未来が決まる瞬間というものがある。
短い未来の時もあるし、遠い未来の時もある。
新学期のクラス替え。これからの一年が決まる。
受験の合格発表。これからの数年が決まる。
自分の意思や努力だけではどうにもならないもの。
仕事を選ぶ瞬間。パートナーを選ぶ瞬間。
自分の長い未来を決める瞬間もある。
やはり、自分の意思や努力だけではどうにもならない。
そこにあるのは、言い古された言葉ではあるが、やはり『縁』なのだと思う。
自分の意思や努力だけではどうにもならない。
その『縁』を『良縁』にするのか『悪縁』にするのか。
それは自分の意思や努力が重要になる。
全ての人間関係に共通することなのだろうけど。
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お題:夫婦
フワリが帰った後もフウタは風の丘に座って星空を眺めていた。
フウタはわかっていた。今日、フワリと一緒に星空を眺められたのは、流れ星にお願いしたからではない。フワリが勇気を出してお父さんに話をしたからだ。
フワリと一緒にいるのは楽しい。フワリと一緒に野原を駆け回る時、ボクとフワリは風になる。こんな遊びができるのはフワリとだけだ。フワリと話をするだけで元気になる。フワリはボクの親友だ。
でもフワリと遊ぶ時、ボクはこっそり抜け出している。帰る時もいつもドキドキしながら帰る。「何をしていたの?」と家族から聞かれてもいつも「別に」って答える。いつかみんなに知られてしまうのだろうかとビクビクしている。フワリにも家族にも申し訳ないって思う。
フワリとはこれからもずっと一緒に遊びたい。家族にフワリを受け入れてもらいたい。ボクはどうすればいいの?
流れ星の数はどんどん少なくなってきた。フウタは最後の流れ星にお願いした。
「ボクに勇気をください」
そして、すくっと立ち上がり家に帰る道を風のように駆けて行った。
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お題:どうすればいいの?
子ぎつねのフウタと子うさぎのフワリは秘密の友達。
きつねはうさぎの天敵だから、フワリが「きつねの子と友達になった」なんて言ったら、みんなに「やめなさい。あなただけじゃなくて、家族もきつねに意地悪されるわ」って言われるんだろうな。うさぎはきつねを乱暴で意地悪だと思っている。
フウタだって「うさぎの子と友達になった」なんて言ったら、みんなに「やめろよ。あんな臆病者と遊んでも楽しくないだろ」と言われるだろうな。きつねはうさぎを臆病な嘘つきだと思っている。
フワリは知っている。フウタがとても優しいことを。
フウタも知っている。フワリがとても勇敢なことを。
フワリとフウタが遊ぶのは風の丘だ。きつねは風の丘には何もなくてつまらないと言うし、うさぎは風の丘は隠れる場所がらなくて危険だという。だから、ふたりにとって風の丘は誰にも見つからずに遊べる最高の場所だ。
「ねぇ、フワリ。明日の夜、風の丘に来れない?」
「え?うさぎは夜は寝るのよ?」
「うん、知っているよ。でも、きて欲しいんだ」
その日の夜、フワリは寝床で考えた。夜の世界ってどんな世界だろう。フウタがあんなに誘ってくれるんだし、行きたいなぁ。でも、お父さんもお母さんもきっと許してくれないよな。夜中に抜け出すなんてできないし。どんなに考えてもいいアイデアが思い浮かばない。
フワリは寝床から起き出して、お父さんとお母さんの所に行った。フワリの深刻な表情にお父さんとお母さんは驚いている。
「フワリ、どうしたの?どこか痛いの?」とお母さん。
フワリは頭をふる。
「お父さん、お母さん、明日の夜お出かけしたいの」
お父さんもお母さんもさらに驚いた顔をした。
フワリはお父さんとお母さんに全てを話した。仲良くなった友達に夜、遊びに誘われたこと。その友達がきつねであること。でも、とても優しい友達であるということ。
お父さんはしばらく黙って何か考えていた。
