紺碧

Open App
3/31/2023, 9:18:08 AM

途中まで(何気ないふり)

「死にたい」
特に仲良くもないクラスメイトがぽつりと零した一言。弱くて脆い言葉が雫となって、突然落ちてきた。
多分押し間違いだとかの偶然で、普段だったら聞こえないふりでもしたかもしれないくらいに面倒くさい。なのに、なぜだか、そこから輪が広がっていくように、私の中にあなたは居座ってしまった。

「……なに?」
時計がカチリ、と音を立てた。異様に自分の呼吸音が響き渡る。どちらも普段意識しないのに、それを身近に感じてしまうくらい教室内は異様な空気に包まれていた。雲が気を使ってくれたのか、ちょうど太陽を隠していく。
ここにいるのは私とクラスメイトだけで、ベランダから見える花の名前をなんとなく聞いた、それだけだ。
肝心のクラスメイトは眉をひそめたまま動かない。まるで人形、なんて思っていたら瞳がこちらを射抜いた。
「いや、動揺させたかっただけだけど……あんまり期待通りの反応じゃなかった」
じゃあ、と教科書を鞄に詰める彼女に今度はこちらの眉が寄った。買ったおもちゃが期待通りじゃなかった子供のようで、それを高校生がするのは理不尽極まりない。
真面目で大人しい子、というレッテルを勝手に貼っていたが変人疑惑により全てが覆えりそうになっている。
「いやいやいや……聞きたいこといっぱいあるわ、勝手に帰んないで」
「お、暇だから質疑応答は大歓迎、さあ生徒会長さん質問どうぞ」
生徒会長ということは覚えられているらしい、頭を回転させながらベランダへと繋がっている扉の鍵を閉めた。よほど乗り気になったのか机を移動させて二者面談のような形を作っている。掴みようが無さすぎて嫌になりそうだ。
普段なら面倒さくさいこともせず、はっきりさせようともしない自分なのに。
「えーっと……まず花京さん、自己紹介どうぞ」
「名前は覚えてるんだ、花京楓」

3/19/2023, 8:24:24 AM

■途中です■
「ほんとに〝不条理〟だと思わねぇ?」
「最近知った言葉使わなくてもいいよ」
ちげぇわ! と怒りながらスマホのアプリでカレンダーを顔の目の前に出てきた。
「あいつは昨日から、俺は2週間前からだぜ?
なのに……なんであいつだけ当たるんだよ!」
14日間もだかんな! とわざわざ言い換えられなくても2週間くらい分かるのだが言うのは辞めておいた。
彼が怒っているのは人気のスイーツ店の食べ放題チケットが当たらなかったことについてだ。最近近くに出来た人気の店。特に女性人気が高く、今回のチケットの倍率は高かったらしい。当たる確率なんてまぐれなのに俺にキレられても困る。
「興味がない人が当たるって本当なんだね」
「しかも2枚当たったのに、普段世話になってる俺じゃなくて彼女優先しやがって……薄情者め」
「はは、そりゃ彼女のほうがいいでしょ」
そーだけどよー、と唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。今度は怒りよりも悲しさが勝ってきたようだ。表情がコロコロ変わるこの人を見ると、ほんとに飽きないなぁ、とつくづく思う。
テレビをつけるとバレンタイン、もとでかでかと書かれていた。あと1週間後にはバレンタインだ。
「これあげるよ」
「ん? ……は!? おま、食べ放題チケット……!?」

3/16/2023, 9:44:57 AM

布団がもぞ、と動いたと思ったら眠そうに眉をひそめた男が顔を出した。まだ覚醒していないのか、んー、と間延びした声を発している。ほんとうに目覚め悪いなぁ、と考えながら髪を梳いていると目をぱちぱち、と瞬いた後に口が動いた。
「お前って夜みてぇ、だよなぁ……」
「はぁ」
あまり理解出来ずに、今度はこちらが間延びした声を出してしまった。当の本人はそんなこと気にしていないのか眠そうに目を細めている。
「夜って怖ぇ……じゃん?」
うん、と相槌を打ち静かに続きをまつ。
「でも包み込んでくれる優しさ? があるっつうか」
包み込んでくれる優しさ、不意に出た恋人の本音に愛おしさが込み上げてきた。頭を撫でている手に力が入る。
「そしたらあんたは星っぽい、かも」
「……ほし?」
なんでほし?おしえろよ、と騒ぎはじめる男。正直言いたくないが、どうせこの後二度寝して会話の内容なんてまともに覚えていないだろう。えーっと、という前置きをして話し出す。
「眩しくて仕方がなくて、絶対落ちてくるはずがなかったのに……なんでだろうね」
〝星が溢れる〟夜のなかであんたは一番星だったのに、見れるだけで良かったのにまさか降ってきてしまうとは。 そんなん、と直ぐに返事が返ってきた。
「俺が惚れたからに決まってんだろ」
「簡単に言うねぇ……まあ、あんたが言うならそーなんだろな」
んじゃ、俺起きるから、と告げると既に寝息が聞こえてきて笑ってしまった。時計を見ると時刻は5時。あと二時間もすれば起きてくるだろう、早速朝飯の支度をするために背伸びをして気合を入れる。
ふと窓の外を見るとまだ藍色ががっている空。目を細めれば夜に見える、なんて考えながらキッチンへと足を進めた。


