生きるということは大変なことだ。
あちこちに鎖が絡まっていて、少しでも動くと血が噴き出す。とかの有名な作家も言っていたでは無いか。
そうだ、生きていくというのは大変なんだ。そう開き直るのは教師としてどうなのかと問われればぐうの音も出ないが。
「…っ、」
突然瞳の奥が熱くなって涙がこぼれそうになる。
ぐっと力を入れて堪えたつもりだったのにぽろぽろと零れる涙が俺の手を濡らす。
仕事場で泣いてしまうなんて生娘のようで恥ずかしい。
必死に涙を拭っている最中に同期に言われたお前って泣き顔ブスだよな、なんて揶揄った言葉を思い出してまた泣いた。(軽口で本気にした訳では無いが。)
「しっかり、しなくちゃ…」
「先生…?泣いてるんですか…え、ぁ…大丈夫、?」
独り言で処理されると思っていた言葉に返事が帰ってきたことに驚いて背がぴん、と伸びる。
目を赤くして涙をこぼす先生と、びっくりした様な表情で様子を伺う生徒。
実に滑稽だ。1つ上のあの人が聞いたらなら大笑い間違いなし、だ。
「先生、泣いていいですよ。誰も見てません」
そんな彼女は瞬時に状況を理解したのか一瞬苦しそうな顔をした後俺に目線を合わせてしゃがんだ。
幼稚園児が保育士をみて安心して泣くのと同じで、目線を合わせて頭を撫でられると泣いていいよ、と本当に行動で示されているようでまた涙が止まらなくなった。
「…絶対慰めるって言いましたよね。私で良ければですけど、」
「…、俺もう、むり…全部不安で辛くて…、」
髪を手櫛でとかされて、ワントーン落とした優しい声色に甘やかされると温かい気分になって自然と涙が止まった。
教師だとか彼女より年上のおじさん、なんて事は頭から抜け落ちて心地の良い彼女の手に全てを委ねた。
だんだんと冴えてきた頭で考えるのは、彼女に情けない姿を見られてしまったという後悔だった。
生徒にこんなダサい姿見せて幻滅されるに決まっている。
おいおい男泣きに泣いてしまってかっこ悪い。
「ご、ごめん…。俺先生なのにキモイよね」
「え、?なんでですか…不謹慎ですけど泣いてる先生も可愛いです。それに…なんだか信用されてるみたいで私嬉しくて、」
「あ、え…そ、そう。」
「…不安な時は寂しい時なのかもしれませんね。先生が寂しい時、私が一緒に居たいです、ダメですか?」
「…ううん、ダメじゃないよ。」
考えるまでもなくそう返事をしていた。
気づかないうちに俺もだいぶ絆されているなぁと恥も外聞も捨ててただ甘やかされる中そう思った。
2023.12.19『寂しさ』
雪が降ってほしい、という私の願いが届いたかはさておいて本当に今日雪が降った。
空の上から降ってくる冷たい雪はじんわりと体温を奪ってゆく。
静かな白銀の世界を一人で歩いたり、誰も踏んでいない新雪を荒らすように足跡を付けるのは冬の醍醐味だ。
「先生を誘う前に雪だるま、先に作っちゃおうかな。」
さらさらの雪を手に取って強めにギュッと握る。
手がありえないほど冷たいが、可愛い雪だるまを作る為なので少し我慢。
今日雪が降るなんて天気予報のお兄さんも言っていなかったから手袋とかマフラーの準備もしていない。
制服にコートだけの身体に冷たい風が染み込む。
「さ、さむ…っ、マフラー巻いてくれば良かったなぁ…」
ずっ、と鼻を鳴らした瞬間後ろから肩を叩かれた。
わっ!という可愛い効果音付きで。
「せ、先生…っ!?」
「酷いじゃない。一緒にやるって貴方が言ったのに先に始めちゃうなんてさ?」
そういった先生は完全防備。
どこからどう見ても暖かそう。そしてモコモコに埋もれる先生は可愛い。
「雪を見たらテンションがあがっちゃって…」
「ふふ、面白い。…って貴方手真っ赤じゃないの。」
