小学生の頃はいつも自分の事ばかり考えていた。自分が何が好きなのか、何が心地良いのか。誰と一緒にいると楽しいのか。
だから、他の人が自分を変わっていると思っていることも知らなかったし、自分の一言で誰かが傷ついていた事も知らなかった。言ってくれたら良かったのに。そしたら,直せたかもしれないのに。だけど、周りのみんなも幼かったからきちんと言葉にせず、離れていった。気がついた時には私の周りに友だちはいなかった。
中学生になる時に、これからはみんなに合わせようと決めた。周りの事を気にし出すと、人の視線が気になった。人が自分の事をどう見ているのか、それが怖かった。
自分がどのグループに属するのか、どこにいれば変に思われないか。目立ち過ぎず、かといって全く知られない存在ではない。
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お題:心と心
「僕を守るために怪我をさせてしまってごめんなさい」少年が頭を下げる。
「大丈夫、お前さんが無事でよかった」と老人は優しく話す。
「息子を守ってくださってありがとうございます」少年の母親も少年の隣で頭を下げる。
「いやいや、当然のことをしたまでよ」と老人は穏やかに話す。
幸い長老の怪我は命に関わるものではなかった。しばらく身体を休める必要はあるが、普段の生活に戻れるだろう。だが,老人は命を失ってもかまわないと思っていた。それは本心からである。
日々の生活に不満があるわけではない。生きていけるものなら生きていきたい。しかし、若者が犠牲になる事に比べれば自分の命など惜しくもなかった。
年長者は若者のために犠牲になることは致し方のない事だと考えていた。そして、若者は守られているからこそ自由に、勇敢に冒険ができる。冒険は新しい世界を切り拓くためにかかせない。新しい世界に行かなければ、いつの日か種は絶えてしまうだろう。
老人自身も若い頃には年長者に助けられてきた。借りた恩を返すのではなく、次に送る。恩返しではなく、恩送り。そんな考えがこの社会にはある。
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お題:ありがとう、ごめんね
昭子は部屋に置くロッキングチェアを探すことにした。
家具屋さんにロッキングチェアなんてあったかしらと昭子は考えた。ロッキングチェアなんて探した事がなかったから、検討もつかなかった。
とりあえず大型のインテリアショップに行ってみた。店内を一回りしたがそれらしい物が見当たらない。昭子は店員を探して質問してみた。ロッキングチェアは店の隅に一商品だけ取り扱いがあった。ただ、昭子が想像しているような物ではなく、普通の椅子の足にカーブした板をつけただけのように見えた。ただ、自分の想像している物がうまく説明できなかった。
昭子は近くにある本屋へ行ってみた。インテリアの本があるのではないかと考えたのだ。インテリアの本はたくさんあった。昭子は自分の好きな写真の載っている本から順にぱらぱらと見ていった。素敵な写真がたくさんあった。昭子はロッキングチェアの事は忘れてそのインテリア雑誌にのめり込んだ。今までインテリアや家具なんて興味もなかったのに。
昭子は一番魅力的に感じた部屋が載ってる雑誌とロッキングチェアの写真の載っている雑誌の2冊を購入した。
家に帰るまでの時間ももどかしく、喫茶店に入ってじっくりと雑誌を見ることにした。その喫茶店は駅前から少し外れた場所にある。静かな店内が気に入っていた。
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お題:部屋の片隅で
真っ青の足元には白い雲が漂っている。あそこまで行けば、雲を捕まえられるかしら。
校庭の桜の木は黒い影を茂らせている。
子どもたちは皆真っ黒で、その影は色彩に満ちている。
全てがゆっくりと流れて、私だけ別の世界にいるようだ。いつもと違う世界は時間の感覚を狂わせる。
私は鉄棒に膝をかけて頭を下ろしている。「コウモリ」というらしい。
手を振りながら走ってくる黒い人がいる。あ、みいちゃんだ。
「ちいちゃん何してるの?」と顔を覗き込みながら訊ねてくる。
「世界を逆さまに見てるの」
みいちゃんが隣でこうもりの姿勢になってこう言った。
「おもしろいね」とみいちゃん。
「でしょ」と言うと、「ううん。ちいちゃんが。こんな事考えるなんておもしろいね」
みいちゃんは私の方を向いてそう言って,にぃと笑った。
みいちゃんが足を地面に戻してこう言った。
「みんなでケイドロやるって。ちぃちゃんもやろう」
私は掌を地面に当ててから膝を鉄棒から外す。
頭にのぼった血液が一気に体におりてきて、少し目眩を感じる。
ゆっくりと流れていた世界が急にスピードを上げる。私は元の世界に戻ってきた。
「待ってー」とみいちゃんを追いかけて走り出す。
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お題:逆さま
「母さん、今日、父さんが帰ってくるのよね」
寧音は布団から飛び起きるとごはんの支度をしている母さんに声をかけます。
都へ仕事に出かけた父さんは秋祭りの日には帰ってくると言いました。明日は秋祭りです。父さんが帰ってくるなら、今日しかありません。
「そうね、父さんが帰ってくるまでに家の事を片付けてしまいましょう」と母さん。
午後になり寧音はまた母さんに訊ねます。
「ねぇ母さん、父さんはいつ帰ってくるのかしら?」
「いつかしらね」と母さんは答えます。
空が茜色になっても父さんは帰ってきません。
「母さん、父さんはまだかしら」と寧音は訊ねます。
「そうね、先にご飯を食べてしまいましょう」と母さん。
寧音は久しぶりに父さんと母さんと一緒に食べる食事を楽しみにしていたのに、と少し不満に思いつつ夕食を食べ終えました。
空に星が見える時間になっても父さんは帰ってきません。
「寧音はそろそろおやすみなさい。父さんが帰ってきたら、起こしてあげるから」と母さんは言います。
寧音は嫌々布団に潜り込みます。
父さんは秋祭りまでに帰ってくると約束したのに、いったい何をしているのでしょう。もしかしてもう戻ってこないのでしょうか。寧音は不安になりました。布団に入っても全く眠たくありません。
そっと外を覗くと西の空に細い月が薄く出ています。
その時、扉が開く音がしました。
寧音は布団を跳ね退けて玄関に向かいます。
そこには笑顔の父さんが立っていました。
『今来むと いひしばかりに 長月の
有明の月を 待ち出でつるかな』
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お題:眠れないほど