「先生!イルミネーション見に行きませんか?」
「イ、イルミネーション……?それはクリスマスツリーとかそういう話?」
冬休みもあと一週間と差し迫った頃、彼女がそんなことを口にした。
イルミネーションなんて言葉、学生時代もそして今も耳にすることはあっても何処か無縁で他人事だった。
そんな俺が誘われているという認識でいいのだろうか。
気持ちは嬉しいが、相手は生徒。行けるわけが無い。
それに愛想のいい彼女には俺なんかよりもっと素敵な相手がいるはずだ。
「貴方の気持ちは嬉しいけれど、俺と一緒に居るところなんて見つかったら貴方が嫌な思いするかも。それにそういうのは大事な人と見るものじゃないの?」
俺はそんな人出来たことないから分からないけど、なんてカッコつかない言葉は心の中で。
できるだけ彼女を傷つけずに断ったつもりだが、彼女の顔は曇るばかり。
そんな顔させたかった訳じゃないのに。
ただ貴方が俺のせいで嫌な思いをするのは教師として見過ごせないだけであって…。
「…先生の鈍感。……でも裏を返せば卒業すれば一緒に見に行ってくれるってことですよねっ?」
「へ、へっ?」
予想外の提案に上擦った声が出る。
ぷくっと膨らんだ頬があざとい。
無自覚あざといで現行犯逮捕してやりたいぐらいには。
「私が生徒だから見られたら噂になるみたいなことを言いたいんですよね、」
「ま、まぁそうだけど……」
「私と一緒にどこかに行くのは嫌じゃないんですね!?」
「は、はい……」
「ふふ、そっかぁ…。先生…へへ、」
さっきの表情からは想像もつかないほど口角をあげて、「先生の隣に見合う女性になりますね、」なんて零してたけど俺に拒否権はないのね。いいけどさ。
…生徒と教師でなくなったら本当に断る理由も無いのだけどなぁと一瞬でも思ってしまった12月、寒いしずかな水曜であった。
2023.12.14『イルミネーション』
「ミニトマト?」
準備室でまるで自分の家のようにくつろいでいると先生が仕事用の鞄からちいさな袋を取り出した。
袋からはぼんやりと真っ赤が覗く。
中身は先生が育てたミニトマトだという。
「そう。俺トマト苦手なんだけど自分で作ったら食べられるようになるかなって、」
でもやっぱり苦手なものは苦手みたい、と少ししゅんとした様子で言った。
眉を下げてトマトをみつめる先生は今日も可愛い。
でも大好きな低音だけは健在で、可愛いとかっこいいのバランスに狂いそうだ。
「先生のトマト…なんだか緊張しますね…」
「ふふ、ただのトマトよ?」
袋に手を入れて一粒真っ赤なそれを手に取る。
まんまるの形に目を逸らしたくなるほど綺麗な赤。
先生の手間がかけられて育てられたトマトを食べていいなんて前世の私は相当な得をつんだのではないだろうか。
「いいえ…先生の愛が注がれて作られたものなんです…ミニトマトさえ尊いかも…、」
「貴方って時々分からない……」
2023.12.13『愛を注いで』
「好き…、です。無理だぁ……」
すき、たった二文字なのにこんなに胸を締め付ける。
ぎゅっと息苦しくなって、口にした後を考えて言えない。
案外こういう関係もいいのかもしれないと何処かで思う。
ちょっぴり仲良しな生徒と先生。
仲良しな生徒と先生のタグの他に恋人、なんて甘い響きのタグは必要ないのかもしれない。
そんなことをぐるぐる考えていたら遅くなってしまった。
先生帰っちゃってたらどうしよう。
一抹の不安を覚えつつも先生の元へ足を運ぶ。
「あ、ねぇ貴方!ちょうど良かった。今、料理部にお邪魔してこれ作ったの。一緒に食べよう?」
後ろから先生の低い声が聞こえてバッと振り向く。
聞き間違えるはずがない。私の大好きな低音。
「せんせいっ!」
そう声をあげたわたしに先生は小走りで来てくれた。
そんな先生の手には可愛くラッピングされた小さい袋。
リボンが結ばれていて先生が結ぶ所を想像したらちょっとにやけそうだ。
「可愛いですね。でもなんで先生が?」
「うちのクラスの料理部の子が先生にあげたい、って言うから俺もお邪魔させてもらったんだよ。さ、早く入ろ、」
いつもは嬉しい先生の紳士みたいなエスコートも今は胸がザワザワして落ち着かない。
やっぱり私以外にも先生は優しくて、私ほどじゃなくてもこうやって先生を好いている人は沢山いるんだ。
その子絶対先生のことすきじゃん。それはなんかやだ。
「ありがとうございます。そうなんですね、」
「うん、教えて貰いながらだけど案外上手く焼けたのよ?さ、食べて。」
リボンを解いて食器棚の中の皿にざざっとうつす。
可愛いハート型は先生のことが好きな料理部のあの子の気持ちみたいで迷わず手に取って口に放り込んだ。
「どうかな?美味しい?…あんまり好きじゃない?」
まるで特別な人に向けるみたいに眉を八の字にしてこちらの顔を覗き込んでくるものだから味など分からない。
でも先生の視線が私だけに向けられるこの瞬間は堪らない
「美味しいです。先生の作ったものが食べられるなんて嬉しくて死んでしまいそうです……」
「ふふ、貴方は大袈裟。そんなに気に入ってくれた?」
きゅっと嬉しそうに細められた目に私の心も揺れ動く。
いつもは真面目でちょっぴり無愛想だとか言われてる先生からは考えられないような子供みたいな姿。
可愛いけれど、料理部のあの子も見たのかな、なんてまたネガティブなことをぼんやり考えた。
私と先生の心が繋がって、私のこの苦しい気持ちも先生に伝わってしまえばいいのに。
醜いこの気持ちが伝わってしまわなくてよかった。
2023.12.12『心と心』
「…もうこんな時間、今日はやけに遅いな……」
いつもこの時間になったら待っていなくとも勝手にドアが空いて、帰りの時間まで一緒に過ごすのに。
なにかトラブルに巻き込まれているのか、それとも単純に忙しいのだろうか?