「フワリ、夜にひとりで遊びに行くのを許すことはできないよ。やはり夜の森は危険だからね。私が一緒に行くことにしよう」
フワリの顔がぱあっと明るくなった。
「お父さん、行ってもいいってこと?ありがとう」と言ってフワリはお父さんに飛びついた。
「フワリがきちんと話してくれて嬉しいよ」とお父さんは言った。
いよいよフウタとの約束の日。
初めて夜の森に出る。夜の森は恐ろしい程静かで真っ暗だ。フワリはお父さんと離れないようにぴったりとくっつく。
森を抜けると途端に夜空が広がった。空一面の星にフワリは息をのむ。風の丘に着くとすでにフウタが待っていた。お父さんが「行っておいで」と微笑む。
「フウタ〜」
フワリの声にフウタが嬉しそうに手を振る。
「フワリ、向こうの空を見ていて」とフウタ。
すると、すーっと星が流れた。びっくりしていると、次々に星が流れる。
「うぁー、すごい!」一言そう言ったきり、フワリは何も言えなくなった。30分程見入っていると徐々に流れる星が少なくなってきた。
「フワリがくる前に流れ星にお願いしたんだ。フワリが来ますようにって。そしたら、フワリが来てくれたんだ。ありがとう」とフウタ。
「フウタ、ありがとう。私、全部お父さんに話したの。そしたら、お父さんが連れてきてくれたんだ」とフワリ。
フワリはフウタと別れてお父さんの所へ走って行く。
「すごかったなぁ。フワリ、いい友達だな」とお父さん。
フワリは自分が褒められた様に嬉しくなった。
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お題:宝物
ピロンと昭子のLINEの通知音が鳴る。
『今週の金曜日、泊まりに行ってもいいですか?』
孫娘の莉子からのメッセージが届いていた。
『いいですよ。来る時間とスケジュールを教えてください。食べたいものはありますか?』
特に予定もない。かわいい孫娘に会えるのは大歓迎だ。一人になって、自分のペースで行動する事が増えた。知らず知らずのうちに人に振り回されるのを好まなくなっていた。だから、予め予定を立てておきたいのだ。
『金曜日の17時ごろに行って、土曜日の9時くらいに友達と出かけます。土曜の夜にまた荷物を取りに行きます。おばあちゃんのかぼちゃが食べたいです。』
莉子から返事がきた。莉子は今年から高校に通っている。昭子の家は莉子の高校から30分くらいだ。週末、友達と遊ぶ時など自宅から行くより便利だと言う事で昭子の家に泊まりに来る事があった。
金曜日、掃除機をかけて雑巾掛けをする。普段は気になった時しかやらないが、お客さんが来ると思うと張り切ってしまう。買い物に行って、莉子の好きなかぼちゃの煮物を作る。他にも鯖の唐揚げや白和などを莉子の好きなものの下準備をはじめる。作りながら、莉子が好きだったか、莉子の母親の希美が好きだったものか考えてしまう。
17時を少し過ぎた頃、家のチャイムがなった。
制服姿の莉子が立っている。会う度に少しずつ大人っぽくなる。
「おじゃまします」と朗らかな声で挨拶しながら入ってくる。
「これ、お母さんから」と差し出した袋には大きな柿が二つ入っていた。
「おじいちゃんにお供えしてきて」というと夫の位牌の前に柿を置き、手を合わせている。
夕食の仕上げをして、2人で向かい合って食べる。
「おいしかった。ごちそうさま」夕食を食べ終える。莉子が食べ終わった食器を流しに運んでくれる。希美に言わせれば「何もしない娘」らしいが結構気を利かせて働いてくれる。希美だって昔は何もしない娘だった。孫に娘の姿を重ね合わせて懐かしい気持ちにもなる。
「食洗機に入れておいてくれればいいから」と私は莉子に声をかける。一人分の食器なら手で洗ってしまうが、こうしてお客さんがきて食器の量が多い時や、食事の後にゆっくりしたい時は使うようにしている。
自分でできる事を機械にやってもらうなんて贅沢過ぎると思っていた。しかし、食洗機もドラム式洗濯乾燥機もとても便利だ。「普通のでいいよ。勿体無い」と言う私にプレゼントと言ってお金を出してくれたのは希美だった。【老いては子に従え】とはよく言ったものだ。昭子は希美に感謝していた。
