『歌』
私は変わらない毎日に退屈を感じていた。平日は朝起きて学校に行き、友達と会話し、勉強をして一日を終える。休日は特に用事のない日は家から出ない。そんな日々に退屈を感じてストレスが溜まっていた。
そんな時だった。彼と出会ったのは。
私が少しでも気分を変えようと散歩をしていた時、どこからか歌が聞こえた。その歌声はとても綺麗で透き通るような声だった。私はその声が聞こえる方に行ってみるとそこには整った顔立ちをした青年が立っていた。私と同い年くらいだろうか。
その時、私の気配に気づいたのか彼が振り向いた。彼が振り向くと同時に歌うのを止めてしまったので私は彼に素敵な歌だったからもう一度歌って欲しいと頼んだ。
最初は驚いていたけれど、意外にも彼は快く頷いてくれた。彼の歌声を聞くと、自然と退屈だった日々がどうでも良く感じた。それと同時に私の日々のストレスも緩和されていく感じがした。
それから私は彼の歌声を聞くのが日課になっていた。彼も歌うのは好きらしく、私が来るといつも曲のリクエストを聞いてくる。彼は音楽に精通している人なのか私のリクエストする曲はほぼ知っていたのですごいと思わず感心してしまった。
でも、毎日彼を見ていて分かったことがある。
私は毎回彼の歌を聞いたあと素直にすごいと感じたことを褒めるけどその度に彼は頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに笑うのだ。
私は褒められ慣れていないのかなと思ったけれど、彼は自分のことを何も話さないので私も別に根掘り葉掘り聞いたりしなかったし、私も色々聞かれたりするのは嫌な性分なのであんまり詮索しないことにした。
ただ、お互いに誰なのかが分からなくても不思議と恐怖を感じたりすることは無く、なんと言うか居心地が良かった。
彼の歌声を聞く時間が私は好きだ。
だから私はしばらくはこのままの関係でいたい。
歌で繋がっているこの不思議な関係のまま。
『そっと包み込んで』
僕は生まれつき声が出なかった。喋ることができないので会話をする時は筆談やスマホで文字を打って会話をしていた。
そんな僕には唯一楽しみなことがあった。それは毎日同じ時間の夕方頃に会う約束をしている近所の女の子との会話の時間だ。その子は数ヶ月くらい前にこっちに越してきてから歳が近かったためすぐに仲良くなった。
彼女は話す時、僕の返答が遅くても急かさずに待っていてくれるので話していてとても気が楽だった。
それから、数週間が経った頃、いつものように約束の時間帯にその場所に向かうと彼女が泣いていた。僕はどうしたのか理由を聞くと泣きながら彼女は「新しいクラスに馴染むことができないの·····」
と言った。
彼女はそのせいで友達が出来なくてずっと一人だと言って静かに泣いていた。
僕にはどうすることもできない。せめて、彼女を励ましてあげられる言葉を掛けられたら良かった。僕にはただ、文字だけの本当にそう思っているのか分からない言葉を伝えることしか出来なかった。僕も声が出れば彼女を苦しみから少しでも解放してあげられるかもしれないのに。
そう思っていた時、ふいに彼女が前に話していたことを思い出した。
“ 言葉で伝えるのが難しい時は動きで伝えるといいよ、例えば、泣いている子がいたら背中をさすってあげるとか”
前に初めて会った時に彼女から教えてもらった言葉だ。
僕が言葉で伝えることが難しい時があると相談したらそう教えてもらった。そうだ、動きで伝えればいいんだ。
そう思って僕は泣いている彼女の体をそっと自分の方に引き寄せた。
そして背中を優しくさすった。彼女は一瞬びっくりしていたがその後は静かに僕の中で泣いていた。
少しして泣き止んだ彼女は“ ありがとう”と言って優しく笑った。
僕は優しく笑う彼女の笑顔が好きだ。彼女が泣いていたらそっと包み込んであげたいし、彼女が笑ってくれるまでずっとそばにいたい。
僕が彼女の笑顔を守りたい。
そのために僕は彼女の傍で何があっても静かに寄り添っていたい。
『昨日と違う私』
