鏡が1面割れた。
僕を囲む四面の大きな鏡。そこに僕は写っていない。映るのはどこかの景気。今映っていたのは白い景色。天から白が舞い降りて山や街を支配しようとする。そんな景色だった。
鏡が1面割れた。
ヒビが入ってだんだんと崩れていった。1面が崩れると他の鏡にも景色が映らなくなる。そして、ここから開放されるには今鏡が1面無くなったこの瞬間だけだ。またすぐに新しい鏡ができて新しい景色を映し出す。だが、僕はここからずっと逃げないでいる。
鏡が割れるとそこから光が指す。まるで天国への道しるべのように。きっとその光を追えば天へとたどり着くのだろう。だが、行かない。
天への道しるべの光は鏡に反射して僕は焼ける程の熱を感じる。そして鏡が再生して次の景色を映し出す。僕はこの時が愉快でたまらないのだ。
ずっと同じ場所にいればここがどんな場所なのか分からなくなってしまう。
頭上には熱帯魚がゆくあてもなく自由に泳いでいる。あまりにも色が多いものだから僕は下を見た。ところが下にも鮮やかな鳥が飛んでいるではないか。僕は暗闇を求めて目を瞑った。
ここはどこだったっけ
考えても分からない。全ての色と全ての生き物がいる。海か空か、はたまた陸か。場所は分からないが僕はずっと自由だ。あまりにも自由なものだから、魚を捕まえて鳥に喰わせてやる。そしてその鳥を大きな魚に喰わせる。そんな遊びを繰り返す。
冷たいも暖かいもここにある。だからこんなに生ぬるい。
その大きな木は毎日変化を楽しんだ。
森の奥には不思議な木がある。毎日姿を変える洒落た木だ。夏のある日にその木を見れば優しい桜が咲いている。春は紅葉冬には青葉が。何にも囚われていないその木が僕は少し羨ましかった。
ある日その木をおとずれたら見たことの無い姿になっていた。健康的なほど鮮やかな青い葉に黄色の大きな実。なんだか美味しそうだった。
だから僕はその実をひとつ取って齧ってしまった。
味より先に匂いが伝わってきた。言葉で言い表せないような清々しくどこか独特な匂い。それには人を惹きつける力があるような気がした。
そう感じたのも束の間。激しい苦しみが僕を襲った。匂いが濃くなるにつれて苦しみは増していった。
そして僕は黄色い果実の匂いに包まれて死んだ。
木はそれ以来姿を変えることはなかった。
大空が落ちてきた。僕は潰れた。
僕が作った世界は狭いがとても美しい。人間はいなくて不思議で愛らしい生き物が沢山いる。建物もひとつ大きな僕の屋敷があるだけ。毎日本を読んだり生き物と遊んだりして暮らした。
そしてこの世界で唯一大きなもの。それは空だった。どこまでも遠く手が届かぬ空は神秘的であった。
だが、ある日空が落ちてきた。遠くどこまでも続くと思っていた空はただの屋根に過ぎなかった。そして生き物達も死んでいった。辺りはもう原型を留めていない。空が降ってくる。不思議と上を向く気にはならなかった。
ああ、誰かが僕の大空を、広大な夢を壊していく。
僕の頭上には大空があった。
目の前では残虐な光景が広がっている。
異型の化け物共が人間を襲っている。広がっていく数多の血はベタベタに塗りたくらりた幼児の絵のようで現実味がなかった。だが、聞こえてくる泣き叫ぶ声がそれを現実だと僕に知らせる。化け物は愉快そうに残虐を繰り返す。
僕はそれを1人で眺めていた。化け物は僕を無視して通り過ぎていく。なぜ、僕だけ襲わないんだ。
時が過ぎ、人は誰もいなくなった。僕だけが死体の山を眺めていた。
あれはきっと悪魔だ。どうも頭がいいらしい。