『夢見る少女のように』
本に出てくる王子様。
幼い頃、女の子なら誰もが一度は憧れると思う。
私も、いつかはそんなパートナーができると信じていた。
そして、その人と結婚して、家庭を築いて、子育てをして、老いて幸せに死んでいくと思っていた。
だけど、現実はそう甘くなかった。パートナーを見つけようと頑張っても何故か最後には皆、私から離れていくのだ。
どうしてか理由を聞いても“ 自分で考えろ”と言われるだけで誰も教えてはくれなかった。
私は、ずっと考えてようやく分かった気がする。
私の理想は夢見る少女のようだった。
あまりにも夢を強く思い描いていたせいで、パートナーに理想を押し付けすぎたのかもしれない。
今までの私は浅はかすぎたのだ。
後悔してももう遅い。
私が、もう少し物語に出てくるヒロインのような清純な心を持っていたのなら、未来は変わっていたのだろうか。
『雨上がり』
今日は朝から雨が降っていて憂鬱な一日になると思っていた。
髪はまとまらないし、車に水をかけられるし、とにかくいい事がなかった。
でも、放課後に空を見たら雨が止んでいた。
今まで降っていたのが嘘のように雨上がりの空はとても綺麗だった。
美しく輝くその青空を見ていると、心が晴れ晴れするようだった。
まるで、彼といる時のように。
一つ年下の彼は、性格はしっかりしているけれどたまに抜けているところがあって可愛いのだ。委員会の活動でたまたま一緒になった時に意気投合して時々話すようになった。
彼と話していると、心が落ち着く。
なんでかよく分からないけれど彼の声はとても透き通っていて、時々話し出す話題が面白いのだ。
今日も彼が急に
『今日の空、とっても綺麗ですね』
と言ったので私も空を見上げていた。
「空を見上げるの珍しいね、どうかした?」
『いえ······ただ、空って羨ましいなっておもいまして』
「羨ましい?」
『空ってその時の気まぐれで天気を変えられるじゃないですか』
「そうだね」
『でも、人間ってその時の気まぐれで態度とか機嫌とか変えられるわけじゃないので····』
「ふふ、なるほど」
『人間って大変だなぁと思いまして』
「そんなことに目をつけるの君くらいじゃない?」
『······おかしいと思いますか?』
「えっ、全然!むしろ面白いと思うよ」
『······本当ですか?』
「うん、君といると飽きなくて面白い」
『····そうですか······』
そう言うと彼はそっぽを向いてしまった。
それでも、私は彼がそっぽを向く瞬間、口角が上がっていることに気づいたので素直じゃないなぁと思った。
物好きだと言われてもいいから、これからも彼の面白い話を聞いてみたいと思う。
『勝ち負けなんて』
死にたがりの私の前に突然、死神が現れた。
その死神は何が起こったのかわかっていない私に向かってただ一言
『俺とゲームをしましょう。あなたがもう一度強く死にたいと願ったのならその魂を頂きに参ります。その時はあなたの負けです』
こう言った。
死神が去った後、私はずっと考えていた。
どうしてずっと死にたいと思っていたのか。
そんなの簡単だ。生きることに意味を見い出せなくなったから。身内も友達もいない私にとってこの世界は地獄でしかない。生きていることに地獄を感じるなら死んだ方が今より楽になれると感じた。
生きたくても生きられない人は世の中にはたくさんいることはもちろん分かっているし、親から授かった命だから簡単に捨ててはいけないということも分かっている。
それでも無理だ。一度でも生きる気力を失った人間はもう死ぬしか方法が見えなくなってしまう。
あの死神が持ちかけてきたゲームは私が生きている限り有効らしいし、自分で死のうとする前に私の魂は取られるのだから、自殺をしても意味はないだろう。
でも、あんなゲームをして死神には何のメリットがあるのだろうか?
私を生き続けさせるため?それともただの暇つぶし?
