かじかんだ指先がいつの日か、脆い氷のようにボロボロと壊れてしまうんじゃないだろうか、と。
実際にそんなことは起こるわけないと分かってはいながらも、乾ききって氷のように冷えた手をそのままにしておくのも何だか嫌で、たまたま立ち寄った雑貨屋で手袋を買ってみた。息を白くしながら手を通すと、これは確かに風が直接当たらずに以前のように直ぐに指先から冷えていく感覚がない。
それでも、自ら熱を生み出すことが苦手な私ではその小さな温もりでは足りなくて。いつの日か大切な誰かが貸してくれた、くたびれつつも暖かい体温の籠った手袋の温もりを思い浮かべては「こんなもんか」と白く冷めた息を静かな街へと投げ出すのだった。
なにか根拠があるわけでは無いけれど。
なにか理由があるわけでもないのだけれど。
この手を離してしまえば最後、もう貴方の笑顔をこうして見ることは出来ないのだと。私はそれを知っていた。
微かに伝わる温もり。手放す勇気のない私。
僅かな吐息が木霊する2人きりの小さな世界で、私は言葉を必死に探す。
これから背を向けて前に進む貴方に何を言ったらいいのか。これから見つける私の言葉は、貴方にとって、はなむけの言葉となって貴方の背中を押せるのか、呪いとなって貴方にしがみついてしまうのか。
刹那、視線がかちあう。穏やかでいて優しい色をしたその瞳は、いつもの貴方で。溢れ出す想いがそのまま口から零れてしまうのだ。
“ さよならは言わないで”
きっと、いつかまた。
光も届かないほどに分厚い雨雲。
僅かながらの太陽の温もりさえも奪う天。
なんて意地が悪いんだろうと睨みつける。
しかしながら、そんな行動になんの意味があるわけもなく。
ただ、ただ。無慈悲に降り注ぐ冷たい冷水が顔を落ちるばかりであった。
私が此処で立ち止まろうとも、時間は止まってくれはしないのに。私が此処で涙しようとも、誰かが気づいてくれるわけでもないのに。こみ上げてくる曇天よりも真っ黒な感情、これを抑える術など知らない私は、ただひとり。唇をかみ締めながら、静かに雨に打たれるばかりだった。
ばちゃばちゃと耳障りな程に煩く地面を叩く雨の音。コンクリートの上に荒々しい波紋が無限に生み出されていく。その足元にぽつり、落っこちていた小さなうさぎのぬいぐるみのキーホルダーにふと気がついた。
そっとすくえば、濁った水がぼたぼたと指の隙間からこぼれていく。元来柔らかかったのだろう毛を黒く汚して、びっちょりと水を含んでいる。その子の頭で、本来はくっついているはずのボールチェーンが外れてしまっていた。
「……君も、泣いてるの?」
当然返事などあるわけないのだけれど、何故かその誰のものかすら知らない可哀想なぬいぐるみが、私の心に小さな小さな傘をさしてくれた気がしたのだった。
“ 泣かないで”
乾いた葉残が
廃れた道路の上を吹き抜けたから風に
音すら無くして散らされる。
行き交う人々は
皆、厚着に身を包み
まるで寒さなど知らないようだと
その足取りを見送った。
見上げた木々の彩は
まだ失われてはないようで。
黄金を纏うその様に
なんだ、まだ冬は来ていないのか、と
小さな姿は小道へと静かに踵を返すのだった。
長年、読み続けていた物語の結末に、ほっと胸を撫で下ろしながらその背表紙を閉じたことはありませんか?
知らぬうちに待望していたハッピーエンド。
幸せそうに破顔する主人公の様子に嗚呼、良かった。嗚呼、めでたい。そうして閉じられた幕に安堵しながら本を閉じる。
そんな時、ふと、気づいたのです。
“ 物語”はここで終わったのだけれど、この物語の中にいる彼らの“人生”や“世界”はここで終わりではないのだと。
文字や絵で綴られる物語は、1部の視点や時間を切り取られている限られた世界にすぎない。そんな小さな世界を、私たちはひとつの完結された物語としてみている。
物語の始まる前の語られなかった過去。物語の終幕した後の驚くような未来。フォーカスされることのなかった隠された物語の裏側。 私たちが見ている限られた枠組みの外側を是非想像して見てほしいのです。
見えないものだと終わらせないで、想像に過ぎないと切り捨てないで。想像で広げられた世界はきっと、貴方の大きな糧となるはずです。