君に出会って恋を知った。
自分には縁遠いものだと切り捨ててきた。
君に出会う前、別の異性に想いを告げられた。
その想いは恋ではなく支配。
彼女が俺を所有物として支配したいだけの
おぞましい動機と欲望。
俺を物として見る瞳は狂気を孕んでいた。
そのような体験が異性をより遠ざけた。
戦場で命を散らす。
それを望みに剣を振るい続けた。
しかしどうだろう。
君に出会って恋をして「生きたい」と思ってしまった。
命を手放したくなくなった。
一分一秒、君とともにいたい。
共に生きたい。
「恋人を放置するとはどういうおつもりですか?」
にっこりと微笑み眼下の彼を見下ろす。
目の下に濃い隈をこさえ縮こまる彼は完徹3日目。
仕事中毒で周りがどれだけ心配しても
行動を改善しない。
その上、最近は放置され気味で堪忍袋の尾が切れた。
「実家に帰らせていただきます。」
「いや…!それは待ってくれ!」
情けない顔をし縋ってくる婚約者を冷笑する。
何もしないで相手の気持ちが変わらないなんて思っているのなら傲慢以外のなにものでもありませんわ。
仕事ばかりで会いに来てくれさえしない
婚約者なんて捨ててしまいましょうか。
上 こっちに恋
下 愛にきて
奇跡に感謝を。
広大な世界で唯一人のあなたは私の比翼。
膝枕の硬い触感が頬にあたり意識が浮上する。
そっと髪を撫でられる感覚がこそばゆい。
「あの、……寝てました?」
「ぐっすりと。可愛い寝顔堪能させてもらったよ。」
見上げて彼に問いかければ極上の笑顔。
瞬間的に羞恥心で耳まで真っ赤にする。
頭上からは微かな笑い声がした。
意地の悪い。この状況を楽しむなんて……!
「もぅ!意地悪です!」
起き上がって抗議しても彼はどこ吹く風。
腕の中に閉じ込められて何も言えなくなる。
「恋人の寝顔、堪能して何が悪いんだい?」
耳元で囁かれる官能的な響きに腰が抜ける。
涙目で睨んでも彼は嬉しそうに破顔する。
そして与えられるキスの嵐。
「君に巡り会えた事、神に感謝する。」
自分にとっての世界はあまりにも狭かった。
変わらぬ日常は平穏ではなく現状維持。
自ら行動する事の大切さを痛感した。
めんどくさいって思ってやってないこと。
できないってやる前から諦めること。
それは自分の可能性を閉ざす未来を招く。
未来で過去を後悔したくない。
例え一歩でも前に進めば
それは進歩。
やらずに後悔するよりやって後悔したい。
より良い未来を掴むため
次はどこに行こう。
愛しい恋人の耳元で囁いてみた。
「愛しています」
直後、鈍い音を立て机に突っ伏した。
そしてうめき声。
じとりと静かに睨みつける瞳には歓喜が宿っており
照れ隠しだと気づいた。
「……不意打ちで言うのはなしにしてくれ」
「嫌です。恋人を放っておく人の言う事は聞きません」
そっぽを向いて怒っているフリをする。
本当は知っている。
仕事で多忙な中で時間を割いてくれていること。
それでも寂しい。一緒にいたい。
「ったく。俺の最愛は寂しがりだな。」
逞しい腕に抱き寄せられた。
その体温に安堵し縋り付くように抱きつけば微かな笑い声が鼓膜を揺らした。
「死が二人を分かつまで俺は君の傍に居るよ。」
宵闇に紛れる黒衣の背中。
子供の頃から見慣れた姿。
ピンと真っ直ぐ伸びた背の主の視線は
微かな星明かりに向けられる。
その背中に触れてみたい。
彼が見ているものを見てみたい。
言葉に出せない願望は胸の中に燻り痛みを伴う。
見ている事しかできないもどかしさに
息が詰まりそうになる。
彼は多くを望まない。
「傍に居てくれるだけでいい」と。
それは言葉少なな彼の本心だと思いたい。
そうだとしても後ろから見るのではなく
傍らに立ちたい。
彼の見ている世界を見てみたい。