Keito

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1/8/2025, 1:10:29 PM

『オフィス街』『昼休み』『町中華』
なんて3コンボが決まった店では、小さい机の向かいに座った相手との会話すらままならない。

店員を呼ぶ客の声、客から注文を取る店員の声、店員のオーダーを上手く聞き取れなくて聞き返す厨房の声…。
もうとにかく音が雑多に聞こえまくる状況だ。

そんな状況の中でも、僕はその音だけ、しっかりと聞こえてしまう。

ラーメンをすすろうとした社会人3年目の僕の手は、3回目のその音で、空中に止まった。
「…あの、ずっと鳴ってるこの音、気にならないですか?」
少し普段より大きめの声で話しかける。
チャーハンをまさに口に入れようとしていた向かいに座る定年まであと数年の上司は、手を止め、小首を傾げた。
「この音?」
「…この音です。」
なんのことだ?とばかりに軽く上を見上げ、キョロキョロするものの、特に気になる音はないらしい。
「…電話の音です。電話がかかってきてる音。」
店の入口に置かれた固定電話は、すでに10回以上鳴っていた。
「…あれが気になるのか?」
「めちゃくちゃ…。」
「取らなきゃいけない気持ちになるってことか?」
「えぇ、はい…。昔、コールセンターでバイトしてたからなのか、新人のときに教育されたからなのか、わかんないんですけど…。
自分に関係ないとわかってても、取らなきゃ、って思っちゃうんですよね。」
「そりゃ、大変だな。」
「大変…ではないですけど…。」
「大変だろう。いちいち飯を食う手も止まるし、誰かが取るまでずっとソワソワしちまうってことだろう。」
「えぇ、まぁ…。」
「…優しいんだなぁ、お前さんは。」
「え?」
突然の言葉に思わず箸を落としそうになる。
「だってそうだろうよ。普通ならよ、関係ねぇことには気づきもしないもんだ。でもお前さんは、関係なくても気づいて、気にかけている。」
「そ、そうなんでしょうか。」
上司はにっかりと笑って、さらに言葉を続けた。
「でなけりゃ、俺みたいな出世街道外れて、定年までのらりくらりやってこうとしてるお荷物を、昼飯に誘いやしねぇよ。」
「!?そ、そんなつもりはないですよ!いつも面倒を見てもらっているので、めちゃくちゃ感謝はしていますが!!!」
「ははっ、わかってるよ。その優しさがお前さんの良いところだと思うって話よ。」
「あ、ありがとうございます…で合ってますかね…?」
「合ってるよ。けど、その優しさ、使いすぎないようにしろよ。疲れちまうからよ。」
「は、はぁ…。」
「ほら!ラーメン食え!のびるぞ。」
言われてワタワタと食べ始めると、もう電話の音は鳴りやんでいた。
「やれることは、やれるやつに任せとけ。」
チャーハンを食べながら、ボソッと上司が呟いた言葉は、これからの僕にとって大事な言葉になる気がした。

お題「Ring-Ring」

1/7/2025, 3:58:07 PM

「ぐっ…っ!………チャリがっ………進まねぇっ!!!」

と、ドラマのワンシーンかマンガの見開きページかのように大声で叫びたい衝動に駆られたが、ここは現実。
「ぐっ…っ!」までは声に出したが、「チャリが………」以降は心の中の呟きに留めた。
「声に出さなかった、俺えらい」まで含めて。

しかし、本当に進まない。
力いっぱい踏み込んでも、進む距離は普段の半分以下…。
30代にさしかかり、体力の衰えが入ってきている可能性も否めないが、なにより風が強すぎる。

「もう歩いた方がいいんじゃないか?」
という声がどこからか聞こえてきそうだが、だがしかし。
俺は、知っているのだ。

「もうっ…ちょいっ!」

また心の中で呟きながら、横道に入る角を曲がり、さらにマンションの方向、つまり、さっきの道と反対向きになる角を曲がれば…

「う、うわぁっ!?」

予想通りとはいえ、背中からもろに風を受け、思わず声が出た。

自転車は俺が漕がなくても、どんどん進んでくれる。
さしずめ天然のジェットコースター状態だ。

「ははっ、たーのしぃー」

意図せず、またも声に出してしまった。
いくつになっても、楽しいものは楽しい。
そう感じられる自分に「若いなぁ」と思いつつ、「少しは自分で進まないとな」と、小さく呟き、軽くペダルを踏み込んだ。