くすくすと笑っていた先生は私の手を見て青ざめたような顔をする。
そんなに…?と思い私も手元に視線を落とすと真っ赤に染まっていた。見ているだけで寒そう。
「風邪ひいちゃったらどうするの。…もう、貴方ってば世話がやけるんだから…」
そういった先生は首に巻いていた淡い色のマフラーを私の首に巻いてくれる。
ふわっと先生の柔軟剤の匂いがしてドキドキする。
真っ赤の手を包むように先生の指が絡まる。
先生の物に囲まれて失神してしまいそう。
「あ、ありがとうございます…。で、でも先生が…」
「貴方女の子なんだから体冷やしちゃダメでしょ。この雪だるま作ったら中にはいるよ。」
「え、えぇ〜!やだ、まだ作り始めたばっかりなんですよっ!」
「だめ、貴方が風邪ひいたら俺が悲しいの。だからダメ」
きゅっと口を結んでそんなことをいう。
ねぇ、先生。誰にでもそんなこと言ってるの?勘違いされちゃいますよ。
都合よく解釈しちゃうんだから。先生の思わせぶり。
「…わかりました。私も先生が風邪ひいちゃったら悲しいので中に入りましょう!」
「もう、…それでいいよ。さぁ、ココアでも入れようか」
大きさの違う足跡がふたつ並ぶ。
そんな2人の背中を雪だるまは見守るように見つめていた。
2023.12.18『冬は一緒に』
「お前、あの生徒のこと好きなの?」
ふざけたことを突然言い放った人物は仁王立ちでこちらを睨むようにしていた。
顔が怖いんだってば。美人の怒った顔って怖いんだよ?
もともと大学が同じで、男なのに目を引く美しい容姿をしていて、学生時代はその背中を犬みたいに追いかけた。
だが、同じ職場になってからは何となく気まずくて距離を図りかねている1個上の先輩。
「は、はぁ…?なに突然…」
普段俺に話しかけてこないくせに心配はしてくれるんだ。
相変わらず顔は怖いけどちょっと嬉しい。
「毎日準備室でなにしてんのさ。噂になるのも時間の問題だぞ」
「そんなこと言われたって…勉強見てあげたり、お喋りしたり?とりとめもない話しかしてないよ。教えて、って頼まれたら教師なんだから断れないでしょう」
勉強なんて1週間に2回ぐらいしかしていないけど。
これ以上この美人の鬼のような顔を見ていたらよからぬ事を言ってしまいそうで視線を手元に戻す。
動揺からかタイプミスが目立ってdeleteを3回ほど叩いた。
「とりとめもない話、ね…。まぁ、お前がそれでいいなら俺は応援するけどな。恋バナ聞かせてよ」
さっきまで怒っているような雰囲気を漂わせて居たのに今はどこで機嫌が治ったのかニコニコとしている。怖い。
「意味わかんないんだけど…。」
まあ、でも噂になるのはちょっと困る。
俺のせいであの子が嫌な思いをしたらそれは耐えられない。可哀想だ。
連絡先でも教えて準備室に来る回数を減らす?それとも俺があの子の所に行けば……。
そこまで考えて気づく。
それじゃあ俺があの子に会えなくなるのを寂しがっているみたいじゃないか。
……いや、寂しいのかも。
「別にさぁ?あと一年で犯罪じゃなくなる訳だし、好きなら付き合えばいいじゃん」
「は、犯罪とかそうじゃないとか、そういう問題じゃないのよ…はぁ、」
「好きなら好きって言えばいいのに。俺だったらそんなことでうじうじ悩んでる暇があったら自分のものにするけどね」
「…好き、ねぇ…」
貴方が注意してきたくせにそうやって恋に発展させようとするのほんっと悪い人。
でも、この人のこういう見た目とは裏腹の男らしい部分に憧れたんだと思い出した。
別に俺はあの子のことなんて、……たぶん好きじゃない。
2023.12.17『とりとめもない話』
「ぁ……なんかグラグラする…」
それは頭が痛んだ事からはじまった。
元々偏頭痛持ちだし、雨も降ってるからまたいつものことだ、と呆れ半分で薬を飲んだ。
