※BL描写
扉がばねの力に任せて閉じ、目の前の彼が後ろ手で鍵を閉めたらしく、がちゃりと金属のかんぬきが閉まる音がした。
大柄な彼は、見た目によらぬ繊細な手つきでこちらの頬をそっと指先で撫でる。その微かな感覚に集中し、体温をうっとりと享受した。彼の瞳には温かな愛が滲んでいて、それに胸が熱く締め付けられている。
ごく当たり前の動作で彼は顔を近付けて、俺は柔らかな唇を受け入れた。口づけの予感に瞼を下ろしたせいで、唇の感覚と吐息に敏感になっている。
「……ん」
ゆったりと唇を重ね合わせるうちに境目は融け合い、呼吸さえどちらのものとも分からなくなった。手はいつの間にか彼のワイシャツに縋り、キスに夢中になっている。
濡れた粘膜が触れると、互いに体温が上がるのが分かった。
さらに強く抱き寄せられ、後頭部をほとんど掴まれる形でキスを交わす。激しい鼓動に押し上げられる胸板が当てられて、ただ愛情だけがここにあった。
ようやく、口内をじっくりと犯していた舌が去ったというのに、俺の舌はそれを拙く追いかけてしまっていた。あやすように絡められ、そっと離される。
「あ……」
こぼれ落ちた物欲しそうな声が、どちらのものかということさえ分からなかった。たっぷりと潤った唇がくっつくかどうかという近さで、鼻先を擦り合わせる。
言葉はもはや要らず、心のままに互いを求めあった。
※BL描写
肩に気安く触れてくる大きな手は、振り向かずとも誰のものか分かった。手はそのまま無遠慮に胸元まで降りてきて、がっしりとした胸板に抱き寄せられる。
背中に伝わる温もりに、心臓がどきりと跳ねた。それに目を背けながら、いやいやをするように小さく身を捩ってみせる。
「ハグ、嫌いっすか?」
振り向いてみると、尋ねる言葉とは裏腹に、幼げな顔立ちにはニコニコと嬉しそうに笑みが見られた。
肩に顎を載せてくるせいで、吐息が混じってしまいそうなほどに距離が近くなっている。唇が重なる状況を連想してしまい、頬が熱くなる。
「ね、こっち向いて」
一向に返事をしないこちらに焦れているのか、肩に額をぐりぐりと押し付けながら甘えた声を出す。滑らかな彼の頬が首筋に触れるけれど、その柔らかさにも気付かないふりをした。
「向かへん」
そう呟いて、胸元に回されている大きな手を両手で包み込んだ。彼はお願いを聞いてもらえなかったのに、筋の通った鼻を子犬のようにすり寄せて、なお一層こちらを抱きしめる腕の力を強めた。
※BL描写
「ね、俺たち仲間じゃないすか」
にかっと屈託のない笑顔を見せる彼の言葉に、胸の奥が苦しくなった。自分を慕ってくれていることへの喜びと、それから飢えである。
「ん、そやな」
目を見ていられず視線をそらした。さっさときがえを終わらせてしまおうとする自分に、彼の視線が向けられたままである気配がする。
普段ならばこちらから尋ねてやるが、今はあまり彼と話したい気分ではなく、放っておくことにした。
荷物の片付けも終わって、鞄を手に取る。彼の目は見れないまま扉の方へと向かおうとした。
「じゃ、また明日も」
頑張ろうな、と言う前に、彼に腕を掴まれた。
「なに?」
「なに、じゃないっすよ。さっきから俺のこと無視して」
新人の頃にかわいいかわいいと甘やかしたせいなのか、少しの間構わなかっただけであるのに彼は不満げに口を尖らせている。
「無視なんて」
「してますよね」
畳み掛けるように詰られ、二の句がつげない。
「俺のこと、仲間だと思ってくれてないんすか」
言葉尻にほんの少しだけ傷ついたような色が見えて、思わず声色を強めて反論した。
「そんなわけあらへんよ」
そこでようやく彼の顔を見上げた。幼げな顔立ちに不安が浮かんでいる。
「じゃあ、なんで」
態度がおかしいのは分かっている。でも言えるわけがない。お前と、仲間同士、先輩と後輩、それ以上に親密になりたいだなんて。
「……仲間だけなん、足りないんやもん」
え? と戸惑う彼の手からするりと逃げ出し駐車場へと足早に向かう。しかし、後ろから慌てた足音がどんどん近づいていた。
この気持ちを話したくない。それなのに、彼に捕まって、詰問されて、心を暴かれてしまいたい。
その感情を見つめているうちに、腹のあたりにがしりと太い腕が回って、背中から体温に包まれた。
「仲間の他に、何がほしいんです」
荒い呼吸の間に耳元で囁かれて、もう形ばかりの抵抗をやめた。
※BL描写
わざわざポップコーンを皿に盛って二人並んでソファに沈んだところまではよかったのだけれど、隣に座った彼はものの三十分で寝息を立て始めた。ここ一年、気を張り続けていた彼の、肩に伝わる重みが愛おしい。
アプリのサブスクリプションで再生している映画だから、手元のリモコンですぐ止められるのだけど、もうその頃には続きが気になるほどにはストーリーに没頭していたのでそのままにしておいた。
エンドロールが流れても、穏やかな寝息はそのままだった。
「映画、終わったで」
そっと名前を呼んで声をかけるけれど、この態勢で落ち着いてしまって起きることはない。
投げ出されている手に指先で触れる。ゴツゴツしていて、マメだらけで硬い手のひら。この手が好きでたまらない。この手が自分に触れる度に胸が幸福感でいっぱいになる。
「ほら、起きよ」
手をきゅっと握ってみる。すると、その途端に指が動いて彼の手のひらに包み込まれた。
切れ長の瞼は開かれ、瞳はたっぷりと慈愛を含んでこちらを見つめている。
何か言う前に、頬を撫でられる。
「いっしょにねよ」
この甘える声、温かい手、抗えるわけもなくて、彼の胸に身を預けた。彼はそのまま後ろにゆっくり体を倒して横になり、背中に腕を回してくる。
「離れないで」
耳元で囁かれて、瞼を下ろした。