「…うさぎ?」
通勤ラッシュ終わりかけの駅のホームで拾ったのは、ボールチェーンのついたうさぎのぬいぐるみ。
黒いアスファルトのホームに、白っぽいピンクの色は映えるというのか、とりあえず目立っていた。
にも関わらず、目的地に行くのに忙しいサラリーマン、OLには見向きもされなかったようで、11時勤務開始のバイトの俺に時差で拾われてしまった、というわけだ。
そのうさぎは有名なテーマパークのキャラクター…だったと思うのだが、彼女いない歴イコール年齢プラステーマパークに興味のない俺には、キャラの名前までは思い出せない。
「だいぶ年季入ってんなぁ」
改めて見ると、俺が知ってるそのキャラクターよりも、体はほっそりとなり、色もくすんでいる。
正直、小汚いシロモノだった。
「あの、それ…」
「え?」
しげしげとうさぎを眺めていたら、駅員のお姉さんに話しかけられた。
「あ、申し訳ありません、突然」
「あー、いえいえ」
「そのうさぎさん、私が知ってるお客様のものだと思うんです」
駅員さん曰く、そのお客様は通勤ラッシュの時間帯に大人にまじって、ランドセルに制服で通学している小学生の女の子だという。
「私もそのキャラクターが好きなので、つい目で追っちゃってたんですよね」
「あー、なるほど」
「よろしければ、私が窓口まで持っていきますよ」
「あ、じゃあ、お願いします」
「はい、お預かりします」
受け取った駅員さんが、えらく優しい目でうさぎを見てるな、と思ったが、去り際にさらにうさぎに話しかけているのを聞いてしまった。
「こんなに長く大事にしてくれる子のところに行けて、良かったね」
なんの思い入れもない俺からすれば「小汚いシロモノ」でも、持ち主やキャラを愛する人からすれば、また違うものになる。
「…俺にもなんかあんのかなぁ、そういうもの」
改札を出ると、「さくらまつり」という横断幕の桜の写真に目をひかれた。
「春だし…探してみるかな…」
お題「大切なもの」
4/3/2024, 9:41:36 AM