わたあめ

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10/19/2024, 8:50:54 PM

「サプライズ」

僕の両親はサプライズが好きだ。最初に断っておくが良い話ではない。

母が外出している日に突然雨が降った事があった。
「傘を持って駅まで迎えに行こう」と父が提案してきた。
「何時の電車で帰るか知っているの?」と僕が問うと
「知らない」と父は答える。
「携帯で連絡してみなよ」と言っても
「驚かせてやりたいんだよ」と言って聞かない。
結局連絡せずに迎えに行くが、いくら待っても母が改札から出てくる事はなかった。案の定、途中で傘を買って帰ってきたらしい。

他にもそれぞれがクリスマスの準備して、当日ホールケーキが2つ、チキンはなしなんて事もあった。
コロナ禍で僕の学校行事にひとりしか参加できないことがあった。その時は互いに譲りあって結局どちらも来なかった。
誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも何が良いか聞いてもらった事はない。いつも少しズレたプレゼントが届く。

『賢者の贈り物』という物語を知っているだろうか。夫と妻がそれぞれ相手にプレゼントを買うために自分の大切な物を売る。しかしプレゼントはその大切な物に使うための物だったみたいな話で美談として語られる。
だけど、僕はそれが『美談』とは思えない。ちゃんと伝えていればもっと良いものが贈れただろうと思うからだ。

ただ、うちの両親はすれ違いばかりだがとても仲がいい。相手のことを考えているからだろうか。たまにぴたりと要求に合致するサプライズがあるからだろうか。
確かに誕生日プレゼントでずっと欲しかったゲーム機を手にした時は飛びあがるほど嬉しかったし、両親も同じ位喜んでいた。

僕はどうだろう。サプライズをする大人になるんだろうか。

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お題:すれ違い

10/19/2024, 7:00:15 AM

「秋祭り」

暑い夏が過ぎ、涼しい風が吹き抜ける。空はどこまでも高く澄み渡っている。気持ちの良い季節の到来だ。
越冬のための渡りが目前に迫っている。束の間の穏やか時間が流れる。
毎年渡りの前には旅の安全を祈る祭りが催される。

祭りの始まりを告げる音楽が流れる。
ケイシャののびやか歌声が澄んだ秋の空をどこまでも響き渡る。その声をうけて他の群れも集まってくる。高原では別々に行動しているが、渡りの時にはいくつかの群れが集まり大きな大群をつくる。久しぶりにあう仲間たち、それぞれの群れに新しい仲間も増えている。ジグメたちと同じく今年産まれた子ども達だ。それぞれに興味深々で周りを見渡している。ジグメは新しい仲間に話しかけてみたくてうずうずしている。

長老達による祈祷が始まる。皆が無事に渡りを終えられる様に、旅の安全と天候の安定を空に祈りを捧げる。
ひとりずつ長老の前に進みでる。長老から空の加護をうける。
ミカキの番だ。翼の大きさに左右差があるミカキを長老はいつも気にかけてくれていた。他の者より長い時間をかけて祈りを捧げてくれているようだ。祈りが終わると長老はミカキに優しく囁いた。
「何があってもわしがお前を彼の地まで連れて行く。安心するがよい」

全員の祈祷が終わるとそれぞれの群れの踊り上手達が空へ舞い上がる。優雅に上品に。大胆に雄々しく。
オユンも空へ飛び立つ。オユンは群れ一番の踊り上手だ。艶やかな踊りを披露する。
リグジンはオユンに聞いたことがある。
「どうすれば、母さんの様に上手に踊る事ができるの?」
オユンは少し考えてから答えた。
「わからないけど、母さんは自分の大事なものの事を考えながら踊っているわ」
「母さんの大事なものって何?」
「もちろん家族よ。リグジンとジグメとミカキは特に大事」

踊り子達につられるように他のガンたちも踊りに加わる。大空を自由自在に踊り回る。沼地で翼を大きくはためかせ、勢いよく飛び立つもの。陸地でステップを踏むもの。皆、自由に思い思いに踊っている。
リグジンとジグメとミカキも夢中になって踊る。3羽の踊りを見てオユンは安堵する。
自由に踊れる事は渡りに適した飛翔力を、一日中踊り回れる事は渡りのための体力を手に入れた証しでもある。

太陽が西に傾くまで祭りは続く。太陽が沈むとそれぞれに寝床に帰っていく。次に会うのは旅立ちの時だ。それまで元気でと挨拶を交わしながら。
賑やかで愉快な祭りはガンたちを興奮させ、旅への心の準備をさせる。
壮大な祭りはそれだけ旅が過酷であることを物語っていた。