「おはよ、やっと起きてきたの?」
休みだからって気抜きすぎじゃね?と言えばにやり、と思いっきり悪い顔をする男。嫌な予感がぴりっと背中を駆け抜ける。
「落ちてきた俺には優しく扱わねぇと戻っちまうぞ?」
「っはー……なんで覚えてんだよ」
やっぱり、深いため息がこぼれた。今日一日はこの話題でいじられそうだ。
「恨むなら俺の記憶力を恨むんだな」
てか今日の飯気合い入ってんな、と目を輝かせた恋人の顔を見てしまえばまあいいか、とどうでも良くなってしまった。なんだかんだ甘いな、俺。そう思いながらいただきます、と手を合わせるのだった。

3/15/2023, 9:51:57 AM

最近あいつの視線が優しい、気がする。いや好かれてるなんて思ってはいないが数ヶ月前の牽制されているような目とは明らかに違う瞳。
しかも今日の朝なんて目が合っただけで優しく微笑まれてしまった。その時に不意にどくん、と鳴った心臓。いやいや、まさか、なんて誤魔化したがあの感じには見覚えがある。
「……っ」
頭がいっぱいいっぱいで授業なんて耳に入りやしない。もう集中することは諦めて外を見ると目に入るのは一年生。
じーっと見ているとあいつを見つけた。ドリブルで相手を抜いてシュートを決めている、かっけぇな――じゃなくて、ああ、もう駄目だ。自分の意思とは関係なく早まる鼓動と、熱くなる顔。
数分間見ていると試合結果が気になってくる。どちらもいい勝負だったがあいつのいるチームが勝ったようだ。
あいつクラスメイトの前だとあんな顔すんだなぁ、なんて考えていると少しづつ上がってくる顔。ぱちり、と目がまた合ってしまった。その瞬間に朝と同じように微笑まれる、手を振るのもセットで。
ほんとうにおかしい。どくどく、と止まらない心臓。顔どころか身体中が熱い。ちょうどよく鳴ったチャイムをいいことに弁当を片手に急いで屋上へと向かった。

ギィ、と鈍い音を鳴らす扉を開ける。ほどよい風が頬を冷ましていく感覚に、いまが夏なのを忘れてしまいそうだ。給水塔の裏に向かうと誰かの影が目に入る、先客か、と踵を返そうとすると後ろから見知った声が名前を呼んだ
「ひとりなんだね、今日」
「……お前こそ」
いま一番会いたくなかった相手、さっきまでの優しい微笑みはどこえやら、緊張感のある空気が身を包む。
「別に、なんもしねぇよ」
「……そうかよ」
そう呟いたことに満足したのか、購買で買ったであろう焼きそばパンを口にし始めた。居心地が悪いのを無視して俺も弁当の蓋を開ける。気まずい、一口ご飯を食べながら、そっと視線を向ける。
「なあ……お前今日のあれなに?」
「あれってなに?」
「だから、あれだよ……目あった後の微笑み」
はぁ、全く検討がつきませんとでも言いたいような態度に腹が立つ。俺はお前のせいで一日中悩まされていたのに。
「だから! あの〝安らかな瞳〟! あの優しい笑み! 俺のこと好きじゃねぇくせにあんな顔すんなよ……」
後半にいくにつれ、段々と声が小さくなってしまった。無性に泣きそうになり下を向く。好きじゃねぇくせに、なんてまるで俺が片思いしてるみたいじゃないか。
いやそもそもあの顔は俺の後ろにいるやつに向けてだったかもしれない。今更後悔が溢れ出てくる。
「っはは、安らかって俺死んでるみてぇじゃん」
顔上げてよ、先程とは全く違う音色に驚き言われるとおりに顔を上げると耳がほんのり染っている。
「いやぁ、まさか溢れ出てっとはなぁ」
全く自覚なかったんだけど、と言葉をどんどんと続けていく目の前の男。
「ちょっと待て! なんの話してんだよ」
「あんたが好きってことだよ」
ぱちぱち、と目を瞬かせて後に平然として答える男。好き、誰が?あいつが、俺を。理解した瞬間にはぁ!?、と声が出た。
「いや、だって、さっきだって冷たかったじゃねぇか」
「急に優しくなるのも怖いかなって思ってさ、ゆっくり時間かけて落としていこうと思ってたんだけど」
手がそっと伸びてきて頬に触れる。こいつの手が冷たいのか、俺の顔が熱いのか、はたまた両方か。確かめなくてもそれは明確だった。
「あんたの顔みたら落とす手間もないっぽいわ」
優しく微笑む目の前の男、その瞬間に心臓がどくん、とこれまでにないくらい大きく鳴る。
「は、……てか俺この後先生に呼ばれてんだったわ、うん、じゃあまたな」
一方的に話を切り上げて、食いかけの弁当を手に持ち、全力疾走で駆け抜けた。
誰もいない空き教室に駆け込み、しゃがみ込む。比にならないくらいに熱い身体、うるさい心臓。
どうすっかなあ、あの瞬間に自覚してしまった。俺、恋してたんだな、ということに。
はぁ、と深呼吸をし、よしっと勢いよく立ち上がった。やられっぱなしもしょうに合わない、今度告白でもしてやろうか。なんて考えながら教室へと進む足は朝よりも大分軽やかに見えた。

