「僕なんか」
その言葉が口癖になる理由は、人生のどこまで遡ればわかるのだろうか
「僕なんか」
そうは言っても、他人に愛されたことがないわけでも、認められたことがないわけでもない
それなのに出てくる言葉は
「僕なんか」
「僕なんか」
「僕なんか」
黒い雲が立ち込めていくような感覚に、呟く度に襲われていく
「僕なんか、僕なんか、僕なんか、僕なんか………」
「僕なんか、誰も気にしてないんだから、好きにやっていいんじゃない?」
ぽとり、と黒い雲から一粒落ちてきたようなそれは、天啓か、僕の心からあふれたなにかだろうか
お題「雫」
私たちがいつから一緒にいたのか
もう貴方は覚えていないのかもしれませんね
否、知りもしないのかもしれません
それでも
私たちは貴方の健やかな成長を見守ってきました
「ただいまー!っと、もう、お邪魔します、か」
「はい、おかえりなさい。別にいいんじゃない、ただいまで」
「嫁に行ったって感じも、3ヶ月じゃそんなにないしねぇ…って、あれ、ひな人形、今年も出してたの?」
「あぁ、お母さん好きなのよ、おひなさま」
「いや、それは知ってるけどさぁ…」
「なによー、文句あるなら嫁入り道具に持っていく?2体だけなんだし」
「そ、それは置き場所が…あー、まぁ、いっか。…君たちもずっと仕舞われてるよりいいよね。けど、母さん、4月まで出してるのはどうかと思うよ?」
「そうねぇ、今度は兜を出さないとねぇ」
貴方が嫁に行こうと、
お題「誰よりも、ずっと」
「…うさぎ?」
通勤ラッシュ終わりかけの駅のホームで拾ったのは、ボールチェーンのついたうさぎのぬいぐるみ。
黒いアスファルトのホームに、白っぽいピンクの色は映えるというのか、とりあえず目立っていた。
にも関わらず、目的地に行くのに忙しいサラリーマン、OLには見向きもされなかったようで、11時勤務開始のバイトの俺に時差で拾われてしまった、というわけだ。
そのうさぎは有名なテーマパークのキャラクター…だったと思うのだが、彼女いない歴イコール年齢プラステーマパークに興味のない俺には、キャラの名前までは思い出せない。
「だいぶ年季入ってんなぁ」
改めて見ると、俺が知ってるそのキャラクターよりも、体はほっそりとなり、色もくすんでいる。
正直、小汚いシロモノだった。
「あの、それ…」
「え?」
しげしげとうさぎを眺めていたら、駅員のお姉さんに話しかけられた。
「あ、申し訳ありません、突然」
「あー、いえいえ」
「そのうさぎさん、私が知ってるお客様のものだと思うんです」
駅員さん曰く、そのお客様は通勤ラッシュの時間帯に大人にまじって、ランドセルに制服で通学している小学生の女の子だという。
「私もそのキャラクターが好きなので、つい目で追っちゃってたんですよね」
「あー、なるほど」
「よろしければ、私が窓口まで持っていきますよ」
「あ、じゃあ、お願いします」
「はい、お預かりします」
受け取った駅員さんが、えらく優しい目でうさぎを見てるな、と思ったが、去り際にさらにうさぎに話しかけているのを聞いてしまった。
「こんなに長く大事にしてくれる子のところに行けて、良かったね」
なんの思い入れもない俺からすれば「小汚いシロモノ」でも、持ち主やキャラを愛する人からすれば、また違うものになる。
「…俺にもなんかあんのかなぁ、そういうもの」
改札を出ると、「さくらまつり」という横断幕の桜の写真に目をひかれた。
「春だし…探してみるかな…」
お題「大切なもの」
「あの、落としましたよ。」
背後から突然、若い女性にこう声を掛けられた。
カギかな?音はしなかったけど、と思いながら、「え…あ、あぁ…すみません。」と、反射的にペコペコと頭を下げてしまう。
2ヶ月も前に退職したとはいえ、長年の営業職のクセが残ってしまっているようだ。
しかし、「はい。」と、彼女が差し出した手のひらの上には…何もなかった。
「…えっ?あの、僕、何を…」
「最近、時間が止まったように感じていらっしゃいませんか?」
「…え?」
何を言っているんだろうと、彼女の顔を見ると、真っ直ぐに僕の目を射抜いていた。
「止まったというより、なんとなく張り合いもなく、ただ一日が過ぎていく、が正しいかしら。」
「あ、あの…」
「仕方ないわ、あなたからは失われているもの、大事なものが。」
「は、はぁ…」
なんだ、突然のファンタジー設定か?