“ 失敗”や“ 後悔”は生きていくうえで一生ついてくるものだ。過去に戻ってやり直したい程の失敗をしても明日が嫌になるほどの後悔をしても明日は何度でも来るし、過去に戻ってやり直すことは出来ない。
私もそうだった。中学生の頃に死にたくなるほどの失敗をしてしまったから。その勢いでつい、家でぽつりと“ 死にたい”と言ってしまった。そしたら、たまたまその時家にいた兄に聞かれてしまった。それを聞いた兄は私に何があったのか聞いてきたので私は失敗しちゃっただけだと言った。できることなら過去に戻ってやり直したいと思っていると。
私のその言葉に兄はこう言った。
「お前が何に対して失敗したのか俺は知らない。お前がそんなふうに言うほどの痛みが俺には分からない。でも、過去の出来事は過去でしかないんだ。どんなに後悔しても明日は来る。それなら明日から変わればいい」
『明日から?どういうこと?』
「昨日と違う自分をつくるんだ。昨日失敗したなら明日は少しでもマシだと思えるような自分になればいい」
兄はそう言って笑顔で笑った。その眩しいほどの笑顔に私の目に溜まっていた涙が一気に引っ込んだ。
さすがだなぁと思った。私と少ししか違わないのにその時の兄はすごく大人に見えた。
それから私は成長して社会人になった。まだ、時々嫌なことがあるとあの時の兄の言葉を思い出している。
私はこれからも“ 昨日と違う私”をつくりながら人生を歩んでいこうと思う。憂鬱な明日が少しでも輝ける日になることを願って。
『Sunrise』
幼なじみの彼女が突然、日の出を見たいと言い出した。僕はあまりに突然のことだったので頭の理解が追いつかない。僕は彼女になんで突然そんなことを思ったのか問うことにした。
『突然どうしたの?頭でも打った?』
「ちがうよ。ただ、まだ人生で一回も見たことないから見たいと思っただけ」
『なら家族とだって見に行けるだろ?どうしてわざわざ僕を誘う必要があるんだ?』
「あんたは物知りだから日の出の見えやすい場所くらい把握してると思って」
『今の時期じゃなきゃだめなの?』
「うん、だってもう少しで私ら卒業じゃん?私たちお互いに別々の大学行くし、幼なじみと言ってもいつ会えるか分からないでしょ?だから、その前に二人で思い出作ろうと思って」
そう言って彼女は恥ずかしそうに笑った。彼女の笑顔はいつも太陽みたいに眩しい。だから、時々目を背けたくなる。思わず自分の目に反射してしまう気がして。
『僕が太陽嫌いなの知ってるよね?』
そう、僕は昔から太陽が嫌いだった。何故かと言うと原因は僕の目にあるのだ。僕の目は普段は日本人にとっては普通の黒い目をしているのに太陽の光に照らされた時だけ、赤く光るのだ。
それを見た友達は皆、気味が悪いと僕から離れていってしまった。
だから、今は前髪を伸ばして最大限に目を隠している。
「それでもお願い。最後だから」
そう言う彼女に結局、根負けして僕たちは明日、日の出を見に行くことになった。
──────翌日。
朝早くに起きたせいでまだ、目が覚めない。家族を起こさないように家を出て、彼女と合流し、僕の知ってる日の出が一番見やすいと言う情報がある場所へと向かった。
意外と早く着いたつもりだったけど、日の出は直ぐに見ることが出来た。僕が日の出に見蕩れていると、彼女が突然言葉を発した。
「やっぱり、あんたの目綺麗だね」
僕は自分の目に対してあまり良く思っていないのでその彼女の言葉に思わず反論した。
『だから、僕の目はそんなに·····』
そんなに綺麗じゃないと言おうとした時、彼女の言葉が僕の言葉を遮った。
「今見てる日の出の空の色みたいだね、私この色好きなんだ」
そう言われて思わず、過去に一度だけこの目のことを好きだと言ってくれた子がいたことを思い出した。
僕がこの目のことで悪口を言われて泣いている時、彼女が現れたんだ。
どうして泣いているの?って聞かれたからこの目の色のことを話したら、とても素敵な目を持ったんだと言われた。
あの頃はどうしてこんな目のことを素敵だと言うのか分からなかったけれど今思えば、日の出のことを言っていたんだなと思った。