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お題:秋晴れ

10/17/2024, 11:43:57 PM

わしは古物商をやっている。いらなくなった物を売ってもらって、キレイにして別の人に売る商売だ。今風に言うとリサイクルショップってやつだ。
最近、『思い出の買取始めました』って貼り紙を出したんだよ。それが結構な評判でよくお客さんが来るようになったんだ。
どうやるかって?そりゃぁ企業秘密ってやつだ。まあ、簡単に説明するとお客さんに思い出話をしてもらってその記憶を取り出して思い出の玉にするんだな。もちろん売ってもらった思い出はお客さんの物じゃなくなるから、記憶から消えてしまう。
さあ、お客さんがやってきた。早速お話を聞こうじゃないか。

なに、好きな女の子に告白したけど上手くいかなかったって。
そりゃ残念だったな。しかし、こりゃいい。初夏の白桃の様なきれいな色をしている。良い思い出の玉になりそうだ。
ところでお客さん、その子を好きだった気持ちやドキドキした気持ちもなくなるがいいかい?
おや、もう少し考えるって?わかったよ、売りたくなったらまた来てくれ。

次は小学生の坊主だな。
なになに、サッカーでレギュラーになれなかったって。そりゃぁ辛かったな。休みの日も返上して練習したのにな。これも良い色だ。真夏の空の色だな。
ところで坊主、思い出と一緒に頑張って練習した事やお母さんやお父さんが応援してくれた思い出も無くなっちまうけど、構わないかい?
それは嫌だって?それじゃあ買い取れないんだよ。すまんな坊主。

お店の中をちらちら覗いている女性がいるな。
奥さん、どうした?話だけでも聞こうじゃないか。
なに、詐欺に遭ったって?そりゃ災難だったな。しかし、金木犀の様なきれいな色をしているよ。
奥さん、詐欺に遭った後の警戒心や家族が助けてくれた思い出なんかも,なくなっちまうけどいいかい?
やっぱり辞めるって?そうかい、そうかい。

評判はいいんだけどな、売るって言ってくるお客さんがなかなかいないんだよ。困ったねぇ。
さて、次はお前さんの話を聞かせてくれるかい?

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お題:忘れたくても忘れられない

10/16/2024, 11:54:59 PM

『終の住処』
昭子は引っ越しが終わった新しい部屋を見まわしてそう思った。

昨年の冬、夫が他界した。子ども達もそれぞれに家庭をもち、家を出て行った。孫たちも大きくなり泊まりに来ることも減ってきた。
残された家は昭子ひとりで暮らすには広過ぎた。家族との思い出の詰まった家と離れる事に寂しさがなかったわけではない。ただ、家族との思い出の詰まった家にひとりでいる事もまた寂しかった。

引っ越しを決めて、家の中の物を整理した。夫が使っていたゴルフバッグ、数回しか使わなかった一眼レフカメラ。息子の部活道具や趣味ではじめたギター。娘が若い頃に着ていた洋服やかばんたち。夫の物と子ども達のものばかり。自分の物はいつも使っている身の周りのもの程度だ。子ども達に連絡すると処分していいと言われたので、業者に依頼して全て持っていってもらった。

新しい住居に運んだ物は、昭子の身の回りの物と家族の思い出、それと夫の位牌くらいだ。大きな家具も家電もコンパクトなものに買い替えた。昭子の終の住処は静かで冷たい感じがした。

しばらくぼんやりしていると雲間からやわらかな春の陽射しが部屋に注ぎ込んできた。
「ここにロッキングチェアーを置こう」
昭子はいつか何かで見た海外のインテリアを思い出していた。
そこで本を読んだり、音楽を聴いて過ごそう。そばにはサイドテーブルと観葉植物を置こう。
この光に包まれて、日々を慎ましやかに過ごしていくのも悪くない。
やわらかな光が昭子の門出を祝福しているようだった。

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お題:やわらかな光

10/16/2024, 10:26:45 AM

「さあ、狩りに出かけよう」
大鷹のダイヤは翼を広げゆったりと巣から飛び出した。
ダイヤは冬の狩りが好きだった。ピンと張り詰めた空気が心地よく、他の季節に比べて視界がクリアだ。
風に身を任せ上空をゆっくり旋回する。じっくりと獲物を探す。
こちらに気付いていないようだ。狙いを定める。
「今だ」
大きく翼を広げ、力強く羽ばたく。
獲物に向かい一直線に急降下。相手に逃げる隙を与えない。
鋭い鉤爪でがっしりと捕まえる。
一瞬の出来事だ。
ダイヤは満足そうに大きく羽ばたき巣に戻っていく。

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お題:鋭い眼差し

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