あかり

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1/12/2025, 3:30:45 PM

「夢でいいならもう一度会いに行くよ。」

転校した彼が残した意味不明な言葉。
半年越しにその意味を理解した。
鮮やかな菊を除けばただ眠っているようにしか見えない彼がそこにいた。
夢と疑ってしまうような葬式ではあったが、現実は私が遥々彼を訪れているのだった。

11/30/2024, 2:28:11 PM

プライドの高い彼女のことだからきっと嘘をついているだろうなと思っていた。

先週電話をかけた時に鼻を啜っていたのも、一昨日真っ赤な目で僕を迎え入れてくれたのも、昨日のお風呂が異常に長かったのも、理由は花粉症でも泣けるドラマでも気分でもないと僕は知っている。

だけれども、そう堅い言い訳をされると僕はそれ以上問い詰められない。というか、問い詰めてはいけないと了解している。
本当は、彼女がどうして泣いているのか知りたいし、もしかして自分が原因ではないかって不安だ。なにより、その堅い壁を挟んだ彼女との距離が悲しくて、辛かった。

なんでも言って欲しい。
でも言いたくないことは言わなくていい。
彼女の気持ちを尊重したい。
でも、やっぱり放っては置けなかった。

真剣に考えて、考えて、考えたけど、結局ストレートに聞いてみるほかなかった。待ち合わせのカフェでは、できるだけ軽く、軽く、と何度も自分に言い聞かせた。

「そういえば、最近何かあった?」
他愛のない世間話にそっと放り込む。
彼女は何か考えるような仕草をしたけど、
「いや、特にないよ。それよりもさ、、」
とすぐに話を変えられてしまった。

別れるとき、念押しで
「なんでも話聞くから一人で抱え込」
そこまで言って止まった。彼女は嬉しさ半分困惑半分の表情をしていて、僕はやってしまったと後悔する。彼女の意思を1番に、と思っていたのに、抱え込まないで、なんてわががまなお願いをしてしまった。
「っはは、ごめん。冗談だよ。」
と傷心を隠すような苦しい言い訳をする。
もう顔を上げることが出来なくて、慌てて別れの言葉をはいて踵を返した。

翌朝、彼女から1件のメールが届いていた。
『心配かけてごめんね。私、素直になれなかった。今日、ちゃんと話すから、また昨日のカフェで会ってくれませんか?もちろん、代金は私もちで(笑)それと、「泣かないで」って言わないでくれてありがとう』

ほんの数行に涙が溢れてしまった。
彼女の誠意とちょっとした照れ隠し。
それから、気遣い。全部が嬉しくて愛おしかった。

お互いの本音を包み隠さず言えるのが一番の愛で最高の仲だと思っていた。でも、彼女のメールが、気を遣い合うような関係もかけがえなのないものだと僕に教えてくれた。自分は間違っていないと言われたようなそのひと文を見て僕は、大袈裟でなく生きていてよかったと安堵したのだった。

11/26/2024, 2:35:32 PM

微熱でいい。微熱でいいから。
心で叫びながら必死に廊下を駆けた。

もう何年も前。
まだ風が冷たい春、初めて熱を出した。

たしか小学三年生の新学期初日。まだ名前も知らないクラスメートばかりできっと緊張していたんだと思う。すぐ顔が赤くなってしまういつもの癖で、
その日もやっぱり私はリンゴみたいに赤かった。
それが余計に恥ずかしくて、休み時間になっても教室の窓際の隅で1人ぼーっとしていた。
「大丈夫?顔赤いけど。」
突然声を掛けられて驚く。
見上げると背の高い男の子が私を見下ろしていた。
どうしよう、なんて返そう。
人見知りを発動して私は混乱していた。
「えっと、、」
「あ、分かった!熱あるんじゃない?」
そう言って彼は突然おでこに手のひらを乗せてきた。
「、、っえっ、、」
ドキドキしてさらに顔が赤くなる。
こんなに近くに初対面の人がいるのは初めてなわけで、その一瞬、少女漫画のヒロインになったような気分だった。

