紺碧

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最近あいつの視線が優しい、気がする。いや好かれてるなんて思ってはいないが数ヶ月前の牽制されているような目とは明らかに違う瞳。
しかも今日の朝なんて目が合っただけで優しく微笑まれてしまった。その時に不意にどくん、と鳴った心臓。いやいや、まさか、なんて誤魔化したがあの感じには見覚えがある。
「……っ」
頭がいっぱいいっぱいで授業なんて耳に入りやしない。もう集中することは諦めて外を見ると目に入るのは一年生。
じーっと見ているとあいつを見つけた。ドリブルで相手を抜いてシュートを決めている、かっけぇな――じゃなくて、ああ、もう駄目だ。自分の意思とは関係なく早まる鼓動と、熱くなる顔。
数分間見ていると試合結果が気になってくる。どちらもいい勝負だったがあいつのいるチームが勝ったようだ。
あいつクラスメイトの前だとあんな顔すんだなぁ、なんて考えていると少しづつ上がってくる顔。ぱちり、と目がまた合ってしまった。その瞬間に朝と同じように微笑まれる、手を振るのもセットで。
ほんとうにおかしい。どくどく、と止まらない心臓。顔どころか身体中が熱い。ちょうどよく鳴ったチャイムをいいことに弁当を片手に急いで屋上へと向かった。

ギィ、と鈍い音を鳴らす扉を開ける。ほどよい風が頬を冷ましていく感覚に、いまが夏なのを忘れてしまいそうだ。給水塔の裏に向かうと誰かの影が目に入る、先客か、と踵を返そうとすると後ろから見知った声が名前を呼んだ
「ひとりなんだね、今日」
「……お前こそ」
いま一番会いたくなかった相手、さっきまでの優しい微笑みはどこえやら、緊張感のある空気が身を包む。
「別に、なんもしねぇよ」
「……そうかよ」
そう呟いたことに満足したのか、購買で買ったであろう焼きそばパンを口にし始めた。居心地が悪いのを無視して俺も弁当の蓋を開ける。気まずい、一口ご飯を食べながら、そっと視線を向ける。
「なあ……お前今日のあれなに?」
「あれってなに?」
「だから、あれだよ……目あった後の微笑み」
はぁ、全く検討がつきませんとでも言いたいような態度に腹が立つ。俺はお前のせいで一日中悩まされていたのに。
「だから! あの〝安らかな瞳〟! あの優しい笑み! 俺のこと好きじゃねぇくせにあんな顔すんなよ……」
後半にいくにつれ、段々と声が小さくなってしまった。無性に泣きそうになり下を向く。好きじゃねぇくせに、なんてまるで俺が片思いしてるみたいじゃないか。
いやそもそもあの顔は俺の後ろにいるやつに向けてだったかもしれない。今更後悔が溢れ出てくる。
「っはは、安らかって俺死んでるみてぇじゃん」
顔上げてよ、先程とは全く違う音色に驚き言われるとおりに顔を上げると耳がほんのり染っている。
「いやぁ、まさか溢れ出てっとはなぁ」
全く自覚なかったんだけど、と言葉をどんどんと続けていく目の前の男。
「ちょっと待て! なんの話してんだよ」
「あんたが好きってことだよ」
ぱちぱち、と目を瞬かせて後に平然として答える男。好き、誰が?あいつが、俺を。理解した瞬間にはぁ!?、と声が出た。
「いや、だって、さっきだって冷たかったじゃねぇか」
「急に優しくなるのも怖いかなって思ってさ、ゆっくり時間かけて落としていこうと思ってたんだけど」
手がそっと伸びてきて頬に触れる。こいつの手が冷たいのか、俺の顔が熱いのか、はたまた両方か。確かめなくてもそれは明確だった。
「あんたの顔みたら落とす手間もないっぽいわ」
優しく微笑む目の前の男、その瞬間に心臓がどくん、とこれまでにないくらい大きく鳴る。
「は、……てか俺この後先生に呼ばれてんだったわ、うん、じゃあまたな」
一方的に話を切り上げて、食いかけの弁当を手に持ち、全力疾走で駆け抜けた。
誰もいない空き教室に駆け込み、しゃがみ込む。比にならないくらいに熱い身体、うるさい心臓。
どうすっかなあ、あの瞬間に自覚してしまった。俺、恋してたんだな、ということに。
はぁ、と深呼吸をし、よしっと勢いよく立ち上がった。やられっぱなしもしょうに合わない、今度告白でもしてやろうか。なんて考えながら教室へと進む足は朝よりも大分軽やかに見えた。

3/15/2023, 9:51:57 AM