俺は弾力のある雪の上を孤独に歩いていた。
ひどく腹が減っていて、まあ言ってしまえば"遭難"しているわけだ。登山途中に吹雪かれたわけでもなければ、そもそも山には登るつもりはなかった。
ただ引っ越し先で、道も分からないのに一服しようと車を降りて、軽装で林に寄り道したのがいけなかった。辺りの樹がみんな同じような見た目をしているせいで、記憶力には自信があったのに来た方面が分からなくなってしまったのだ。
かつて冒険少年と叱られたくらいには、見知らぬ場所の探索なんて好きだったから、その時も全く焦ることなく、適当に面白そうなものを探した。
雪がチラついていたが、ライターがあれば大丈夫だと理由もなく確信していた。
少し歩いてみると、小さな小さな足跡を見つけた。俺は最高に気分が上がって、夢中でその跡を追いかけた。
進めば進むほど雪は強くなり、傾斜はキツくなった。
さすがにまずいかと思って、引き返すことも考えたが、振り返ると俺の足跡はほとんど消えていたので諦めることにした。
それどころか、消えてない足跡の主が相当近くにいるのだと気づいて、一層興奮した。
林の入り組む場所に着くと、中心の大木の木陰から小さな2つの目がこちらを見ていた。
狐や子猫を期待していたが、焦げ茶の入り交じったそいつはあまりにもふもふでどう見ても小動物とは言えなかった。
しまった、こいつはやられた。
頭上の緑の葉っぱを見て思った。
思いっきり化かされた。
別にお金を取られた訳でもないが、俺はなんだか悔しかった。
近づこうと1歩を踏み出した途端にものすごいスピードで逃げ出してしまった。
ここまで追ってきておいてなんだが、これ以上追いかけても野暮である。それにもうその体力もない。
ゆっくりと大木に寄って、去り際に奴が落とした白い地面に良く目立つ食べかけの真っ赤なリンゴを齧った。静かな林にサクサクと音が響いて、口内に冷たさが広がった。
その場で木に腰をかけて思う。
そういえば帰り道分からなくなったんだった。
普通列車を下りた途端に雨が降り出した。
東京から遥々故郷に帰ってきたのは3年ぶりだった。
その親不孝を叱っているのだろうか。
しかし怒られたって構わない。
私には行くべきところがある。親の元より先に。
ピンクのスーツケースを人通りのない道の脇において、ゆっくり山を登り始めた。
高校を卒業してから間違えなく体力は落ちていたが、夢にも思える素敵な記憶が私を何とか導いてくれた。
ずっと前の話。
秘密基地には等身大の鏡が置いてあった。
やることが無い日はせっせと集まって、その鏡の前で点呼をとっていた。
今はもうそのうちの誰とも連絡をとってはいないが、ここに訪れることなくして東京には帰れない。
そう確信していた。
歩幅は大きくなったはずなのに、緩い傾斜があの頃よりもキツくてなかなか進めなかった。
なんと言っても雨で地面が滑るのが鬱陶しい。
足は重くなる一方だったが、東京で精神を擦り減らす日々を思えばなんてことなかった。
狭い狭い道が開けると、特段光の当たる場所があった。雨は依然として降っていたが、光の差す場で粒など見えはしなかった。
長い間、誰も訪れていなかったのだろう。草丈だけは自分より大きくて、その他は、土管も銀バケツもスクーターもミニチュアみたいに小さくて、褐色に錆びていた。
魂ともいえる鏡には大きなヒビが入っていた。
恐る恐る近づくときに足元で小枝がパキパキと割れる音がした。一層雨音が強くなったので、この雨が通り雨であることを願った。
水滴まみれのぐしゃぐしゃの鏡に映ったのは、何故か自分ではないような気がした。
喩えるなら秋みたいな音色だった。
弦をなめらかに滑らし、深い音で庭を彩る俊介の姿に胸がきゅうっと締め付けられると同時に、演奏を見ている自分との距離も思い知った気がした。
つい先週、かっこいい俊介が見たいからという理由でバイオリンを演奏して欲しいとお願いしたのは自分だったが、まさかこんなに上手いとは思っていなかった。
夢中になった演奏も終わり、嬉しさとちょっとの後悔をかみ締めていると、俊介が蝶々柄のティーカップにルイボスティーを注いでくれた。
「俊介ってバイオリン上手いのね。」と言うと、
彼はなんでもないように
「お気に召されたようで良かったです。」と笑った。
彼が去った後、くるくるとティースプーンを回しながら、私はひっそり来年の誕生日には薔薇柄のティーカップを買ってもらうことに決めた。
ちょうど、庭の中心で鳩時計が3時を打っていた。
余韻に浸りつつ、白紙のわた雲に「佐伯俊介」なんて書いて遊んでいると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。時計も随分進んでいるし、どうやらレッスンの時間になったようだ。
渋々部屋に向かいながら、去り際に振り返ると、俊介がカップを片付けていた。
その背中の大きさに、何故だか胸が苦しくなった。
ああ、どうして、こんな初恋。
俊介が奏でたバイオリンは、春というにはあまりに
大人びていた。
ストリートの流れは今日も速かった。
イヤホンをつけてリズム良く歩く人。
重ためのコートのポケットに手を突っ込み、
湯気の立つコーヒーをすすりながら歩く人。
親指と人差し指を広げて、カメラをのぞき込むようにすれば、少しだけ彼らの気持ちが分かるような気がした。
街角から漂う出来たてのアップルパイの香りに
忘れていた空腹を思い出し、レンズを外した。
現実に戻るとやはり周囲は騒がしかった。
それにしても今日は一段と冷える。
いつかはこの景色を窓から見たい、なんて思いながらボロボロの毛布にくるまると、暖炉の炭がパチパチと弾ける音がどこからか聞こえてくるような気がした。
夜桜の浮かぶ露天風呂でとぽとぽという音を聞きながらふと、物思いに耽った。
「人間を形の無いものにしてしまえたら」
もちろん生きているうちは不可能であるが。
死んだ後、魂だなんだのいいながら、結局僕らは死者を有形のものに留めてしまう。
例えばお墓。日本なら遺骨だし、海外ならそのまま残す場合もあるだろう。
例えば、形見。人の想いは、その人の所有物に宿るなんて思うよね。
人はいつか死ぬとは分かっていても、離れ離れになるというのはそう簡単に受け入れられることでは無い。
記憶の力に頼るには、あまりに僕らは無力である。
しかし、土地も資源も有限である。
いつか世界が死体で埋まる日が来たなら、生きている僕ら生身の人間の方が価値が無くなってしまうのだろうか。
バカみたいな話だけど、ブラックホールに死体を投げ込めば、形を無くすことになるのかなぁ。
そうしたら、たとえ故人のいない世界が寂しくて生きるのが辛くても、死体の無い通りの桜なんて美しくなくても、形ある人間が生きるその道だけは残るだろう。
ああどうか神様、
僕が死んでも人間の邪魔者にはしないで。
溢れた涙と一緒に僕はぶくぶくと湯に潜り込んだ。
水面越しに見上げた桜は、死ぬには不揃いな美しさであった。