どっちでもいいし、どっちも不正解でもいいけどとりあえずゲームをしているのなら本当に死にたいと思えるまでこの人生を生きてみよう。
“ 死にたい”は私の口癖みたいなものだから、簡単に死にたいと思っても死神は迎えに来てくれないだろう。
だから、私の人生のゲームのタイムリミットまで自由に生きてみよう。
少し視点を変えてみると私の中の考えが変わるかもしれないから。
死神とのゲームが終わるまでこの残りの人生を謳歌してみようと思った。
『まだ続く物語』
私は小説家に憧れていた。
いつしか、自分で物語を書きたいと思うようになり数年後その夢を叶えた。
これから始まる人生を新しく歩んでいくはずだった。
小説家になった喜びもつかの間、これから続いてく私の人生という物語は突然終わりを告げた。
病気になったのだ。しかもタチの悪いことに余命宣告というおまけ付きで。
どうして私なのだろう。これからだって時だったのに。人生は不公平だ。
まだ続くと思っていた物語を一歩も歩むことなく私はこの世を去るだろう。
そして、私がいない世界になってもこの世界の物語は終わらないのだ。
人が一人死んだところでこの物語は突然終わったりしない。
終わるのは私の中でだけ。
それでも、仕方のないことだ。
たまたま、私の中のシナリオに続きがなかっただけ。
私は潔く、このシナリオ通りに決まった日に死ぬしかないのだ。
でも、願うなら来世では自分の人生の物語くらい自分で書いてみたい。
何年経ってもまだ続くこの物語を今度は自分で歩んでみたい。
『渡り鳥』
私は生まれた時から心臓が弱かった。
特別、死に関わるほどの状態ではなかったのでずっと病室にいないといけないわけではなく、運動を控えたり、激しい動きをしてはいけないとだけ言われていた。
それでも皆と一緒に遊べないのは子供ながらに悲しかった。
それでも周りの皆は理解してくれていたから生活はしやすかった。でも、それは小学校までのことだった。
中学に上がると行動が制限される私には友達が出来なかった。最初は皆仲良くしようという雰囲気だったけれど入学から数ヶ月も経てば、皆仲の良い友達ができはじめ私は遠巻きにされた。
こうまであからさまに避けられるとさすがに学校にも行きたくなくなり、私は入学してから一ヶ月で保健室登校になった。
そんな私と唯一仲良くしてくれたのは幼なじみの彼だった。彼は私が驚くほどに博識で色んなことを知っていた。
だから、彼と話しているととても楽しかった。
そんな博識でフレンドリーな彼の周りにはいつも多くの人が集まっていた。
言うなれば人気者だった。私はそんな彼が羨ましくて妬ましく思う時もあったけれど私にも優しい彼だったのでそんな気持ちは次第に消えていった。
ある時から私は“ 死にたい”と思うことが増えていった。辛い現実に心が疲れていたんだと思う。
そんな私に気づいたのか彼が唐突にこんな話を始めた。
『ねぇ、渡り鳥ってどうして定期的にあんな長い距離を飛ぶと思う?』
「えっ、それは生きるための食糧を探しに行くためでしょ?」
『まぁ、半分合ってるけど半分は違うかな』
「じゃあ、その半分は?」
『正確に言えば、食糧や環境、繁殖なんかの事情に応じて地域を移動するんだ』
「そうなんだ·····急になんでこんな話するの?」
『いや、単純にすごいなと思って』
「すごい?渡り鳥が?」
『だって、渡り鳥は生きるために自分たちの体力を削ってまで地域を飛び回るんだ·····そうそうできることじゃない』
「当たり前でしょ?生きるために必死なんだよ」
『そう、生きるために必死なんだ·····君はどう?』
「·····え、私?·····私は別に·····」
『君の考えていることぐらい僕にはわかる。もう何年も幼なじみやってるし·····君はそれでいいの?』
「それでいいって·····何が?」
『渡り鳥でさえ、日々を必死に生きているのに君は簡単に生きることを諦めるの?』
「·····だって、しょうがないよ。私はもともと欠陥品だもん·····こんな私と一緒にいたって楽しいと思える人なんていないでしょ?」
『·····僕はそうは思わない』
「·····え、それってどういう·····」
『僕は幼い頃から君を見てきたけど、君は今までどんなに辛いことがあっても我慢して生きてきたじゃないか。僕が君だったらもうとっくに生きることを諦めてた』
そういう彼は次に私が今まで一番欲しかった言葉をくれた。
“ でも、今までそうしなかった君は強い人だ”
その瞬間、私の目から涙腺が崩壊したかのように大粒の涙が溢れてきた。
彼はずっと私を見ていてくれた。私を強い人だと言ってくれた。
私は渡り鳥みたいに毎日を生きようとはできなかったけど彼には私の中の何かが響いたみたい。
だから、もう少しだけ彼のいるこの世界を生きてみようと思う。