お題「追い風」





4/21/2024, 4:13:11 PM

「僕なんか」

その言葉が口癖になる理由は、人生のどこまで遡ればわかるのだろうか

「僕なんか」

そうは言っても、他人に愛されたことがないわけでも、認められたことがないわけでもない

それなのに出てくる言葉は

「僕なんか」

「僕なんか」

「僕なんか」

黒い雲が立ち込めていくような感覚に、呟く度に襲われていく

「僕なんか、僕なんか、僕なんか、僕なんか………」





「僕なんか、誰も気にしてないんだから、好きにやっていいんじゃない?」

ぽとり、と黒い雲から一粒落ちてきたようなそれは、天啓か、僕の心からあふれたなにかだろうか

お題「雫」

4/9/2024, 2:12:23 PM

私たちがいつから一緒にいたのか
もう貴方は覚えていないのかもしれませんね

否、知りもしないのかもしれません

それでも
私たちは貴方の健やかな成長を見守ってきました

「ただいまー!っと、もう、お邪魔します、か」
「はい、おかえりなさい。別にいいんじゃない、ただいまで」
「嫁に行ったって感じも、3ヶ月じゃそんなにないしねぇ…って、あれ、ひな人形、今年も出してたの?」
「あぁ、お母さん好きなのよ、おひなさま」
「いや、それは知ってるけどさぁ…」
「なによー、文句あるなら嫁入り道具に持っていく?2体だけなんだし」
「そ、それは置き場所が…あー、まぁ、いっか。…君たちもずっと仕舞われてるよりいいよね。けど、母さん、4月まで出してるのはどうかと思うよ?」
「そうねぇ、今度は兜を出さないとねぇ」

貴方が嫁に行こうと、

お題「誰よりも、ずっと」

4/3/2024, 9:41:36 AM

「…うさぎ?」

通勤ラッシュ終わりかけの駅のホームで拾ったのは、ボールチェーンのついたうさぎのぬいぐるみ。
黒いアスファルトのホームに、白っぽいピンクの色は映えるというのか、とりあえず目立っていた。
にも関わらず、目的地に行くのに忙しいサラリーマン、OLには見向きもされなかったようで、11時勤務開始のバイトの俺に時差で拾われてしまった、というわけだ。

そのうさぎは有名なテーマパークのキャラクター…だったと思うのだが、彼女いない歴イコール年齢プラステーマパークに興味のない俺には、キャラの名前までは思い出せない。

「だいぶ年季入ってんなぁ」

改めて見ると、俺が知ってるそのキャラクターよりも、体はほっそりとなり、色もくすんでいる。
正直、小汚いシロモノだった。

「あの、それ…」
「え?」
しげしげとうさぎを眺めていたら、駅員のお姉さんに話しかけられた。
「あ、申し訳ありません、突然」
「あー、いえいえ」
「そのうさぎさん、私が知ってるお客様のものだと思うんです」
駅員さん曰く、そのお客様は通勤ラッシュの時間帯に大人にまじって、ランドセルに制服で通学している小学生の女の子だという。
「私もそのキャラクターが好きなので、つい目で追っちゃってたんですよね」
「あー、なるほど」
「よろしければ、私が窓口まで持っていきますよ」
「あ、じゃあ、お願いします」
「はい、お預かりします」

受け取った駅員さんが、えらく優しい目でうさぎを見てるな、と思ったが、去り際にさらにうさぎに話しかけているのを聞いてしまった。
「こんなに長く大事にしてくれる子のところに行けて、良かったね」



なんの思い入れもない俺からすれば「小汚いシロモノ」でも、持ち主やキャラを愛する人からすれば、また違うものになる。

「…俺にもなんかあんのかなぁ、そういうもの」

改札を出ると、「さくらまつり」という横断幕の桜の写真に目をひかれた。
「春だし…探してみるかな…」

お題「大切なもの」

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