『七色の約束』
昔々、とある村に七色の虹を作る不思議な石があった。その石を持つ者は願いを一つ叶えられるとされていた。しかし、その願いは色ごとに異なり、一人が選べるのはたった一つの色だけだった。
ある日、旅人の少年・ルイが村を訪れた。彼は遠い国にいる妹を助けるために強くなりたいと願っていた。村の長老はルイに七色の石を見せ、こう告げた。
「七つの色、それぞれ違う力を持つ。お前はどの色を選ぶ?」
ルイは石を見つめ、七つの色の意味を聞いた。
赤……勇気と力を与える。
橙……知恵と創造の力を授ける。
黄……幸運をもたらす。
緑……大地の恵みと癒しの力を持つ。
青……冷静さと判断力を授ける。
藍……隠された真実を見抜く。
紫……魔法の力を得られる。
ルイは迷った。どの色を選べば、妹を救うことができるのか。
「私は……」
彼は一つの色を選んだ。すると、石は輝き、ルイの体にその力が宿った。
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ルイは選んだ色の力を胸に、妹のもとへと急いだ。彼の妹・エマは大きな病にかかっており、治療法が見つからなければ命が危ういと言われていた。
旅の途中、ルイは自分の中に宿った力を試すことがあった。困っている人々を助け、獣に襲われそうになった村を守り、時には絶望していた旅人に希望を与えた。そのたびに彼の瞳は七色に光り、不思議な力が発動した。
そしてついに、ルイは妹のもとへ辿り着いた。エマの体は衰弱しきっていたが、ルイはそっと手をかざした。すると、彼の手から七色の光があふれ、エマの体を包み込んだ。
「……お兄ちゃん?」
気づけば、エマの頬に赤みが戻り、彼女はゆっくりと起き上がった。病は完全に消え去り、彼女は元気を取り戻していたのだった。
「……よかった」
ルイは安堵の息をつき、エマを強く抱きしめた。
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それから数年後、ルイは再び村へと戻ってきた。
村の人々は驚いた。彼の姿はあの頃の少年のままだったが、瞳には七色の光が宿っていた。そして何より、彼の周りには不思議な優しさと強さが満ちていた。
「ルイ、お前はどの色を選んだんだ?」
村の長老がそう尋ねると、ルイは優しく微笑んでこう言った。
「どれか一つではなく、すべてを選んだんだ」
彼は赤の勇気、橙の知恵、黄の幸運、緑の癒し、青の冷静さ、藍の真実を見抜く力、そして紫の魔法——すべてを自らの力として受け入れたのだった。
村の人々は驚き、そして称えた。
こうして、ルイの名は「七色の英雄」として、村に語り継がれることとなった。
記憶の小瓶
海辺の町に、古びた小さな骨董店があった。店主は初老の男で、名前を知る者は少なかったが、人々は彼を「記憶屋」と呼んでいた。
この店には不思議な商品があった。色とりどりのガラスの小瓶に入った「記憶」だ。誰かの忘れた記憶、あるいは手放したいと願った記憶が詰められているという。
ある日、一人の若い女性が店を訪れた。
「失くした記憶を探しています」
彼女の声はどこか切なげだった。
「どんな記憶かね?」
「……わかりません。でも、何か大切なものを忘れてしまった気がするんです」
記憶屋は黙って棚を眺め、一本の青い小瓶を取り出した。
「この記憶が、君のものかもしれない」
女性は慎重に小瓶の蓋を開けた。すると、ふわりと潮の香りが広がり、彼女の瞳に遠い夏の日の光景が映し出された。
――海辺で手を繋ぐ、幼い自分と少年。
――笑顔で約束を交わす。
――「ずっと一緒にいるよ」
けれど、その少年の顔はぼやけていた。
「……この人は……?」
記憶屋は静かに答えた。
「君が忘れることを選んだ相手だよ」
女性の目に涙が滲んだ。なぜ忘れたのか、その理由は思い出せない。でも、胸の奥にぽっかりと空いた穴が、今、満たされていくのを感じた。
「思い出したい」
彼女がそう言うと、記憶屋は微笑んだ。
「ならば、この小瓶を持って行きなさい。記憶というものは、時間とともにゆっくりと輪郭を取り戻すものだから」
女性は青い小瓶を大切に抱え、店を後にした。彼女の胸には確かに何かが戻ってきていた。まだ輪郭は曖昧でも、そこには温かな感情があった。
