わたあめ

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『終の住処』
昭子は引っ越しが終わった新しい部屋を見まわしてそう思った。

昨年の冬、夫が他界した。子ども達もそれぞれに家庭をもち、家を出て行った。孫たちも大きくなり泊まりに来ることも減ってきた。
残された家は昭子ひとりで暮らすには広過ぎた。家族との思い出の詰まった家と離れる事に寂しさがなかったわけではない。ただ、家族との思い出の詰まった家にひとりでいる事もまた寂しかった。

引っ越しを決めて、家の中の物を整理した。夫が使っていたゴルフバッグ、数回しか使わなかった一眼レフカメラ。息子の部活道具や趣味ではじめたギター。娘が若い頃に着ていた洋服やかばんたち。夫の物と子ども達のものばかり。自分の物はいつも使っている身の周りのもの程度だ。子ども達に連絡すると処分していいと言われたので、業者に依頼して全て持っていってもらった。

新しい住居に運んだ物は、昭子の身の回りの物と家族の思い出、それと夫の位牌くらいだ。大きな家具も家電もコンパクトなものに買い替えた。昭子の終の住処は静かで冷たい感じがした。

しばらくぼんやりしていると雲間からやわらかな春の陽射しが部屋に注ぎ込んできた。
「ここにロッキングチェアーを置こう」
昭子はいつか何かで見た海外のインテリアを思い出していた。
そこで本を読んだり、音楽を聴いて過ごそう。そばにはサイドテーブルと観葉植物を置こう。
この光に包まれて、日々を慎ましやかに過ごしていくのも悪くない。
やわらかな光が昭子の門出を祝福しているようだった。

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お題:やわらかな光

10/16/2024, 11:54:59 PM