ざざなみ

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5/28/2025, 1:00:22 PM

『さらさら』

僕の記憶の中に残っている彼女の思い出はもうわずかにしか残っていない。
時を追うごとに頭から彼女と一緒に過ごした思い出だけがさらさらと消えていくのだ。
彼女が消えてもう何年たっただろう。
僕は数年前に彼女を探すことを諦めた。自分でも情けないと思う。でも、彼女は僕に何も言わずにある日突然姿を消した。
理由は分からないけど僕に言わなかったということは少なくとも言わなくてもいいことだったんだろう。
もしかしたら彼女は僕に見つけてほしいわけじゃないかもしれない、そういう思いだけが僕の心の中に渦巻いていてだんだんと僕は彼女にとって必要のない存在なんじゃないかと思い始めるようになった。
彼女のいない生活を送るようになってから、僕の日常は以前とまったく変わらないのに記憶だけが塗り替えられていくのだ。
まるでさらさらとなくなっていく砂のように。
だから、僕は彼女に関わるすべての記憶が消えるまで待つことにした。
たとえ、何十年かかったとしても。
それだけ彼女を愛することができたと考えれば少しは気が楽になったから。
だからもう少しだけこの時に身を任せようと思う。

5/27/2025, 12:57:10 PM

『これで最後』

今日僕は死神を辞める予定だ。
最後に彼女の魂をとったら、もうこれで最後にする。
魂をとることが嫌になったわけじゃないけれどもうこれ以上魂をとる人たちの顔を見たくなかった。
皆、揃いに揃って生きることを諦めている人が多かった。ある人は“ 治らない病気だから”、またある人は“ 寿命だから”と死期を悟っている人が多くて僕が魂をとりに来たことを伝えても皆、笑顔になってこう言うのだ。
“ これでやっと死ねる”
死神の僕が言うのもおかしいかもしれないけれどその言葉を聞くのがもう辛くなった。
だから、これで最後にしようと思った。
僕は死神を辞めたらどこにいくのだろう。
きっと跡形もなく魂ごと消えるのだろう。
最後に彼女の笑顔を見ることができて良かった。
死神の僕には笑顔とは無縁だと思っていたから。
魂をとる人の中で心から笑えていた人は彼女だけだった。
もう魂をとった後だから彼女には届くことはないけれど。
もう一度会うことができたなら僕は彼女にこう伝えたい。
“ 最後まで笑っていてくれてありがとう”
彼女の笑顔があったから僕は死神を辞める決心がついた。
僕もこれでようやく魂をとるという呪縛から解放される。
だから、もうこれで僕は深い眠りにつくことにする。

5/26/2025, 10:49:48 AM

『君の名前を呼んだ日』

最後に君の名前を呼んだのはいつだろう?
幼い頃は名前を呼ぶと嬉しそうに笑顔になる君が可愛くてつい何度も名前を呼んでいた。
そんな君に毎回と言っていいほど怒られていたっけ。
だけど、次第に大きくなるにつれて名前を呼ぶのが恥ずかしくなって名前を呼ばなくなった。いや、呼べなくなったの方が正しいのかもしれない。
周りの目も気になったし、思春期の俺が異性を名前で呼ぶことに抵抗があった。
その頃からだろうか?君の笑顔を見なくなったのは。
たまに笑いはするけれど、その笑いは本心から笑っている笑いでは無い気がする。
もう一度──────。
もう一度だけでいいから君の笑顔が見たい。
あれからまだ俺よりは小さいけれど背も伸びてあの頃よりも大人びた君の笑顔を僕は知らない。
だから、いつかまた俺が君の名前を呼べる時が来たらその時は笑ってくれるだろうか?
俺の心が大人になるその日まで。
君の本当の笑顔を見れる時まで。
君は本当の笑顔を僕のためにとっておいてくれるだろうか。

