cute!
かわいいね!その一言が言えなくて僕は唇を
噛み締めた。
青い浴衣姿のあの子は、いつもの部活のジャージ姿とは別人みたいだ。
「いやマジでかわいいね!」
隣で僕が言いたかった言葉をいとも簡単に口に出来る友人が羨ましい、いや妬ましい。
「かわいいってさ、君達この間スポンジボブがかわいいって言ってなかった?そういう意味の方でしょ」
「違うって!So cute!の方だって!」
「どうだかなあ(笑)」
そんな風に楽しそうにやり取りする二人を、曖昧に笑って見ているしか出来なかった。
君と花火が綺麗だった、18の夏。
私たちは記録していく。
子どもの丸い頬を、ぐんにゃりと溶けたポーズの猫を、芸術品のようなパフェを、帰り道に山を赤く照らした夕焼けを。
カメラで、スマホで、SNSに綴る言葉で、なんとか残そうと毎日足掻いている。
そんなのはとても儚いものなのに。
データが壊れたら、アカウントが凍結されたら、SNSを辞めたら途端に全て消えてしまうものなのに。
まるで一夜の夢のよう。
まるで空を吹き抜けていく風のよう。
だけど、私たちはやめられないのだ。
写真に撮り、文字で綴ることを。
何故?──それはきっと。
一瞬の夢が、時には心の支えになることを知っているから。
吹き抜ける風が飛ばした種が、どこかで芽吹くことを知っているから。
今日も私たちは記録していく。
子どもの言い間違いを、毛布と一体化した猫を、いい色に揚がった唐揚げを、空に落書きしたみたいなかすれた雲を。
膨大な記録に背中を押されながら、人生を歩いていく。
さぁ冒険だ
海を前にして、そのあまりの大きさに呆然としたことはないだろうか。
私はある。エネルギーが押し寄せるような波の動きに飲まれ、どんなに目を凝らしても向こうが見えないスケール感に畏怖し、毎回呆然と立ちすくんでしまう。
そしてその度に、人間にとってはあまりに広大な海へと繰り出した、かつての冒険者たちに想いを馳せるのだ。
冒険者──それらはたとえば遣隋使だとかヴァスコダガマだとか、教科書に載っていたり偉人と呼ばれるような人物に限らない。
人類の歴史の記されるずっと前から、あそこに見える島へと渡ってみよう、その先にも何かがあるかを見てみよう、更にその果ての海の向こうへと、小さな船で漕ぎ出した市井の人々がたくさん、私が想像するよりもはるかにたくさんいるはずなのだ。
エンジンもない、地図も羅針盤もない時代の航海。きっと多くの船と人が海に沈んだのだろう。
それでもそのような人々がいたから繋がった歴史や文化がきっとある。
海を前に立つ。計り知れない質量に飲み込まれそうで私は呆然と立ちすくむ。
海は大き過ぎて怖い。
そんな臆病な私の耳に、波の音、海風の音に紛れてかつての冒険者たちの声が聞こえる気がした。
「さぁ冒険だ」と。
一輪の花
それは偶然、そして必然。
秋とは名ばかりの暑い季節に、僕は彼女を見つけた。
5年前、塾の冬期講習で同じクラスだった僕たち。
お互いに恥ずかしがり屋で話すことは出来なかったけれど、たまに目が合うだけで僕の心は踊った。
若かりし日の淡い恋に、今なら形を与えられるとしたら。
僕は彼女に花を贈ることにした。
花なんてガラじゃないけれど、僕たちにぴったりの花言葉を見つけたんだ。
「再会」
を意味するこの美しい赤色の花に、彼女はどんな反応を見せてくれるだろう?
僕は彼女が現れるのを待った。
────────────────
バイトの帰り道、待ち伏せしたかのように突然現れた見知らぬ男に、私の心臓は竦み上がった。
後ずさりながらバッグの中のスマホを探るけれど、手が震えて上手く掴めない。
「久しぶり。あのこれ、僕の気持ちです」
そう言って男が手渡そうとしてきたのは、一輪の花。
それを見て私は更なる恐怖に襲われる。
赤い線で描いたかのような独特のフォルムを持つその花は──
『これは彼岸花。死人花、幽霊花、地獄花とも呼ぶんだよ。毒のある不吉な花だからね』
子どもの頃におばあちゃんから教わったことがある。
それを私に渡す意味は?私を……殺してやるという脅し?
男が少しずつ近付いてくる。
私は悲鳴にならない声をあげて駆け出した。後ろを振り返る余裕はない。
もつれる足を奮い立たせて、ようやく車通りのある場所へ出たと思ったその時だった。
けたたましいクラクションと眩しい光。衝撃と共に身体が宙に舞って──
ぐしゃりと何かが壊れる音。
意識が途切れるその間際。
視界の端に、不吉な赤い花が見えたような気がした。
「高度な科学は魔法と区別がつかない」
私の好きな言葉です。
高度という程でもないけれど、仕事で使うエクセルに便利な関数や書式を仕込むのが大好きで。
ひとつのセルに数字を入れるだけで日付が変わり、曜日も出て、土日祝は赤くなり、それに対応した担当者の欄に◯が入って、別シートの一覧にも反映される。
これってひとつひとつ日付を変えて祝日を探して色を塗って担当者欄に◯をコピペして……ってやるのに比べたら、まるで魔法みたいだなあと思うのです。
今私たちが光る板に触れるだけで文章が現れ、それを遠く離れた沢山の人が瞬時に共有して反応を貰えたりできるこのアプリも、やはりどう考えても魔法ですね。