『·····ありがとな、この目のことをずっと好きでいてくれて』
「何言ってんの?嫌いになるわけないじゃん」
『はは、昔も今もお前に救われてばっかりだな。·····ちょっとはこの目のこと好きになれそうだ』
「それは良かった。なら、大学行くまでにその前髪切りな」
『気が向いたらな』
その後彼女と少し話をして帰路についた。
僕は未来に少し希望をもてた気がする。ずっとこの目を持って生きなければならないと考えると少し気が重かった。
でも、彼女のおかげで僕は前に進むことができる。
あの日の出の空の色のような目を持てて良かったと思えた。
今日見た日の出と彼女に感謝しながら生きていこうと思う。
『空に溶ける』
ある日突然、彼氏が病気になった。何ヶ月か前から急に体調を崩してしまい、そのままよくならなかったため一応病院で検査を受けた。
そしたら、がんが見つかった。
そのがんは手術によっても取り除ける可能性のあるものだったらしいけど、がんが見つかった時はもうかなり進行していて手遅れだった。医師からは手の施しようがないとまで言われてただ病気が進行するのを待つ日々だった。
がんが見つかってから、彼は日に日にやつれていった。私はそんな彼を心配していた。でも、どれだけ大丈夫?と聞いても彼は笑顔でただ大丈夫とだけ答えた。
彼が笑顔でいたのは、私を心配させないためだろう。彼の方が病気で辛いはずなのにそんな素振りは一切見せなかった。
そんな時、彼の体調がまた悪くなった。医師が言うには病気が前よりかなり進行してきているらしい。長くても1ヶ月持つかどうかと言われた。
私は彼との別れが寂しくなった。とうとう余命宣告をされたのだから。だから、そんな彼に涙ながらに言ってしまった。
「私、あなたがいないと無理·····。生きていくのが怖い·····生きていけるのすら分からない·····」
弱音を吐くまいとしていたのに。耐えられなかった。私には彼のいない世界が想像出来なかった。
数年という短い間でも彼と一緒に過ごしてきた時間はどんなものより変え難いから。
そんな私を見て彼は少し困ったように笑うといきなりこんな話をしだした。
『ねぇ、僕たちが初めて会った日覚えてる?』
彼の話す話がいきなり過ぎて思わず涙が引っ込んだ。
「もちろん、今日みたいな雲ひとつなく晴れてた日だったよね」
『そう、そしたら僕、初めて会った日、君にすごいこと言われたんだよ』
そう、確かあの日彼に言った言葉は“ あなたの髪の色って今日の青空をそのまま溶かしたような色だから何処にいても見つけられそうですね”って言った。
そんなことを覚えててくれてたのか。私が感心していると彼が話を続ける。
『だからさ、君が僕に会いたいって思った時は、空を見上げてみて』
「空を?どうして?」
『僕はずっと空から君を見てるから、たとえ見えなくてもきっと目は合っていると思うよ。それに
·····』
“ 何処にいても見つけられるんでしょ?”
彼のその言葉を聞いて自然と涙が溢れた。彼はきっと自分が空に溶けて私のことをずっと見守っているからって言う意味で話をしたのだと思った。
だから、自分に会いたくなった時、空を見て思い出せってこと?
会えないなら意味ないのに…。でも、会いたくても会えないのは彼も一緒なのだ。
彼はこんな時でも私を元気づけてくれるのだ。
やっぱり、彼のことが好きだなぁ〜と改めて思う。
だから、そんな彼に今度は私が言葉をかけてあげる番。
「じゃあ、あなたは私に会いたいと思ったら上じゃなくて下を見て、地上だけどきっと目が合うと思う」
『じゃあ、永遠の約束だね。お互いに会いたくなったら、僕は君がいる下を見る』
「私はあなたがいる上を見る」
そう言って二人で最後の指切りげんまんをした。
“ 永遠”というのが少し悲しくなったけど、彼はいずれ空に溶けて居なくなる。
そうしたら、もう会うことも出来なくなるけれど大丈夫。
私にはこの永遠の約束がある。たとえ、あなたが空に溶けて見えなくなっても必ず見つけ出すから。