5/25/2025, 12:55:34 PM

『やさしい雨音』

君の声はやさしく降る雨のようだった。聞いていると自然と心が和らいでいくようなそんな声だった。でも、もう君の声を聞くことができなくなってしまった。
私の耳が使い物にならなくなってしまったから。君がいくら私に呼びかけようともその声は私に届くことはない。
私はいずれ全ての体の“ パーツ”を失うことになるだろう。耳が使い物にならなくなったから次は目かそれとも脚か。
君の声はもう私に届くことはないけれど君は私にある感情を教えてくれた。
“ 好き”という気持ちを。私の中になかった感情を教えてくれたのだ。
だから、私も好きという気持ちを君に伝えた。
そしたら君は嬉しそうに笑顔で微笑んでいた。
私には何がいいのか分からなかった。
だって、私は──────アンドロイドだから。
初めから感情なんてものは持ち合わせておらず、ただ実験のために造られた道具に過ぎなかった。
そんな私でも君に会って少しは道具ではなくなったと思う。
人間が持っている感情というものを知り、心というものを覚えた。
そんな私はもうすぐ廃棄されることになるだろう。
廃棄されることは怖くない。だって、また新しいアンドロイドが造られるから。
私が怖いと思うのは君に会えなくなること。
私の廃棄が決まった時、君は泣いていた。
私はそんな君を抱きしめてあげたかった。新しく覚えた動作だから。
でも、その頃には腕が動かなくなっていた。動作に支障が出ていた。
それでも君に会えて良かった。
君に会う前、私は雨というものが嫌いだった。体が濡れて不快だったから。
でも、君に会ってから君の声のようなやさしく降る雨を好きになった。
最後に君に会えて良かった。君そのもののような雨を好きになることが出来たのだから、案外この世界も悪くないと思えた。
“ ありがとう、またいつか君に会える時が来たらその時はアンドロイドではなく人間の姿で会いたいと願う”

5/24/2025, 12:09:23 PM

『歌』

私は変わらない毎日に退屈を感じていた。平日は朝起きて学校に行き、友達と会話し、勉強をして一日を終える。休日は特に用事のない日は家から出ない。そんな日々に退屈を感じてストレスが溜まっていた。
そんな時だった。彼と出会ったのは。
私が少しでも気分を変えようと散歩をしていた時、どこからか歌が聞こえた。その歌声はとても綺麗で透き通るような声だった。私はその声が聞こえる方に行ってみるとそこには整った顔立ちをした青年が立っていた。私と同い年くらいだろうか。
その時、私の気配に気づいたのか彼が振り向いた。彼が振り向くと同時に歌うのを止めてしまったので私は彼に素敵な歌だったからもう一度歌って欲しいと頼んだ。
最初は驚いていたけれど、意外にも彼は快く頷いてくれた。彼の歌声を聞くと、自然と退屈だった日々がどうでも良く感じた。それと同時に私の日々のストレスも緩和されていく感じがした。
それから私は彼の歌声を聞くのが日課になっていた。彼も歌うのは好きらしく、私が来るといつも曲のリクエストを聞いてくる。彼は音楽に精通している人なのか私のリクエストする曲はほぼ知っていたのですごいと思わず感心してしまった。
でも、毎日彼を見ていて分かったことがある。
私は毎回彼の歌を聞いたあと素直にすごいと感じたことを褒めるけどその度に彼は頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに笑うのだ。
私は褒められ慣れていないのかなと思ったけれど、彼は自分のことを何も話さないので私も別に根掘り葉掘り聞いたりしなかったし、私も色々聞かれたりするのは嫌な性分なのであんまり詮索しないことにした。
ただ、お互いに誰なのかが分からなくても不思議と恐怖を感じたりすることは無く、なんと言うか居心地が良かった。
彼の歌声を聞く時間が私は好きだ。
だから私はしばらくはこのままの関係でいたい。
歌で繋がっているこの不思議な関係のまま。

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