たちには目もくれず、無言で自分の席へ向かう。
「おい、清星」
オー坊が声をかけると、清星はちらりと視線を向けた。冷たく澄んだ瞳に、オー坊は一瞬怯んだ。
「何だよ」
「お前からもこいつに何か言ってくれよ」
オー坊はそう言って、清星に擦り寄ろうとする。だが清星は何も言わず、ただ真っ直ぐオー坊を見つめた。その眼差しに、オー坊は居心地悪そうに身を引いた。
「ふん、別にいいけどよ」
捨て台詞を吐いて、オー坊と康勝は教室を
出ていった。嵐が去った後のように、
土呂井は安堵のため息をつく。
「あ、ありがとう……」
土呂井が礼を言うと、清星は「別に」とだけ返し、
再び背を向けた。
――
瞼を開くと、教室の天井があった。
腕の時計は4時44分を指している。
確か、家のベッドで寝ていたはずなのに。
「おい、起きたか」
声のする方を見ると、オー坊がいた。
いつもの高圧的な態度ではなく、どこか不安そうだ。
「オレも……気がついたらここにいた」
教壇の康勝が呟く。そして教室の後ろでは、
清星が窓の外を見つめていた。
「外、見てみろよ」
清星の言葉に従って窓の外を覗くと、
校庭は真っ暗で何も見えない。
街灯も、向かいのマンションの明かりも、
何もかもが消えていた。
突如、校内スピーカーから音声が流れた。
アニメキャラのような甲高く、奇妙に歪んだ声。
『こんばんは!突然ですが、今から君たちにはゲームをしてもらいます♪校内から出ることができたら君たちの勝ち。出られなかったら……まあ頑張って!』
四人は顔を見合わせた。
何が起こっているのか誰にも理解できない。
「出口を探そう」
清星が先頭に立って歩き出す。
土呂井たちも、それに続くほかなかった。
――
廊下は薄暗く、非常灯だけが不気味に光っている。
一階の昇降口に着くと、
扉には頑丈な鎖がかけられていた。
「クソ、開かねえ」
オー坊が力任せに引っ張るが、びくともしない。
他の出入り口も試したが、
どこも同様に封鎖されている状態だ。
「屋上だ」清星が言った。
「屋上なら外に出られるかもしれない」
階段を上がり始めた時、
四人の足音とは違う音が聞こえてきた。
ぺたぺた、ぺたぺた。
濡れた足で歩くような音。
振り返ると、廊下の向こうから何かが
こちらに向かってくるのが見えた。
赤い服を着た女性。長い黒髪で顔は見えない。
「あ、あれ……テレビで見た……」
夏のホラー番組に出てきた、女の幽霊だ。
女は徐々にこちらへ近付いてくる。
「走れ!」
オー坊の叫び声に、四人は階段を駆け上がった。
「大丈夫か?」
「はあ、はあ、うん……」
息を切らす土呂井に、清星が声をかける。
体力のない彼にとって、階段はつらいものだった。
息を整えた土呂井が周囲を見回すと、
オー坊と康勝の姿がない。
「先に行ったみたいだ。俺たちも急ごう」
清星の言葉に土呂井は頷いた。
――
「オー坊~?オー坊や、どこにいるんだい?」
廊下の向こうから現れたのは、恰幅の良い中年女性。手には大きな物差しが握られている。
「か、母ちゃん?なんでここに……」
「オー坊!本当にあんたって子は!
こんな所で馬鹿やって……あたしはそんな子に
育てた覚えはっ!ないんだよっ!」
ドスドスと音を立て近づいてくる母親に、
オー坊は恐れ慄き後ずさる。
いつもの横暴さは微塵もない。
康勝もまた、震えていた。
天井からゆらゆらと降りてくる黒い影。
よく見るとそれは、巨大な蜘蛛だった。八本の足を
うねうねと動かして、康勝を見下ろしている。
「い、いやだ……蜘蛛は嫌だ……」
――
土呂井と清星が三階の踊り場に着いた時、
彼らの足が止まった。
そこには一人の男性が立っていた。
「久しぶりだな」
「あんた……どうして……」
「そんなに虚勢張るなって。
また風呂場で一緒に遊ぶか?ん?」
清星の全身から血の気が引く。
土呂井は、いつもクールな彼が
こんなにも怯えている姿を初めて見た。
「やめろ!」
土呂井が叫ぶ。
「清星くん、それは本物じゃない!偽物だ!」
清星が驚き、土呂井を見る。一瞬の隙をついて、
土呂井は清星の手を掴んだ。
「走ろう、二人で!」
土呂井は清星の手を引いて階段を駆け上がる。
どこかでオー坊と康勝の悲鳴のようなものが響いたが、二人は振り返らなかった。
屋上のドアは開いていた。
扉の向こう側には、
出口への道筋を示すように小さな光が見える。
二人は光に向かって走った。
出口に近づいた時、
どこからともなくあの甲高い声がした。
『またね』
――
土呂井は汗だくで目を覚ました。
布団の中で、心臓がまだ激しく鼓動している。
学校に行くと、担任の先生が深刻な顔で話し始めた。
「昨夜、オー坊と康勝が……自宅で亡くなった」
教室がざわめく。
死因は就寝中の心不全、それもほぼ同じ時刻に。
逃げ遅れたオー坊と康勝が死んだ。
じゃあ、あれは夢ではなかった――?
放課後、土呂井と清星は二人で屋上にいた。
「あの時は、ありがとう」清星が呟く。
「ううん。僕の方こそ」
風が吹いて、校庭の旗が揺れる。
「最後さ……またね、って聞こえたよね」
「ああ」
「また、あれが夢に出てくるのかな」
「……わからない」
次があれば、生き残った二人も
今度こそ悪夢の中に引きずり込むかもしれない。
けれど、土呂井は以前の臆病なままではない。
自分の手で誰かを守れた。
だから、またあれがやって来たとしても、
きっと乗り越えられるはず。
――そう信じて。
お題「またね」