普通列車を下りた途端に雨が降り出した。
東京から遥々故郷に帰ってきたのは3年ぶりだった。
その親不孝を叱っているのだろうか。
しかし怒られたって構わない。
私には行くべきところがある。親の元より先に。
ピンクのスーツケースを人通りのない道の脇において、ゆっくり山を登り始めた。
高校を卒業してから間違えなく体力は落ちていたが、夢にも思える素敵な記憶が私を何とか導いてくれた。
ずっと前の話。
秘密基地には等身大の鏡が置いてあった。
やることが無い日はせっせと集まって、その鏡の前で点呼をとっていた。
今はもうそのうちの誰とも連絡をとってはいないが、ここに訪れることなくして東京には帰れない。
そう確信していた。
歩幅は大きくなったはずなのに、緩い傾斜があの頃よりもキツくてなかなか進めなかった。
なんと言っても雨で地面が滑るのが鬱陶しい。
足は重くなる一方だったが、東京で精神を擦り減らす日々を思えばなんてことなかった。
狭い狭い道が開けると、特段光の当たる場所があった。雨は依然として降っていたが、光の差す場で粒など見えはしなかった。
長い間、誰も訪れていなかったのだろう。草丈だけは自分より大きくて、その他は、土管も銀バケツもスクーターもミニチュアみたいに小さくて、褐色に錆びていた。
魂ともいえる鏡には大きなヒビが入っていた。
恐る恐る近づくときに足元で小枝がパキパキと割れる音がした。一層雨音が強くなったので、この雨が通り雨であることを願った。
水滴まみれのぐしゃぐしゃの鏡に映ったのは、何故か自分ではないような気がした。
9/27/2024, 12:09:04 PM