『オフィス街』『昼休み』『町中華』
なんて3コンボが決まった店では、小さい机の向かいに座った相手との会話すらままならない。
店員を呼ぶ客の声、客から注文を取る店員の声、店員のオーダーを上手く聞き取れなくて聞き返す厨房の声…。
もうとにかく音が雑多に聞こえまくる状況だ。
そんな状況の中でも、僕はその音だけ、しっかりと聞こえてしまう。
ラーメンをすすろうとした社会人3年目の僕の手は、3回目のその音で、空中に止まった。
「…あの、ずっと鳴ってるこの音、気にならないですか?」
少し普段より大きめの声で話しかける。
チャーハンをまさに口に入れようとしていた向かいに座る定年まであと数年の上司は、手を止め、小首を傾げた。
「この音?」
「…この音です。」
なんのことだ?とばかりに軽く上を見上げ、キョロキョロするものの、特に気になる音はないらしい。
「…電話の音です。電話がかかってきてる音。」
店の入口に置かれた固定電話は、すでに10回以上鳴っていた。
「…あれが気になるのか?」
「めちゃくちゃ…。」
「取らなきゃいけない気持ちになるってことか?」
「えぇ、はい…。昔、コールセンターでバイトしてたからなのか、新人のときに教育されたからなのか、わかんないんですけど…。
自分に関係ないとわかってても、取らなきゃ、って思っちゃうんですよね。」
「そりゃ、大変だな。」
「大変…ではないですけど…。」
「大変だろう。いちいち飯を食う手も止まるし、誰かが取るまでずっとソワソワしちまうってことだろう。」
「えぇ、まぁ…。」
「…優しいんだなぁ、お前さんは。」
「え?」
突然の言葉に思わず箸を落としそうになる。
「だってそうだろうよ。普通ならよ、関係ねぇことには気づきもしないもんだ。でもお前さんは、関係なくても気づいて、気にかけている。」
「そ、そうなんでしょうか。」
上司はにっかりと笑って、さらに言葉を続けた。
「でなけりゃ、俺みたいな出世街道外れて、定年までのらりくらりやってこうとしてるお荷物を、昼飯に誘いやしねぇよ。」
「!?そ、そんなつもりはないですよ!いつも面倒を見てもらっているので、めちゃくちゃ感謝はしていますが!!!」
「ははっ、わかってるよ。その優しさがお前さんの良いところだと思うって話よ。」
「あ、ありがとうございます…で合ってますかね…?」
「合ってるよ。けど、その優しさ、使いすぎないようにしろよ。疲れちまうからよ。」
「は、はぁ…。」
「ほら!ラーメン食え!のびるぞ。」
言われてワタワタと食べ始めると、もう電話の音は鳴りやんでいた。
「やれることは、やれるやつに任せとけ。」
チャーハンを食べながら、ボソッと上司が呟いた言葉は、これからの僕にとって大事な言葉になる気がした。
お題「Ring-Ring」
1/8/2025, 1:10:29 PM