片付けを莉子に任せ、お気に入りのロッキングチェアに座ってのんびりしている。
片付けを終えた莉子が手の平サイズのワインレッドの包みを持ってきた。
「おばあちゃん、ちょっと早いけど、お誕生日おめでとう」
すっかり忘れていたが、後2週間ほどで昭子の誕生日だった。
「まぁ、ありがとう。何かしら」
包みを開けると中からシンプルなガラスの器に入った淡い紫のキャンドルが出てきた。
「せっかくだから、つけてみない?」と莉子。
キャンドルに火を灯すとつけると、ラベンダーの優しい香りがほのかに漂う。
ゆらゆらと揺れる小さな火を見つめていると別の世界に行けそうな気分になる。この歳になって、孫にこんな素敵な物をもらえるなんてと昭子は涙ぐみそうになる。
「アロマキャンドル。おばあちゃんの部屋に似合うと思って」と莉子。
「私、今のおばあちゃんの家がとても好きだよ。前のおじいちゃんと暮らしていた家も広くて楽しかったけど、今のおばあちゃんの家はなんか落ち着く感じがして好きなんだ。私もおばあちゃんになったら、おばあちゃんみたいな生活がしたいな」
莉子の言葉にまた涙が出そうになる。
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お題:キャンドル
夕焼けの様な茜色の玉、上品な藤色の玉、全てを覆い尽くす漆黒の玉。茉莉子の開けた引き出しには色とりどりの玉が行儀良く並んでいる。直径10㎝程のその玉はそれぞれにとても美しいが静かで眠っているようだ。
茉莉子はひとつ玉を持ち上げ、柔らかい布で優しく磨き、元の位置に戻す。ひとつひとつ丁寧に全ての玉を磨く。茉莉子の毎日の日課だ。いつ持ち主が訪れてもいいように。
「こんにちは。茉莉子さん、いらっしゃいませんか?」
お店の方から声が聞こえる。
「はい、ただいま」と声をかけて茉莉子は引き出しを閉めてからお店へ向かった。
お店には若い女性が立っていた。
「紗英さん、いらっしゃいませ。お迎えですね。少々お待ちください」
茉莉子はそう言って、また奥の引き出しの部屋に戻った。引き出しから桜色の玉を取り出し、店に持って行く。
紗英の目の前に桜色の玉を差し出すと、桜色の玉は眠りから覚めたようにキラキラと輝き出した。
「とても優しいいい子でしたよ」
そう言いながら茉莉子は玉を紗英に渡した。すると桜色の玉はますます輝きを増し、眩しい光を放つ。光は紗英の身体を包み込み、徐々に消えていく。光をなくした玉はもう桜色でもなくただの丸い石になっていた。
紗英は嬉しそうに言った。「ありがとうございました。全部思い出しました」
紗英がはじめてこの店を訪れたのはちょうど10ヶ月ほど前、桜の咲く季節だった。
「高校の楽しかった思い出を全部忘れさせてください」
真剣な表情で茉莉子に言った。
理由を聞くと、大学受験を控えているにもかかわらずまったく勉強に身が入らないのだと言う。将来の夢もあるし、そのために行きたい大学もある。だが、「今のままの成績では到底無理だ。一年間がむしゃらに勉強しないと受からない。」と先生に言われた。
しかし、いつも友達との遊びを優先してしまう。放課後は毎日友達と遊び、夜までLINEやSNSで連絡を取り合っていた。楽しい話題は尽きず夜更かしして授業にも身が入らない。だから、楽しい思い出を封印するのだと。
石は紗英の楽しかった思い出を全て聞き、桜色の玉になった。それを茉莉子は預かっていたのだ。
「受験はどうだったんですか?」と茉莉子は聞いた。
「おかげ様で受かりました」と紗英。
「でも、友達とは距離ができちゃって。このやり方が良かったかわからないです」紗英は寂しそうな表情で言った。
寂しそうな紗英の背中を見送って、茉莉子はまた引き出しのある部屋へ戻った。そして、また静かな玉たちを丁寧に磨いてゆく。
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お題:たくさんの想い出