だが、彼女はテスト前でも構わず俺の所に通いつめていたから忙しいという理由ではなさそう。
ここまで考えて自分が彼女を待っていたことに気付いた。
良く考えれば毎日来る、なんて約束していない。
単純に彼女の好意で通ってくれていただけで、もしかすると俺に飽きちゃったり?
元々ネガティブな俺は考え込んでしまうとどんどん悪い方向に思考がよっていく。
「はぁ……やめよ。別にあの子と俺は何も無いんだし」
もう考えるのは辞めて今日の小テストの丸つけでもしようと赤ペンを取り出す。
いいことなのか悪いことなのか、皆全然空欄を埋めてないから丸つけが捗る。
皆やる気ないのか、もしかして皆も俺が嫌い…?などとまたネガティブなことを考えているとびっしりと隅々まで埋まっているプリント。
名前を見なくても分かる。あの子だ、
「あ、この問題…ちゃんと出来てるじゃん。後で褒めてあげなくちゃ、」
自然と口角があがってよく出来たね、と花丸まで書いてしまった。
案外俺はあの子にいい印象をもっているようだ。
その時、準備室のドアが静かにあいた。
「せんせ~まだ居ますか?…あ、よかった!遅くなっちゃったから先生帰っちゃったかと思ってました」
「ぁ…う、うん…、お疲れ様。ココアでいい?」
「はいっ、ありがとうございます!先生の作るの大好きなんです」
よかった~と呟く彼女の姿をみて心底ホッとした自分が居た。
嫌われたり、なにかトラブルがあった訳じゃなかった。
約束もしていない、たまたま来るのが遅くなってしまっただけなのに俺は彼氏みたいなことを考えてしまって情けない。
そんな顔を見られたくなくて急いで寛容的なキッチンへ
この子と俺はなにもない。教師と生徒。ただそれだけ。
さっきからトゲが刺さったように胸がチクチクといたい。
こんな気持ち、知らない。
2023.12.11『何でもないフリ』
「先生こんにちは~」
「んぐっ、……貴方今日早いのね…」
私が入ってきたことに余程びっくりしたのか肩がアニメみたいにビクッと跳ねた。
もぐもぐと一生懸命に口を動かす姿は小動物さながら可愛い。
すると両手で持っているビスケットはナッツと言った所か
「何食べてるんですか!いいなぁ~美味しそう、」
準備室はビスケットの甘い匂いと先生が好んで飲んでいる黒い液体、もとい珈琲のいい匂いがする。
先生に釣り合う大人になりたくて珈琲を毎朝我慢して飲んでいるのはここだけの秘密だ。
「ココナッツのビスケットだよ。ほら、知らない?」
机の上に置いてあったビスケットの袋を見せてくれる。
言われて見れば確かに見たことがあるような……。
「先生好きなんですか?これ、」
「うん、大好き。気になるなら貴方も食べてみる?」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……ありがとうございます」
先生から受け取った 何の変哲もないただのビスケット
でも私にはそれがとんでもないご馳走に見えた。
「い、いただきます…」
そう呟いて口に運ぶ。
その間先生の視線は私だけに注がれていた。
綺麗な先生に凝視されることなんてそうそう無いから手元がおぼつかない。
1口齧ってみてが緊張からか味もよく分からない。
「どう?貴方の口に合うといいんだけど、」
「美味しいです、」
「そう、良かった。」
「じゃあ、これで私と先生はビスケット仲間ですね」
「なぁにそれ、可愛いけども」
「私もこの、ビスケット気に入ったので…同盟ってことでどうでしょう」
「ふふ、貴方本当面白いこと考えるのね。いいよ、俺と貴方の秘密、」
それからあのビスケットが私の常備菓子になったのは言うまでもない。
2023.12.10『仲間』