結局、その後2人で保健室に行って、測ってみれば37.1。私は、ああこれはまずいと思った。
ちっとも体はキツくない。
ダメだ、これは恋をしている体温だ。

そんな夢のような初恋はあっけなく終わった。彼は次の学年に上がる前に転校してしまったし、そもそもその1年間もちゃんと話したのはそれが最後だったから。
そんな幼い微熱を抱えたまま、恋の音沙汰なく高校生になってしまった。

でも、私は今日、見てしまった。
校内の自販機でポカリを買う背の高い男を。
ー私の初恋を奪った男をー

いいよ、どうせ。向こうは覚えてないだろうから。
また急にどっか行っちゃうんでしょ?
そもそも話す機会だってないかもしれない。

必死で言い訳を考えるけど、期待はとどまることを知らない。胸の鼓動がどんどん速くなる。
気づいて欲しい。お願い。
この初恋諦めたくないもの。

だから、だから熱が出てほしかった。

11/25/2024, 11:39:46 AM

太陽の下で、麦わらの帽子をかぶり、白いワンピースを纏って、幸せそうに笑うおしとやかな少女がひまわり畑の中心で笑っている。
そんな絵画みたいな瞬間を人は割と共有してると思う。

でも、現実はそんなに美しくは見えない。
百歩譲っても、写真の中だけ。

いっそその理想を全く覆したらどうなるだろうと暇の中に考えた。

生まれた時から自分ことが好きで、周りの人も好きで彼女が欲しいとクラスで嘆くようなバカだけど、
ずっと幸せに生きてきた少年。

きっと被写体はコイツだな。

変わらないのは差し込む太陽だけ。

こんなに早く人生が終わるとは思っていなかったんだよと半笑いで言い訳をして撮影に入る。

野球部らしい坊主、それに黒い肌。
汗臭いユニホームを着て、黄ばんだ帽子を深くかぶる。幸せなんだけど死んじゃってるから、とりあえず落ち着いた表情で、菊畑の中心に寝転がる。
心の底からありがとうと大声で叫ぶ。

なぁんだ、意外と理想通りでなくても悪くないじゃん。死んだあとなのにどうして撮影があるのかは知らないけど。

一人一人違った人生を歩んでいて、それがみんなの共有する理想のようなものでなくても、太陽が照らしてくれる限り、そんなに悪いようには見えない。

理想ばかりにとらわれる人にアドバイスできるかも、俺って天才。

馬鹿だけど、野球部だけど、考え事するのが好き。
ナルシストで汗臭いけど、愛はある。
全然大丈夫。イケメンで爽やかという理想になれなくても。

11/25/2024, 9:55:40 AM

貴方が死なないように冬はセーターを編んだ。

何気ない趣味のように見えて、実はそんな重さを孕んでいるのだ。手編みのゆるゆるのセーターで、寒さを凌げるわけが無いよなぁと今はひとり笑える。
でも、そのセーターが貴方と人生を共に出来る切符になったわけだから、誇らしくも思える。

もう着なくていいよ、と私が顔を赤らめ、
もったいないじゃん、と彼がかえす。
そんな冬の始まりを実は毎年嬉しく思っていた。

ところがとうしたのだろうか。
今年、我が家はまだ、冬を迎えていない。

ただ寂しいだけなら良かった。
ねえ、今年もあのセーター飾ろう、と誘えば済むのだから。でも違う。なんだか心配なのだ。
結婚してからも貴方の愛を感じない日は無かった。
けれど、転職して、今の会社についた時から、だんだん帰る時間は遅くなり、目の下のクマは大きくなった。
真摯に向き合って話していた食卓で会う回数も減り、
「仕事大変じゃない。大丈夫なの?」
と聞いても大抵は適当な返事しか返ってこなくなった。

ねえ、ほんとに大丈夫なの。
あのセーターが押し入れからついぞ出なかったら、それはもう貴方が今年の冬を乗り越えるつもりが無いってことじゃないよね。

私は大人になってしまった。
だから、今はもう貴方を寒さから守るためにセーターを編もうなんて思わない。
でも、今、私はセーターを編んでいる。

私はまた、貴方が死なないようにセーターを編んでいる。思いとどまって欲しいから。これを着て、寒い夜に2人で星を見る。そんな日が来て欲しいという重量を込めて。

セーター。
それは今や、趣味でも初恋でもなく、愛であった。

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