記憶屋はそっと店の奥に戻り、棚の隅にあるもう一つの小瓶を手に取った。それは、彼女の記憶からこぼれ落ちた、もう一人の少年の想いが詰まった小瓶だった。
「やがて、君も思い出すだろう」
そう呟きながら、彼は小瓶を静かに棚に戻した。
もう二度と
「なあ、もう一回やろうぜ!」
僕がそう言うと、アイツは苦笑いして首を振った。
「バカ、何回やっても俺の勝ちだろ?」
いつもの公園、いつもの1on1。僕は一度も勝てなかったけど、それでも諦めずに挑み続けた。
「よし、ラスト1本な」
そう言って、アイツは笑いながらボールを奪い、軽やかにシュートを決めた。
「はい、俺の勝ち」
「くそ……また明日な!」
「おう、また明日」
アイツは笑って手を振り、自転車に乗って帰っていった。
——それが、最後だった。
その夜、アイツは事故に遭った。トラックとの衝突。即死だったらしい。
次の日も、僕は公園に行った。バスケットボールを抱えたまま、ただじっと立ち尽くしていた。
「なあ、もう一回やろうぜ……」
誰もいないコートに向かって呟く。でも、返事はない。
シュートを打つ。ボールはリングに弾かれて、コロコロと転がる。
「……また負けたよ」
風が吹く。桜の花びらがひらひらと舞った。まるで、アイツが笑っているみたいだった。
灰色の雲が空を覆っていた。今にも雨が降り出しそうな空の下、あまねは駅のベンチに座っていた。
「…やっぱり、降るかな」
独り言のように呟いたその瞬間、ぽつりと頬に冷たいものが落ちた。あまねは空を見上げる。
「レオ、傘持ってきた?」
隣に座っていたレオは、スマホをいじりながら首を横に振った。
「持ってない。まぁ、降っても走ればいいだろ」
「……バカ」
あまねはため息をつきながら、自分のカバンから折りたたみ傘を取り出した。レオの方に少し傾けると、彼はくすっと笑った。
「やっぱりあまねはしっかりしてるな」
「当たり前。レオが適当すぎるだけ」
雨が降り出した。小さな傘の下、二人は肩を寄せ合うように歩き出した。
「なあ、あまね」
「……何?」
「雨って嫌いじゃないけど、曇りはちょっと苦手だな」
「なんで?」
「なんかこう、スッキリしないだろ。雨は降ったら降ったってわかるけど、曇りって、降るのか降らないのかハッキリしないし…」
あまねは少し考えたあと、小さく笑った。
「レオらしいね。白黒ハッキリしてるのが好きなんだね」
「まあな」
レオはあまねの方を見て、不意に言葉を続けた。
「でも、こんな曇り空の下でも、お前と一緒なら悪くない」
あまねは一瞬動きを止め、それからそっぽを向いた。
「……何言ってんの」
「別に?」
レオはにやりと笑い、傘の端を少し引っ張った。
曇り空の下、二人の距離はほんの少しだけ近づいた。
目を覚ますと、あたりはぼんやりと白んでいた。霧のような光の中、あずははゆっくりと身を起こした。ここはどこだろう? たしか、昨日は普通に家に帰って、ベッドに入ったはずなのに。
「……あずは?」
懐かしい声が聞こえた。振り向くと、そこにはもう二度と会えないと思っていた人が立っていた。
「お母さん……?」
彼女は微笑んでいた。少し若返ったような顔で、優しく手を差し伸べてくる。あずははその手を取るか迷った。これは夢なのか、それとも――。
「久しぶりね」
「どうして……? もう、会えないはずなのに」
「そうね。でも、少しだけなら大丈夫よ」
彼女はそう言って、そっとあずはの髪を撫でた。その手のぬくもりがあまりにもリアルで、あずはの喉が詰まる。
「帰らなきゃ……。私、まだ向こうでやることがあるんだ」
「ええ、わかってる。でも、その前に一つだけお願いがあるの」
「なに?」
「ちゃんと“バイバイ”って言って」
あずはは息をのんだ。ずっと言えなかった言葉。最後に病院で別れるとき、涙で声が出なくて、何も言えずに背を向けたあの日。
「……ごめん」
「いいのよ。だから、今言って?」
あずはは涙をこらえながら、震える唇を開いた。
「……またね、お母さん。バイバイ」
その瞬間、白い世界がふっと光に包まれた。気がつくと、あずはは自分のベッドの上にいた。枕が濡れている。
朝の光が差し込む部屋で、あずははそっと目を閉じた。そして、小さく微笑んで、もう一度だけつぶやいた。
「バイバイ……」