3/14/2023, 8:59:24 AM

「お前って夢とかあんの?」
ソファーからこちらを見上げて呟く男。さっきまでテレビを見ていてこちらを見ることすらなかったくせに。なんて悪態をつくのは簡単だが、話したかったのはやまやまなので見ていた雑誌を閉じ、素直に隣に座ることにした。
「お、お前にしちゃ素直だな」
「あんたが構ってくれなかったからね」
「しょうがねぇだろ、面白かったんだから」
「はいはい、で……急になに?」
ぱちぱち、と若干黄色じみた目が瞬いた。んー、だかうー、だか分からない声が部屋に響く。
眉は寄っていていかにも考えてますよ、って顔。分かりやすすぎる顔の変化にくく、と笑い声をもれそうになるのを奥歯を噛んで抑える。
「いや、特になんもねぇな」
こっちには答えを求めるのに自分は、理由いちいち考えなくね?と頭を掻くので困った人だと思う、ほんとに。
「じゃあこの話終わりね、ベランダで一服でも――」
「ちょっと待て! いま思いついたから、な?」
必死に止めてくる姿にまた笑い声が漏れそうになる、この人の反応を楽しみながらも頭の片隅では先程の質問について考えていた。夢ねぇ、小さい頃の夢はたしか会社員。可愛げのない子供だなと自分でも思う、いまと大して変わらない考え方で三つ子の魂百まで、とはこういうことか、と思い知らされた。
「えーっと……お前は未来を見てなさそうだから」
「未来?」
「俺はいつか離れるって思ってんだろ」
手がぴくり、と勝手に動いて飲み込んだ唾がごくっと音を鳴らす。図星だろ、と笑われてしまえばもう否定してもしょうがないと嫌でも分からされた。
「なんで知ってんの」
小さく呟けば、にやっと口角が分かりやすく上がる。
「そりゃ三年一緒にいればなんとなく分かんだろ」
そういうもん?と聞き返せば俺の今食べたいもんなんだと思う?という質問が返ってきた。
「さっきテレビでやってた炒飯、あんたミーハーだからすぐ影響されんだろ」
「正解、ほら言った」
「それとこれとは別じゃねぇの?」
「一緒だろ」
いきなりぱちんと手を勢いよく鳴らしたと思ったら、こちらへ体が急に向く。
「で、お前の夢は?」
「うーん……あ、一個あるかも」
「お、聞かせてみろい」
「あんた俺の考えてること分かるんだろ?当ててみなよ」
「は!? くっそ……ちょっと待ってろ、絶対当ててやっからな」
今度はあーだか、えーだか分からない声を出して悩む姿にこの人らしいな、と息が漏れた。
〝ずっと隣で〟生きていくこと、だなんて言ったら笑われてしまう。いやいっその事言ってしまって相手の反応を楽しむのもありだろう。
悩んでいる姿を横目にまだ見ぬ反応を期待しながら雑誌を一枚めくるのだった。

Next