あかり

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微熱でいい。微熱でいいから。
心で叫びながら必死に廊下を駆けた。

もう何年も前。
まだ風が冷たい春、初めて熱を出した。

たしか小学三年生の新学期初日。まだ名前も知らないクラスメートばかりできっと緊張していたんだと思う。すぐ顔が赤くなってしまういつもの癖で、
その日もやっぱり私はリンゴみたいに赤かった。
それが余計に恥ずかしくて、休み時間になっても教室の窓際の隅で1人ぼーっとしていた。
「大丈夫?顔赤いけど。」
突然声を掛けられて驚く。
見上げると背の高い男の子が私を見下ろしていた。
どうしよう、なんて返そう。
人見知りを発動して私は混乱していた。
「えっと、、」
「あ、分かった!熱あるんじゃない?」
そう言って彼は突然おでこに手のひらを乗せてきた。
「、、っえっ、、」
ドキドキしてさらに顔が赤くなる。
こんなに近くに初対面の人がいるのは初めてなわけで、その一瞬、少女漫画のヒロインになったような気分だった。

結局、その後2人で保健室に行って、測ってみれば37.1。私は、ああこれはまずいと思った。
ちっとも体はキツくない。
ダメだ、これは恋をしている体温だ。

そんな夢のような初恋はあっけなく終わった。彼は次の学年に上がる前に転校してしまったし、そもそもその1年間もちゃんと話したのはそれが最後だったから。
そんな幼い微熱を抱えたまま、恋の音沙汰なく高校生になってしまった。

でも、私は今日、見てしまった。
校内の自販機でポカリを買う背の高い男を。
ー私の初恋を奪った男をー

いいよ、どうせ。向こうは覚えてないだろうから。
また急にどっか行っちゃうんでしょ?
そもそも話す機会だってないかもしれない。

必死で言い訳を考えるけど、期待はとどまることを知らない。胸の鼓動がどんどん速くなる。
気づいて欲しい。お願い。
この初恋諦めたくないもの。

だから、だから熱が出てほしかった。

11/26/2024, 2:35:32 PM