いつもならすぐ効く頭痛薬も全くもって効かない。
あ、これちゃんとヤバいやつだ、と認識したとたんグラリと視界が揺らいで黒に染った。
次に目が覚めたのは見知らぬ天井の下だった。
ほのかに消毒液の匂いがする。それに先生の匂い。
「…よかったぁ、やっと起きた…。気分はどう?」
「せ、せんせぇ……?」
「そうだよ、貴方が倒れたって聞いて心配で来ちゃった」
いつもより先生の目線が低い。
ベットサイドに手をかけてこちらを見つめる先生に見とれて暫くボーッとしているとおでこにデコピンを食らった。
一応病人ではあるのだから少しは優しくして欲しいものだ
「なんでもっと早く周りの人に言わなかったの、」
だって気づいたのが遅かったとか、薬を飲んだのに効かなかったとか言いたいことは沢山あったけど、先生が心配してくれた事実が嬉しくて言葉が出ない。
そんな私がまた熱に魘されてるとおもったのか、おでこに先生の手が触れた。
熱をもった額に体温の低い先生の冷たい手が触れれば、熱が引いていくようだ。
「あつ……風邪かなぁ、。悪化しないといいけど…」
「先生…、授業は、?」
この時間先生はうちのクラスで授業があったはずだ。
こんな時にまで先生の事を考えられる私偉いでしょ、とか
「…あ〜ほら!じゅ、授業変更でね?2組の授業無くなっちゃったからフリーだったの。たまたまね、」
じゃあまだ先生はいてくれるってことでいいのかな。
風邪の時って人肌が恋しくなるっていう言葉に甘えて先生を捕らえておきたい。
「なぁに、帰って欲しくないの?この後授業も無いし貴方が帰るまでここに居てあげるよ」
くふふ、とはにかんだ顔が眩しい。
先生の整いすぎた国宝級の顔を見てたらまたクラクラしてきた。
心做しか額の熱も上がった気がする。
「…せんせい、かえっちゃダメ、です…」
「はいはい、何処にもいかないよ」
額にあった手がするすると髪の毛を撫でた。
あぁ、幸せすぎて死んでしまいそう。
風邪をひくのもたまには悪くないなぁとか。
2組の現代文の授業は先生の都合によって自習になっていたが、自習の本当の理由は先生のみぞ知る。
2023.12.16『風邪』
「先生!雪合戦しましょう!もしくは雪だるま!」
開口一番にそんなことを言った君は今日も元気に寒そうな脚を見せていた。
雪のように真っ白の脚が寒さで赤くなっているのが可哀想だと思った。
でも、貴方は寒さにひるむことなくむしろ寒い日の方が元気そうねなんて。
貴方がいるだけでこの場所も温まる気がする。
「えぇ…俺寒いの苦手だから嫌、」
「え〜そんなこと言わないでくださいよっ!きっと楽しいはずです、ね?」
「嫌なものは嫌、貴方の頼みでも無理よ、」
冬の凍てつくような寒さは20数年生きても慣れることはない。雪を触るなんてもってのほか。
何も考えずに雪玉を転がしていたあの頃ならこの誘いも嬉しいものだっただろう。
「もー先生の意地悪、冬が1番すきだから先生と思い出作ろうと思ったのに…わからず屋、…」
1番好きな季節に俺と思い出作りたいなんてやっぱり貴方は物好きだね。
でも、貴方となら…ちょっと楽しそうだなって考えてしまった。
作った雪だるまが溶けてしまうのを優しい貴方の事だから心底悲しがるんだろうなって想像まで安易に出来てしまう。
「…あーもう、分かったってば…、雪が降ったらね?」
「やったぁ!先生私にあまいですねっ、」
俺は大概貴方に甘いみたい。だって楽しそうなんだもの。
冬休みまであと一週間もない。
それまでに雪が降るといいなぁ、なんて寒がりの俺らしくないことをこっそりとお願いした。
寒がりなのに貴方との雪遊びを楽しみにする俺も相当物好きかも。
2023.12.15『雪を待つ』