「だから、はい。」
そう言って彼女は自分の手を、僕の胸に当てた。
「あ、あの、どういう!?」
「…大丈夫、あなたはまだ動けるわ。ちょっとお休みしているだけ。ほら、聞こえるでしょう?リズムを刻み続ける鼓動の音が…」
「あ、あの…」
「うん、もう大丈夫。時を刻み出した。」
「え?」
「それじゃあ。」
な、なんだったんだよ…。
唖然としながら、去っていく彼女の背中を見つめていると、ポケットの中のスマートフォンが振動した。
「メッセージ…いや、電話?」
珍しいと思いながら通話ボタンを押すと、先に辞めた先輩から、「フラフラしてると聞いたが、暇ならうちで働かないか。」という内容だった。
「あ…ありがとうございます!」
「お前さ、なんかやってないとダメになるタイプだろ?しかも、自分のことよりも他人のために。」
「え、あ…そう、なんですかね…。」
「自覚なかったのかよ。まぁ、そこも含めてお前の良いところだからさ。そんなお前とまた仕事したいと思ったんだよ。」
「あ、ありがとうございます…。」
さっきの彼女が、本当に何かしたのだろうか。
わからないけれど、何かが動いた。
それは事実…そんな気がした。
「彼、ちゃんと動いたみたい。良かった。」
「さっすが、うちの占い館No.1ですね!アタシも見習わなくっちゃ。「見習い」だけに、なーんてね!」
「たまたま見えただけよ、彼の中の、止まった時計が。それに少し、力を込めただけ。それと…昔、少しお世話になったお礼がしたかったの。」
この町に越してきたとき、部屋を探すのを手伝ってくれたのが、不動産屋に勤めていた彼だった。
そのときは本当に楽しそうに仕事をしていたのに、今日の彼は生気がなくて…思わず、力を使ってしまった。
「あーあ、少女マンガとかドラマなら、ここから恋愛に発展するんだけどなー。そういう気配はないんですか!?」
「そ、それは私にもわからないわよ!」
「ふふ、顔真っ赤ですよー。」
「…っ、もう!」
お題「時計の針」
「なんか…疲れてる気がするな。」
きっかけはそんなもの。
「ジドウジンセイソウダンシステムニ、ヨウコソ
200エンヲ、オイレクダサイ」
「ソレデハ、アナタノゲンジョウヲ、オシエテクダサイ」
・年の離れた旦那と二人暮し
・子供はいない
・仕事は週4日
・先日、転職が決まり、今は転職先の勤務開始日まで自由な時間を過ごしている
・給料は自分で自由にできる
「デハ、シアワセナコトハ、ナンデスカ」
・好きな人が隣にいてくれること
・お金が自由に使えること
・衣食住に不自由せずに暮らせていること
・遊んでくれる友達がいること
・両親が元気なこと
「デハ、フシアワセナコトハ、ナンデスカ」
入力する手が、止まる。
「フシアワセな、こと?」
フシアワセ…ふしあわせ…不幸せ………あれ?
自分の口ぐせを思い出すと「料理を作らなきゃいけない」とか「掃除が全部私任せになってる」とか、不満に感じることはよく出てくるけど、不幸せなことって…何も、浮かばない?
「あれ…私…もしかして…?」
入力がなかったからなのか、もう一度同じ質問が流れる。
「デハ、フシアワセナコトハ、ナンデスカ」
・特になし
「ソレデハ、アナタハ、シアワセデスネ
ヒキツヅキ、シアワセナジンセイヲ、オスゴシクダサイ」
「幸せな人生…」
硬貨を求める最初の画面を見つめながら、私はその言葉を噛み締める。
「そうか、私、客観的にみたら、幸せなんだ。」
たかがシステムの回答だ。
しかも、気まぐれで200円硬貨を入れただけ。
回答内容もAIが発達したこの時代に、カタカナ表記の定型文のみ。
「…そうか、私、幸せなんだ…幸せ、なんだね。」
何故か、少しの涙が頬を伝った。
お題「溢れる気持ち」