目を覚ますと、あたりはぼんやりと白んでいた。霧のような光の中、あずははゆっくりと身を起こした。ここはどこだろう? たしか、昨日は普通に家に帰って、ベッドに入ったはずなのに。
「……あずは?」
懐かしい声が聞こえた。振り向くと、そこにはもう二度と会えないと思っていた人が立っていた。
「お母さん……?」
彼女は微笑んでいた。少し若返ったような顔で、優しく手を差し伸べてくる。あずははその手を取るか迷った。これは夢なのか、それとも――。
「久しぶりね」
「どうして……? もう、会えないはずなのに」
「そうね。でも、少しだけなら大丈夫よ」
彼女はそう言って、そっとあずはの髪を撫でた。その手のぬくもりがあまりにもリアルで、あずはの喉が詰まる。
「帰らなきゃ……。私、まだ向こうでやることがあるんだ」
「ええ、わかってる。でも、その前に一つだけお願いがあるの」
「なに?」
「ちゃんと“バイバイ”って言って」
あずはは息をのんだ。ずっと言えなかった言葉。最後に病院で別れるとき、涙で声が出なくて、何も言えずに背を向けたあの日。
「……ごめん」
「いいのよ。だから、今言って?」
あずはは涙をこらえながら、震える唇を開いた。
「……またね、お母さん。バイバイ」
その瞬間、白い世界がふっと光に包まれた。気がつくと、あずはは自分のベッドの上にいた。枕が濡れている。
朝の光が差し込む部屋で、あずははそっと目を閉じた。そして、小さく微笑んで、もう一度だけつぶやいた。
「バイバイ……」
3/22/2025, 10:13:57 AM